道交法改正で本格的自動運転「レベル4」解禁―それでもなお市販車での普及に時間がかかる理由
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「完全な自動運転サービス」の実情
5月21日に福井県永平寺町で「ドライバーが乗車しない自動運転移動サービスが始まった」とのニュースに触れて、「自動運転機能付きの自動車が発売されるのも、そう遠い将来ではない」と思われた方がいるかもしれない。けれども、自動運転機能搭載の乗用車が市販されるのは、まだまだ遠い将来と言わざるを得ない。その理由と自動運転技術の現在を、ここでリポートしよう。
永平寺町で自動運転移動サービスを始めることができたのは、今年3月30日に日本の道路運送車両法が改正されたことと深い関係がある。これに基づいて「運転者を必要としない自動運転車(レベル4)」が認可されたため、公道上での自動運転移動サービスが可能になったのだ。
ちなみに自動運転のレベル4は「特定条件下における完全自動運転」のことで、運転に必要な認知、判断、操作のすべてを自動運転システムが賄う状態を指す。つまり、クルマの運転に人間が介入しないため、「ドライバーが乗車しない自動運転移動サービス」が可能になったのだ。
では、このサービスで用いられている自動運転車両がどのような外観をしているかといえば、ゴルフ場で使われる電動カートにそっくり。この車両はヤマハ発動機、産業技術総合研究所、三菱電機、ソリトンシステムズからなる共同事業体が開発・製作したもので、ヤマハ発動機製の電動カートをベースとしている。車両前部やルーフ部分に取り付けられたさまざまなセンサーを含め、私たちが普段、使っている乗用車とは似ても似つかないものだ。
レベル4の自動運転を用いた移動サービスは、すでに海外でも始まっている。
たとえば、米ゼネラルモーターズ傘下のGMクルーズはサンフランシスコ、オースティン、フェニックスの3都市で無人のタクシー・サービスを運営している。これもドライバーは乗車せず、サービスエリアが限定されたレベル4の自動運転。外観は、永平寺のものに比べればはるかに乗用車的だが、最高速度は48km/hで、運行時間も交通量の少ない夜間に限定されている。
もうひとつ、アメリカで自動運転サービスを事業展開しているのが、アルファベット(グーグル)傘下のウェイモ。こちらもドライバーが乗車しない点、エリアが限定されている点などはGMクルーズと同じで、従ってレベル4自動運転に位置づけできる。
レベル4が運転手のいないタクシー・サービス(ロボット・タクシーとも呼ばれる)に活用されるのは、それが人件費の節約ならびに人手不足の解消に結びつくからだ。つまり、ここで使われる車両はいずれも業務用に開発されたもので、一般には市販されていない。
自動運転のレベル分類とは
では、市販されている自動運転機能搭載車としては、どのようなものがあるのか?
これについて説明する前に、自動運転のレベル分類について簡単におさらいしておこう。
もともとアメリカ自動車技術者協会(SAE)が定めた自動運転技術のレベルには0から5までの6段階があり、おおむね以下のような定義となっている。
レベル0:警告や短時間の運転支援を除けば、自動運転に関連する機能を持たない。
レベル1:ステアリングもしくはブレーキ/アクセルのいずれかに運転支援機能を持つもの。
レベル2:ステアリングとブレーキ/アクセルの両方に運転支援機能を持つもの。
レベル3:ドライバーが前方から視線をそらすことのできる自動運転機能。ただし、車両システムが求めた場合には一定時間以内にドライバーが運転タスクを引き継ぐ必要がある。
レベル4:特定条件下における完全自動運転。
レベル5:すべての状況で動作可能な完全自動運転。
このなかで、レベル1とレベル2は運転支援、そしてレベル3以上は自動運転と呼ばれる。さらにいえば、レベル4とレベル5はドライバーが運転を引き継ぐ必要のない完全自動運転で、上述の通りドライバーが乗車する必要がない。従ってロボット・タクシーにはレベル4以上が必要不可欠となる。
いっぽう、市販されている乗用車に関していえば、現在、広く普及しているのはレベル2までで、レベル3はごく一部の例外を除いて存在していない。そして例外的に販売されたレベル3自動運転にしても、販売地域ないし作動地域が限定されている。
ちなみに世界で最も早くレベル3自動運転の商品化にこぎ着けたのはホンダで、2021年3月にホンダ・センシング・エリートの名でレジェンドに搭載。これは渋滞中の高速道路でドライバーが車載のモニター画面を注視して、テレビやDVDの視聴、ナビゲーション・システムの設定などが可能だった。ただし動作車速は50km/h以下(動作開始時は30km/h以下)で、使用できる道路や気象環境に関してさまざまな制約が設けられていた。さらにいえば販売されるのは100台限定で、それもリース専用。価格も1100万円と、通常モデルより400万円近く高かった。
もうひとつの採用例はメルセデス・ベンツで、ドライブ・パイロットの名で2022年5月よりSクラスとEQSの2モデルに搭載されて販売中。ただし、この機能が動作できるのはドイツ国内のみで、ドライブ・パイロットのオプション価格はSクラスで5000ユーロ(約78万円)、EQSは7000ユーロ(約110万円)とされている。動作可能な条件もドイツ国内の高速道路(アウトバーン)で、車速は60km/hまでと、レジェンドに準じた制約が存在する。
メルセデス・ベンツは自社のドライブ・パイロットについて「世界初の国際的なレベル3自動運転機能」と主張しているが、これは、国連の定めた「高速道路等における運行時に車両を車線内に保持する機能を有する自動運行装置に係る協定規則(UN-R157)」に準拠する初の製品がドライブ・パイロットであることに由来する。いっぽうのホンダ・センシング・エリートは日本の国交省の認可を受けただけという違いがある。
とはいえ、たとえドライブ・パイロットであっても、実際にレベル3車両を走行させるには各国・各地域の認証が必要となる。これまでドイツでしかドライブ・パイロットを動作できなかったのは、このため。ただし、すでにアメリカ・ネヴァダ州はドライブ・パイロットをレベル3自動運転機能として認証したほか、カリフォルニアでも認証作業が行われているなど、世界的な広がりを見せつつある。
市販車における自動運転の課題
いっぽうで、アダプティブ・クルーズ・コントロール(自動定速走行ならびに車両追随機能)とアクティブレーンキーピング(自動車線追随機能)を組み合わせたレベル2運転支援であれば、いまや多くの軽自動車にも設定されているほど幅広く普及している。
しかも、ひとつの車線内を半ば自動的に走行できる機能という観点で見れば、レベル2や現状のレベル3に大きな差はない。それどころか、設定できる車速や道路環境に関していえば、現状のレベル2のほうが圧倒的に幅広く、しかも価格はレベル2のほうが断然安い。にもかかわらず、レベル3の方が“高機能”と位置づけられているのは、なぜか?
その最大の理由は、レベル3では運転タスクの主体がドライバーから車両システムに移行する点にある。レベル3でドライバーが前方から視線をそらしてもいい根拠は、この点にある。つまり、極論すれば「運転の責任はドライバーではなくクルマにある」ため、認証に必要な装備の信頼性や安全性レベルが格段に高くなるのは当然のこと。これが製品開発に必要なハードルを上げ、車両価格の高騰として跳ね返っている側面は否めない(事故が起きた際の責任の所在に関しては、現在、関係省庁や専門家の間で調整中)。
そのいっぽうで、単に「視線をそらしてもいい」というだけのために、製品が高額化することに疑問を呈する声も少なくない。筆者もホンダ・センシング・エリート搭載のレジェンドに試乗したことがあるが、車載のモニター画面以外のものを見ようとすると途端に脇見運転に関する警告が発せられるといった具合で、かえって不自由に感じられることが少なくなかった。
そもそもレベル3では、車両システムが必要と判断した場合には数秒から数十秒以内にドライバーが運転タスクを引き受けなければならないので、気が抜けないことに変わりはない。「だったら価格が安いレベル2で十分」と市場で受け止められるであろうことは容易に想像がつく。レベル3を搭載した市販車がなかなか普及しない理由も、おそらくこの点にあるのだろう。
これが完全自動運転のレベル4となれば、さらにコストが高騰するのは当然のこと。しかもレベル3以上の自動運転では、一般的なナビゲーションシステムで用いられるものよりもはるかに高精度かつ高精細な地図データが必要となる。現状で使用できるレベル3以上の自動運転機能で使用エリアが限定されている背景には、各国の認証問題とともに、この高精細地図データの制作が困難なことが関係しているようだ。
それでもロボット・タクシーや配送業などの業務目的であれば、人件費削減や人手不足解消のためにレベル4ないしレベル5への需要もあるはず。けれども、レベル4以上の完全自動運転車を一般消費者が購入できるようになるには大幅なコストダウンが必須となることから、まだ10年単位の歳月が必要というのが筆者の推察である。
バナー写真:福井県永平寺町で公道でのサービスを開始した「ZEN drive Pilot Level 4」。定員7人、12km/hの速度で、一般車両が乗り入れない約2kmの公道を運行する 時事