「善人顔」で権力に執着する岸田首相:内閣改造の裏側

政治・外交

2023年9月の内閣改造には、いくつもの疑問がある。なぜこの時期だったのか、なぜ外交の要である外相を交代させたのか―。長年、日本政治の現場を目撃してきた筆者は、岸田文雄首相の長期政権願望が高まってきたためと見る。

岸田文雄首相は10月4日に就任からまる2年を迎えた。前々首相の安倍晋三が連続7年8カ月の記録を打ち立てたため、まだ2年と軽んじる向きがあるが、小泉純一郎の退陣(2006年9月)以降の首相で連続2年を越えたのは、安倍と岸田の2人しかいない。

ちぐはぐな人選

岸田は当然にも長期政権を追い求めている。しかも、最近とみに野望があからさまになってきた。

9月26日の閣議では経済対策の策定に向けて「今後3年間を『変革期間』として集中的に取り組む」と一方的に宣言している。変革の工程表も出来ていないのに、「3年」という時間への固執が際立つ。

これに先立つ9月13日には内閣改造と自民党役員人事を実施した。そもそもなぜこの時期に定期異動のような人事に取り組むのか、はっきりしない政治イベントだ。

改造に伴う記者会見で岸田は「明日は今日より良くなる国造り」と、宏池会創設者である池田勇人元首相ゆずりのフレーズを持ち出して、理由をこう語った。「こうした国造りに向け、引き続き、経済、社会、外交・安全保障の三つを政策の柱として、強力な実行力を持った閣僚を起用することといたしました」

3割台の超低水準に張り付いたままの内閣支持率を上向かせるために目先を変えたい、とは言えないから、もっともらしく取り繕ったのだろう。ただし、改造内閣の顔ぶれを見ると、「強力な実行力」の触れ込みと人選の間には、かみ合わないちぐはぐさが認められる。

新外相の実務能力は折り紙付きだが…

まず、外交・安全保障を3本柱の一つに掲げながら、外相を林芳正(62)から同じ岸田派の上川陽子(70)に、防衛相を無派閥の浜田靖一(67)から茂木派で初入閣の木原稔(54)にそれぞれあっさり交代させたことだ。外相と防衛相は、閣議以上に機微な情報を扱う国家安全保障会議(NSC)の中核メンバーである。

上川の実務能力の高さは永田町でも定評がある。東京大学教養学部を出て三菱総合研究所に就職。総研に在籍しながら米ハーバード大に留学し、ボーカス米上院議員(民主党)の政策立案スタッフも務めた。ちなみに雅子皇后の父、小和田恆(ひさし)元外務事務次官が東大の非常勤講師だった時の教え子にあたる。

衆院議員初当選は2000年。自民党を除名されたり、落選を経験したりしながら、第1次安倍政権で少子化担当相として初入閣、続く福田政権で公文書管理担当相に就いた。上川の名が広く知られたのは法相時代の18年7月、オウム真理教事件の死刑囚13人の死刑執行を命じた時だ。以来、閣僚を辞めても警護の警察官が付く。

外相就任翌日の14日夜には実質的な外交デビューの日米外相電話協議で、ビートルズ・ファンのブリンケン国務長官に「オノ・ヨーコと同じヨーコです」としゃれた自己紹介をしている。

一方で、日本は今年いっぱい主要7カ国(G7)の議長国でもある。ウクライナ情勢次第では直ちに会合を主導しなければならない。前任の林は改造直前の9月9日にウクライナを訪問したばかり。今秋にはG7外相会合を開く準備を進めていた。

上川はこれまで政府や党で外交関係のポストに就いた経験はない。いくら有能だとしても、西村康稔・経済産業相や高市早苗・経済安全保障担当相を留任させておいて、林を代える積極的な理由は見当たらない。林が岸田版「新しい資本主義」に批判的な三木谷浩史・楽天グループ会長兼社長をウクライナへ同行させたことで、岸田の不興を買ったとの憶測もあるが、本質ではなかろう。林にとっては不満の残る人事だ。

結局、岸田は女性閣僚数を過去最多タイの5人にすることにこだわり、その目玉として上川を川口順子以来19年ぶりの女性外相に据えた、と考えるのが合理的だ。防衛費増額の財源をめぐって公然と岸田に異を唱えていた高市を留任させたのも、女性閣僚の頭数稼ぎとしたら説明がつく。

首脳外交にこだわり

外相交代をめぐり岸田が改造当日の記者会見で語った理屈は、異彩を放っていた。

記者の質問は「外交・安全保障の分野こそ継続性が重要だと思うが、なぜ代える必要があったのか」。これに対して岸田は「閣僚も大きな役割を果たすが、併せて首脳外交が大変大きなウエートを占める。私自身この首脳外交で大きな役割を果たしていきたい」と答えている。

外交当局者の一人は驚いた。「俺がじかに外交をやるのだから、閣僚が誰かは関係ないと言っているに等しい。露骨に本音を言っているなと思った」

岸田のこの感覚は、安倍政権で長く外相を務めていた時に培われたのかもしれない。外相の連続在職日数では最長だったのに、スポットライトは常に「安倍外交」に当たっていた。逆に2015年12月の日韓外相会談で韓国にも配慮した慰安婦合意に達した時は、国内右派の批判が岸田に向かった。

筆者は生前の安倍から「あの合意を作る過程に岸田さんはほとんど関わっていない。だいたい全部、官邸でやっていた」と聞かされたことがある。岸田は外相当時に抱いた複雑な感情の裏返しとして、安倍がやったのと同様に「官邸直轄外交」を目指しているように思える。

総裁選にらみ党内配慮

時に強権的な姿勢が目立った安倍、菅義偉両元首相に比べて、岸田はソフトで穏健なイメージを持たれてきた。世間の印象は「真面目そうでいい人っぽい」だろう。だが、コロナ禍とウクライナ危機に立ち向かう過程で自信を深め、政治的に扱いが難しいイシューにも次々と手をつけている。「先送りできない課題に一意専心に取り組む」との決まり文句は、岸田自身の高揚感を表す。

テレビのワイドショーでコメンテーターが「防衛費の増額や原発回帰のようなことを岸田さんは、しれっとやる。普通なら騒ぎになりそうなのに、関心を持たれない能力はすごい」と皮肉っていた。確かに「善人顔」の岸田だから摩擦を減らしている面はある。

だが同時に、岸田の権力への執着はますます強まっている。今回の改造では11人も初入閣させながら、個々の顔ぶれを点検すると「大臣待機組」で滞留していた高齢の議員がズラリと並ぶ。各派閥の意向をくんで「在庫処理」に協力した形跡がありありだ。「強力な実行力」がうつろに響く。

防衛相に起用された木原は、安倍が主導してきた党内右派集団「創生『日本』」の事務局長を務めてきた。過去には極右的な言論活動で党の役職停止処分を受けている。それでも選ばれたのは、木原が岸田の潜在的なライバルである幹事長の茂木敏充と近く、岸田と茂木の間で取引のカードになったからだとの説が流れる。

総じて今回の改造の心は「来年の総裁選よろしくね」にあるのだろう。来年9月の自民党総裁選での再選を期待するサービス人事ということだ。

岸田の権力欲

ただし、岸田が再選を果たして長期政権の資格をたぐり寄せるには、それまでに衆院総選挙で勝利していなければならない。ところが岸田の期待に反して、改造直後の世論調査で政権浮揚効果は全く表れなかった。現在の低支持率のままで選挙に突っ込めば、自民党は議席を減らして岸田が退陣に追い込まれる可能性だってある。

解散の時機をうかがう岸田の悩ましさがそこにある。このため、自民党内には「上川さんの起用は将来への布石なのではないか。つまり自分が退陣せざるを得なくなっても、後継として彼女を女性初の総理に担げば、岸田さんが院政を敷ける」と推測する中堅議員までいる。

実際には超男性優位の自民党で「上川政権」が誕生する可能性は限りなく低い。しかし、これほどうがった見方が浮上するのは、岸田のギラギラした権力欲が党内に浸潤している証左でもある。

(敬称略)

バナー写真:第2次岸田再改造内閣の発足を受け、記者会見する岸田文雄首相=2023年9月13日、首相官邸(時事)

自民党 内閣改造 岸田文雄