罠に落ちた「習ノミクス」:中国は先進国になれない
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崩壊する投資バブル
中国の4-6月期のGDPは、前期(1-3月)比0.8%増。1-3月の2.2%増から伸びが鈍り、失速状態だ。「コロナ禍からの回復が遅れている」というよりは、20年近くかけて膨らんだ不動産などの「バブル」崩壊が進んでいる、と見るべきだ。
元国際通貨基金(IMF)チーフ・エコノミストのケネス・ロゴフ米ハーバード大教授らが「ピーク・チャイナ・ハウジング」と題した論文で、中国の不動産価格が「潜在的な不安定のピークにある」と警告したのは3年前、2020年の8月だった。
広義の不動産部門は、中国のGDPの3割を占め、不動産業の活動が2割落ちれば、GDPを5-10%下押しすると試算した。不動産大手、恒大集団の経営危機が表面化したのは、この論文の翌月だ。
インフラ・不動産バブルの根は深い。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が、「驚くべき統計」とツイートしたのは、14年6月のことだ。中国の11~13年の3年間のセメント消費量が66億トンで、米国の20世紀の100年間の消費量の45億トンを超えた、とするデータを添付した。
世界各国の経済統計を網羅したIMFのデータベースで、中国のGDPに占める官民合わせた「総投資」の割合は、04年以降、ずっと40%を超え(06年は39.8%)、民間消費支出を上回り続けてきた。同データベースのどこを探しても、そんな国は他にない。
豊かになる前に老いる
投資に次ぐ投資を重ねれば「収穫逓減の法則」通り、リターンが減る一方、債務が積み上がる。一例を挙げれば、開業から15年ほどで、総延長が地球1周分の4万キロを超えた中国の高速鉄道は、赤字路線ばかりで、国家鉄路集団の債務は120兆円を超えた。習近平(シー・ジンピン)主席の肝いりの新都市「雄安新区」は、居住者が集まらず、巨大な駅舎は、閑散としている。
足元の経済情勢は危機的だ。不動産の値下がりが止まらない。消費は振るわない。輸出も減っている。米国の輸入に占める中国のシェアは、15年ぶりに首位の座を降り、メキシコに譲る見通しだ。生産拠点を中国外に移す外資も相次いでいる。
本来なら景気テコ入れ役にまわる政府部門だが、有力な歳入源の国有地(利用権)売却益の激減などで、地方政府が軒並み財政危機に陥っている。
約1万社ある地方政府傘下のインフラ投資会社「地方融資平台」の債務は約1200兆円。不良債権が累積し、時価総額が急落している銀行業界とともに「金融危機」の震源地になりかねない。
中国経済の「日本化」が取り沙汰されるが、日本のバブル崩壊は、先進国になってからだ。中所得国の中国が、長期停滞に迷い込めば、先進国への道は断たれる。出生率は日本よりも低く、「未冨先老(豊かになる前に老いる)」が現実になる。
若年層(16-24歳)の失業率は過去最高の21.3%。今年は1100万人超の大学卒業者が見込まれ、失業率をさらに押し上げよう。統計に反映されない農民工の失職も増えており、中国経済は「不況」の渦中にある。
正しい処方箋は示されたが…
どうして、こうなったのか。ヒントになりそうな政策提言文書が残る。第1次習近平政権の発足前夜ともいえる12年2月に出た「2030年の中国」(China2030)リポートが、それだ。
ゼーリック世界銀行総裁(当時)のイニシアチブで、世銀と中国の国務院発展研究センターのスタッフが共同で執筆した。冒頭に、中国が中所得国の罠を逃れ「現代的で調和がとれ、創造的な高所得社会を建設する」ために、とある。
同リポートが強調したのは、市場経済への移行の完遂だ。国有企業は4社に1社が赤字で、生産性上昇率でも民間に見劣りする、と指摘。防衛、電力、石油、石油化学、テレコム、石炭、空運、水運など国有企業が牛耳る産業への民間企業の自由な参入を促すよう求めた。
他方、政府は、無駄なく、クリーンで透明性を保ち、高効率にして、法の支配の下に運営すべきだとした。
世銀の助言に背を向けて
だが、ほどなく発足した習近平政権は、国営企業の民営化どころか、「より強く、より優秀に、より大きく」と、国有企業同士の合併・強大化を進めた。
一方で、民営企業、外資系企業にも、社内に共産党委員会の設置を押し付けた。「国進民退」ならぬ「党進民退」である。
露骨な民間企業いじめ、と受け取れる行動もあった。先端テクノロジー企業の雄だったアリババ、テンセント両グループが、巨額の罰金を科せられた。アリババ創業者のジャック・マー(馬雲)氏は、中国の経済界から事実上パージされた。
2年前の「学習塾禁止令」では、塾業界の就業者1000万人以上が失業した、とされる。塾教師などの高学歴者向けの職が一瞬で消えた。
時計の針を11年前に戻すと、「2030年の中国」リポート公表の翌日、ゼーリック世銀総裁が北京で、記者会見を開いた。会見場に「独立学者」を自称する男が闖入(ちんにゅう)し、「国有企業の民営化に反対」「世銀はアメリカに帰れ」などと叫んで、会見は中断した。
世銀の助言に聞く耳を持たず、逆行すらした習近平政権の経済政策(習ノミクス)は、この闖入者の相似形だ。中所得国の罠に落ちても、自業自得かもしれない。
バナー写真:建設中の中国恒大集団の建物=2023年5月、中国・広西チワン族自治区南寧市(時事)