日本の「なし崩し的漸増主義」の移民政策を問い直す

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政府は外国人労働者の受け入れに関し、定住につながる在留資格「特定技能2号」の対象分野を拡大し、国内外で批判される技能実習制度を「発展的に解消」する方針を決めた。「移民政策はとらない」と公言してきた日本の外国人受け入れ政策の背景と整合性の欠如について、移民問題に詳しい社会学者の樋口直人教授に聞いた。

樋口 直人 HIGUCHI Naoto

早稲田大学教授。専門は社会学。研究テーマは日系南米人移民や日本の排外主義など。著書に『日本型排外主義―在特会・外国人参政権・東アジア地政学』(名古屋大学出版会、2014年)、編著・共著に『日本は「右傾化」したのか』(慶応義塾大学出版会、2020年)、『移民政策とは何か:日本の現実から考える』(人文書院、2019年)など。

「なし崩し」が受け入れの特徴

2019年4月に導入された在留資格「特定技能」は、「ブルーカラー労働者に対して就労ビザを出し、家族移民への道を開くという意味で、大きな政策転換でした」と樋口教授は言う。「完全に移民受け入れに舵を切りました。政府が『移民政策ではない』と建前を崩さないのは、自民党右派への配慮からです」

特定技能1号は建設、造船・舶用工業、農業、介護など12分野が対象で在留期間は最長5年。2号は在留期間の上限がなく家族帯同も可能だが、建設、造船・舶用工業のみが対象だった。23年6月9日の閣議決定で、別資格で長く働ける介護を除き、2号の対象業種に外食や製造業など新たに9分野が追加され、11分野で定住が可能になる。

「今回の2号拡大に関しては、来春には1号が5年の在留期限に達するので、経済界からの要望に応じた背景があります。既成事実化して当初の枠を広げるなし崩し的な漸増主義が、日本の受け入れ政策の特徴です」

あくまでも「熟練した技能」が求められるため、各分野の業界団体と所管官庁は2号移行に必要な技能試験の準備を進める。

「今後も、業界の要望に応じて特定技能の対象分野が広がっていくでしょう。試験の難易度を含め、徐々に要件を緩めていくことになるだろうと考えています」

外国人労働者の在留要件と在留期間

対象 要件
特定技能2号 2分野→(介護を除く)11分野に拡大 1号から移行、より高度な技能、語学要件なし、家族帯同可、対象分野の中で転職可。在留期間制限なし
特定技能1号 12分野(14業種) 技能実習からの移行、あるいは日本語能力N4相当取得、家族帯同不可、対象分野の中で転職可。在留期間最大5年
技能実習 87職種 非熟練、家族帯同不可、転職不可。在留期間3~5年

外国人の長期就労を拡大

「総論反対・各論賛成」

「単純労働者は受け入れない」という建前の日本で、人手不足の現場の労働を事実上担ってきたのは、ブラジル、ペルーなどからの日系人と技能実習生だ。政府は1989年に入管法を改正し、翌年、日系3世に就労制限のない「定住者」資格を与えた。また93年には「国際貢献」の名の下に、技能実習を制度化した。

2000年代には、外国人労働者受け入れに前向きな議論が活発化した。「与党と財界を中心に、1000万人受け入れ、3年期限で“出稼ぎ”を認める案など、さまざまなアイデアが出ましたが、どれも実現しませんでした」(樋口)

一方、技能実習の期間を3年から最長5年に延長、対象業種を少しずつ増やすなどの措置により、コロナ禍の影響はあったものの、現在では32万人以上が実習生として働く。また近年は、東京五輪の建設需要を見越して、建設に関しては実習終了後も数年働ける制度を導入、国家戦略特区の農業分野で外国人就労を解禁するなどの策も実施した。

「総論反対・各論賛成という形で、特定技能導入の地ならしは進んでいたわけです」

技能実習制度はなくなるのか

政府は、技能実習を一応「成功」だったと総括しているはずだと樋口氏は言う。「人手不足の業種に労働力を提供するが、定住はさせないし、例年失踪率は3パーセント程度。管理の仕組みが機能していると判断しているでしょう」

だが、国内外から労働搾取だと厳しく批判されているため、見直しを余儀なくされている。政府は制度の「発展的解消」をうたうが、実質的に技能実習の仕組みは残るのではないかと、樋口氏は考えている。

「特定技能1号を取得するには、日本語能力試験N4(「基本的な日本語を理解することができる」)以上のレベルが必要ですが、技能実習生として3年働けば、1号に無試験で移行できます。技能実習に頼らず特定技能取得者を確保するためには、ベトナムなど出身国で実施している試験を大幅に拡大しなければならなくなる。N4水準に達するには1年はかかります。日本語の勉強に加えて、各業界が作った技能試験に向けた準備をできるかどうかは疑問です。実際、非熟練労働者を受け入れる技能実習の仕組みがなければ、必要な人数を確保できないでしょう」

転職の自由

現在政府が検討中とされる技能実習生の転職制限の緩和に関しても、樋口氏は懐疑的だ。転職を認めると好条件の業界や都市部に働き手が偏るとの懸念があり、結局、実習の対象職種内での転籍に制限される可能性が高い。つまり、人手不足が深刻で、待遇の悪い職場しか選択肢がないということになりかねない。

「特定技能に移行しても、実質的に、被雇用者として同じ業界に拘束されることになるでしょう。移民は一般的に独立志向が強く、そのポテンシャルを生かすことが経済全体のプラスになる。ところが現在の制度は、できるだけ型の中で管理しようとしています。例えば建設業界は自営の割合が高いのですが、外国人の独立・自営は想定していない。特定技能は成長戦略の一環として導入した制度なのに、戦略として合理性を欠いています」

日系人受け入れの教訓を生かせ

「技能実習の“成功”に対して、政府は日系人の定住を“失敗”とみなしていると思います」と樋口氏は言う。「リーマン・ショック後に大量解雇が起き、かなりの数の人たちが帰国しました。また、30年間日本で働いている人でも、大半は派遣社員です。子どもの不就学、非行なども問題になりました。日系人の受け入れにあまり積極的でないことが、4世に対して高いハードルを設けたことから分かります」

「結果的に、日系人のケースは、自由に受け入れる一方で政府が放置すればどうなるかという、ある種の実験でした。90年の受け入れの段階で語学研修を徹底していれば、日系人労働者はもっとポテンシャルを発揮できたはずです。ところが、この“実験”から学び、今後の政策づくりに生かそうという発想は全く出てこない」

2018年、これまで扶養家族としての在留しか認めなかった日系4世に対して、就業可能なビザが新たに設けられた。しかし来日前に(基本的な日本語をある程度理解できる)N5以上の日本語能力を有していること、「受け入れサポーター」の確保や家族帯同不可、在留期間5年の条件が付加されるなど、要件が厳しいため「申請者がほとんどいない」(樋口)状況だという。

現在、法務省は、5年経過後に(日常よりも幅広い場面で会話できる)N2相当の日本語能力があれば「定住者」の在留資格へ変更、家族帯同を認める方向で調整中だと報じられているが、入国時の要件を大きく緩和することは想定していないようだ。

司令塔なき漸増主義

2019年の特定技能導入は官邸のイニシアチブだった。だが、官邸が移民政策の司令塔を担っているわけではない。

「働き方改革を含めた経済政策を巡る官邸と経済界との綱引きの中で、経済界からの規制緩和の要望の一つを官邸が受け入れたのでしょう」と樋口氏は言う。

司令塔になる省庁も存在しないので、必然的に合理的・体系的な政策は生まれない。

「外国人労働者の受け入れに関しては、入国管理政策をつかさどる法務省の権限が大きい。ただ、労働力としてどう活用するかという発想はありません。厚労省は『外国人雇用対策課』がありながら、自分たちの所管であるビルクリーニングと介護にしか存在感がない。国交省、農水省の基本姿勢は、業界の『需要』に応じることです。例えば、建設業界での受け入れが急増したのは、業界と国交省の関係が密だったからです」

「本来は経産省が成長戦略の一環としてイニシアチブを取るのが妥当だと思いますが、基本的にIT系を念頭に置いた高度外国人材にしか関心がありません」

多くの国において、政権交代が移民政策の転換をもたらし、いわば政党間の「分業」により、政策のバランスを取ってきた。だが日本では、政権交代がまれにしか起こらない。

「少なくとも、自民党には、パッチワークのような漸増主義を壊すメリットはありません。右派の反発を招かないように、少しずつ、できるだけ多くの人数を確保したいのが本音でしょう。漸増では深刻な人手不足を根本的に解決はできないのに、危機感は薄いと言わざるを得ません」

「投資しないが能力は求める」

「『技能』という言葉に固執したことによって、入国のハードルを上げ過ぎました」と樋口氏は指摘する。「“単純労働者”ではないから試験が必要だというよりも、非熟練労働者として受け入れ、技能も育てるとしたほうが、政策としての整合性があります。ただし、最初に日本語学習などを中心に十分な座学研修を実施する必要があります」

「自治体が日本語の授業を週1、2回実施すれば済む問題ではありません。仕事でのコミュニケーションに困らないように集中的な研修が必要で、その間、政府が研修費・生活費を保障するべきです。自治体レベルでできることではない。しかし、人に対する投資は、“余計”な財政支出を嫌う政府が極力避けてきたことです」

「今世紀に入ってヨーロッパでは、職業訓練の一環として語学研修を実施しています。例えば、ドイツは600時間の語学研修などを行い、参加中は毎月約1000ユーロの手当が出ます。一方、米国政府は人に投資しませんが、何年後かに能力を証明する資格を求める要件もありません」

「ところが、日本は投資しないが、能力は求める。人に投資をしないで人が育つはずがない。虫がいい話です。しかも、人手不足をある程度食い止め、後々税金によって還元される効率のいい投資であるにもかかわらずです。大きな勘違いをしています」

移民のポテンシャルを生かせ

これまで樋口氏が行ってきた日系人への調査から明らかになったのは、日本語能力と仕事の選択肢には強い相関関係があるということだ。

「正社員や自営業などへの上昇移動を可能にするには、仕事で使えるレベルの日本語習得が必要です。また、日本人の紹介だといい仕事に結び付き、移民同士のネットワークだと、派遣・契約社員のような“出稼ぎ”の仕事しか紹介できない場合が多い。日本人との関係を強くすることが、移民の社会統合、多文化共生、経済面の全てでプラスに働くのです」

日本では、パキスタン人をはじめとする南アジア系の人たちが、中古車ビジネスを手掛け、市場を世界中に広げていった。樋口氏によれば、日本人女性と結婚して特別在留許可を取った人たちが中核を成してきたという。

「OECD(経済開発協力機構)は、移民のエスニック・ビジネスや起業家精神が経済成長に寄与すると論じています。日本では、エスニック・ビジネスを認識するどころか、有望な分野への転職すら認めない。移民が持つダイナミズムを生かした成長のポテンシャルを削ぐだけです。根本的な発想の転換が必要です」 

バナー:群馬県大泉町の工場で働くインドネシア人技能実習生=2018年10月16日撮影(AFP=時事)

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