インドが米国に接近:対中戦略に効果じわり

国際・海外

「グローバル・サウスの盟主」を掲げるインドのモディ政権が対米接近中だ。互いの実利と戦略的利害を重視した現実的選択といえる。米国にとっては最重要課題である中国の覇権主義的行動を抑止する狙いがあり、インドとロシアの関係に軍事・外交面でくさびを打つ効果も期待できそうだ。

異例のもてなし

米印接近を世界に強く印象付けたのは、6月21、22日に行われたモディ首相の国賓訪米だ。バイデン大統領が国賓としてホワイトハウスに招いたのは、マクロン仏大統領、尹錫悦韓国大統領に次ぐ3人目だが、同盟国以外の首脳では初めてという厚遇ぶりだった。会談前の歓迎式典には、インド系米国人や財界人など7000人もの客が招かれ、両国の接近に熱い期待を盛り上げた。

モディ氏は今年の主要20カ国・地域(G20)議長を務める。同氏をもてなすことで、バイデン外交としては南半球を中心とする新興・途上国(グローバル・サウス)を重視する姿勢を内外にアピールしたかったが、狙いはそれだけではない。中国を念頭に日本の提唱で始まった日、米、オーストラリア、インドの4カ国による戦略対話枠組み「クアッド」(Quad)の相互関係の中で、米印関係は「比較的親密度が低い」とされてきた。訪米招待を機に、これを一気に具体的・実利的な関係に高めるという戦略的計算も込められていたといってよい。

対中念頭に軍事技術移転も

2時間超に及んだ首脳会談(22日)後に発表された合意(※1)の中身も目覚ましい。▽米ゼネラル・エレクトリック社(GE)とインド国営航空機会社ヒンドゥスタン・エアロノーティクス社がインド国産ジェット戦闘機用のエンジンF-414を共同生産する▽インドは米国製の無人海洋監視・偵察機「MQ-9Bシー・ガーディアン」を調達する▽海事協定により、インド洋で活動する米海軍艦船が補修のためにインドの造船所に寄港することを受け入れる――など軍事、海洋安全保障面での具体的項目が並んでいる。とりわけ、同盟国ではないにもかかわらず、機微な軍事技術の実質的移転を意味する戦闘機用エンジンの共同開発は、両国間の将来にわたる戦略・軍事的な信頼の深まりを示すものとして世界が目を見張った。

貿易・通商面でも多くの合意が結ばれたほか、米中の宇宙開発競争を念頭に、月の有人探査の平和利用や資源開発の透明性確保に向けて米国が国際ルール化をめざす「アルテミス合意」にもインドが署名した。新興国・途上国を主導するリーダーが米欧日に加わる姿勢を明らかにした意義も大きい。

バイデン氏は会談後の共同会見で「米印のパートナーシップは世界で最も重要な一つ」と語り、モディ氏も「われわれの戦略的連携に新たな一章が加わった」と評価した。また、続いて議会で演説したモディ氏は中国の名指しは避けたものの、「威圧と対立の暗い雲がインド太平洋に影を落としている」と警告し、「自由で開かれたインド太平洋の理念をわれわれも共有する」とアピールした。

一石二鳥の効果

インドは伝統的にロシア(旧ソ連)との軍事・防衛協力の歴史が長く、兵器や防衛装備の供給の多くをロシアに依存してきた。だが、ウクライナ侵略をきっかけに、安定した兵器供給には「黄信号」がともりつつある。

中国と国境紛争を抱えるインドにとって、防衛力の増強と最新兵器の確保は喫緊の課題だ。米国製兵器の導入や米国との軍事・技術協力の進展は、モディ政権が進めようとしている「兵器国産化と調達先の多様化」という軍事や産業振興政策にも合致する。米国にとっても、インドの「脱ロシア依存」は、ロシアとインドの伝統的な軍事協力関係にくさびを打ち込む好機となる。

同時に、中印国境でインドの軍事能力が増強されれば、中国は南シナ海や台湾周辺に集中してきた軍事力を分散して対応せざるを得なくなると予想される。一連の合意は米印両国にとって、「一石二鳥」の戦略的利益が期待されている。

接近どこまで?

インドは冷戦時代から「非同盟・中立」路線を貫き、中国やパキスタンとの敵対的関係からロシアとの協力関係を維持してきたのに加え、エネルギー面でもロシア産石油に依存している。2017年には、中国とロシアが米国に対抗して主導する上海協力機構(SCO)の正式加盟国となった。

モディ氏は7月4日、今年の議長国としてSCO首脳会議(オンライン形式)を主宰し、「SCOはアジア全体の平和と繁栄、発展のための場だ」と演説して、中国、ロシアと歩調を合わせてみせた。演説ではロシアによるウクライナ侵略に言及せず、また先の訪米中もロシアや中国を名指しで批判するのを一貫して回避し、一部の米議員らを失望させた。米国に接近したからといって、ロシアやSCOなどとの絆や実利的関係を手放す気はなさそうだ。

インド国内には「中立外交は時代遅れの虚構だ。中国の脅威に対処するためにも、速やかに米国と組むべきだ」(※2)と主張する専門家も少なくない。しかし、実利と「是々非々」を追求する外交体質はモディ氏だけでなく、歴代政権のDNAに濃厚に刻み込まれている。対米接近のペースは米国や日本が期待するほどには急進展しそうになく、焦っては逆効果となるリスクもある。日米はインドが求める実利やその背景にも配慮しつつ、Quad対話などを通じて対中戦略に生かしていく知恵が求められている。

バナー写真:ホワイトハウスでの公式晩餐会で乾杯するバイデン米大統領(左)とインドのモディ首相=2023年6月22日(AFP=時事)

(※1) ^ 米印首脳共同声明Joint Statement from the United States and India, The White House, June 22, 2023.

(※2) ^The Folly of India’s Neutrality--In the Face of Chinese Aggression, New Delhi Must Align With Washington,” By Sumit Ganguly and Dinsha MistreeJune, Foregin Affairs, June 20, 2023.

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