インド「グローバル・サウス」戦略と日本の対応:急ごしらえの政策にG7議長国として寄り添う

国際・海外 政治・外交

インドが提唱し、広島での先進7カ国(G7)サミットを通じ急速に認知された「グローバル・サウス」という概念。その背景と現実、日本外交の対応ぶりについて専門家が解説する。

2023年5月19日から21日まで広島で開催されたG7サミットにおいて、インドは招待国ながらも存在感を示した 。20カ国・地域(G20)議長国としてインドが主張してきたグローバル・サウスの観点は、G7議長国・日本の支持を受けてG7会合に取り入れられた。またインドのナレーンドラ・モーディー首相がウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領と初めて対面で行った会談も関心を集めた(ただし本稿では扱わない)。

本稿ではインドがグローバル・サウスを掲げた背景(※1)と、日本政府が行った対応について要点を示す。

グローバル・サウス関連年表

2022年12月 インド、G20議長国に就任してグローバル・サウスを掲げる
2023年1月 日本、G7議長国に就任
インドによる「グローバル・サウスの声サミット2023」開催
3月 デリーでG20外相会合
岸田首相インド訪問、ポーランド経由でウクライナ訪問
4月 軽井沢でG7外相会合
5月 広島でG7サミット開催
9月 デリーでG20サミット開催(予定)

(筆者作成)

インドのグローバル・サウス戦略

2022年12月、G20議長国への就任に際して、その方針をモーディー首相が声明として発表した中で、G20諸国だけでなく広くグローバル・サウスの国々との協議を通じて問題に取り組むことを表明した(※2)。近年急速に外交分野で人口に膾炙したグローバル・サウスであるが、インド政府がグローバル・サウスという用語を本格的に用いたのはこのときが初めてであった。翌月には「グローバル・サウスの声サミット2023」と称するオンライン国際会議を開催し、G20に含まれない124カ国(インドを除く)を集め、G20に向けた意見交換を行った。その冒頭、モーディー首相はこのように述べた(※3)

われわれは、戦争・紛争・テロリズム・地政学的緊張、食料・肥料・燃料価格の高騰、気候変動がもたらす自然災害、そしてCOVIDのパンデミックによる長引く経済的影響という困難な1年間を経験してきた。世界が危機的状況にあることは明白である。この不安定な状態がどれだけ続くのかは予測困難である。

われわれ、グローバル・サウスは、将来に対して最大の利害を有している。世界人口の4分の3がグローバル・サウス諸国に暮らしている。われわれはしかるべき発言力も有するべきだ。したがって、80年間に及ぶグローバル・ガバナンスの古いモデルが緩やかに変化する今、われわれは新たな秩序を作り出す努力をしなければならない。

このようにインド政府は、戦争や資源価格の高騰、自然災害、新型コロナウイルスなどによる危機の時代にあって、その影響をより強く受けているのが世界人口の多くを占めるグローバル・サウスであり、その発言力を高めるために既存の世界秩序を改める必要があると訴えた。このような主張は新しいものではなく、途上国側の立場を主張する既存のスタンスにグローバル・サウスという新たな看板をかけかえたものとみることができよう。ただし「声」サミットでは参加国の意見交換だけでなく、科学技術、災害対応、教育などの分野での協力についても話し合われていた。

グローバル・サウスは出てきたばかりの言説であり、あたかもひとまとまりのグループとして捉えるのは適切でない。ましてやインドがグローバル・サウスなる集団の指導的立場にあるなどと考えることには無理がある。

インドがG20議長への就任というタイミングでグローバル・サウスを採用した狙いは、下記の3点に整理できよう。

第1に、ロシア・ウクライナ戦争が始まってから苦しい弁明を強いられていた自国の外交言説の立て直しである。G7などの西側諸国との関係を深め、とくに米国や日本とは安全保障分野でも緊密な関係を構築しつつあるインドであるが、長年の信頼と協力関係を有するロシアへの制裁には加わっていない。インドの国際・国内情勢を踏まえれば対ロ関係の維持は必然の選択ではあるが、同調を求める西側からの圧力にさらされていた。あけすけに国益の観点から自国の対応を正当化するインド外交の言説は、エゴが過ぎるとの批判も招いていた。しかし大国間対立の犠牲になっているグローバル・サウスの側に自国を位置付けることにより、インドは対ロ関係の維持という方針を正当化するための建前を手にできるのである。

第2に、グローバル外交の立て直しとしての側面がある。国連などを舞台とした世界規模の外交舞台において、かつてのインドは非同盟を掲げ、中国とともに第三世界の連帯を主導した。冷戦が終結して第三世界が意味を失い、21世紀に入るとインドは途上国ではなくBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)やIBSA(インド、ブラジル、南アフリカ)などの新興国の枠組みに立脚して、欧米先進国が主導する既存の国際秩序を改めるべきという主張を展開した。

しかし、次第に国境問題(特に2020年の国境での衝突)などをめぐって中国との関係が悪化し、利害の一致するイシューでの限定的な共闘すらも印中間では難しくなった。さらに決定打となったのはロシアによるウクライナへの侵略である。ロシアとの二国間での協力こそ維持するとは言え、すっかり世界の嫌われ者となったロシアにグローバル外交のパートナーとしての役割を期待できなくなった。つまりインドは、BRICSなどの新興国連携によるグローバル外交を立て直す必要性に直面していた。そこで、グローバル・サウスという新たな名前を冠したかつての途上国連帯へと回帰したのである。

第3に、国内向けのアピールという側面がある。G20の議長国は輪番制であるが、モーディー政権は議長への就任を大々的に国内世論にアピールしている。24年の総選挙に向けて、モーディー首相がグローバル・サウスの代表として外交の舞台で指導力を発揮したと印象付けることを目指しているのである。

日本政府の対応と今後の課題

インドのグローバル・サウス戦略に対して、日本政府はどのような対応を行ったのか。

G7広島サミットでは、「パートナーとの関与の強化(グローバル・サウス、G20)」というセッションが行われ、G20サミットに向けてインドを支援することなどで合意した(※4)。ただしG7首脳コミュニケならびに首脳声明にグローバル・サウスの文言は盛り込まれなかった(※5)。つまり、G7サミットはグローバル・サウスを取り上げるに至ったものの、G20に向けて支援することを合意したのみで、G7としてグローバル・サウスに関する何らかの合意を行ったものではない。

日印政府間では、2023年3月にインドを訪れた岸田首相が(※6)、G7サミットへの招待を伝え、G7においてもグローバル・サウスの観点に取り組むことで合意していた(※7)。22年9月の第2回日印外務・防衛閣僚会合(いわゆる「2+2」)ではG7議長とG20議長の協力について協議していたものの、グローバル・サウスの文言は見られず、その時点では議論されていなかったと考えられる。

つまりインドによる急造の政策に日本も付き合ったというのが、グローバル・サウスをめぐる日本の対応であろう。G7議長国の日本にとって、グローバル・サウスという観点を用いることによって失うものはないが、採用することによってインドとの協力を強化できる。前述のように2010年代中頃までのインドは新興国連携をグローバル外交の基軸としており、日印ではインド太平洋地域や二国間での協力はあれどもグローバルのレベルでは国連安保理改革のG4(日本、インド、ドイツ、ブラジル)などでの協力に限られていた。G7議長とG20議長としての協力を通じて、日印関係はグローバル外交分野での協力を一歩拡大させたのである。

しかし世界秩序の変革を訴えるインドのグローバル外交と、日本の立場には根本的な相違点も多い。たしかにインドが重視している国連改革では、安保理の常任理事国入りという目標を共有して協力している。だがインドが目指す経済分野の国際機関の変革に、日本は同調しないだろう。また、グローバル・サウス側では欧米先進国の価値観を押しつけられることへの抵抗が根強い。世界最古かつ最大の民主主義国を自称するインドではあるが、他国の国内問題への介入には慎重であり、自国の問題に意見されることにも強烈な反発を示す。

内政不干渉に固執する点においてインドをはじめとするグローバル・サウスとされる国々の立場は、欧米先進国との間に隔たりがあり、むしろロシアや中国に近い。現状の日印関係では、利害の一致するイシューで協力を行い、相違点には目をつむる傾向がある。今後の日本とインドが真の信頼関係を構築するには、人権や国家主権といった立場の違う問題でも話し合えるようになることが必要なのかもしれない。

バナー写真:インドのモディ首相(左)と会談に臨む岸田首相=2023年5月20日、広島市、代表撮影(共同)

(※1) ^ インドはG20の議長国として招待された形となっているが、2019年以来5年連続で招待されており、招待国の常連となっている。ただし2020年は新型コロナウイルスの感染拡大により中止され、2021年はオンラインでの参加であった。

(※2) ^ Website of Narendra Modi (December 1, 2022).

(※3) ^ Website of Prime Minister of India (January 12, 2023).

(※4) ^ 外務省「G7広島サミット(セッション4「パートナーとの関与の強化(グローバル・サウス、G20)」概要)(2023年5月20日)なお、外務省ウェブサイトの英語版ではこの第4セッションのタイトルは付けられておらず、首相官邸ウェブサイトでは「パートナーとの関与の強化(Strengthening Engagement with Partners)」となっている。

(※5) ^ 外務省「G7広島サミット(令和5年5月19日~21日)」(2023年5月22日)

(※6) ^ なお岸田首相はこのインド訪問からポーランド経由でウクライナを訪問し、ゼレンスキー大統領のG7へのオンライン参加を要請していた。秘密裏でのウクライナ訪問はインド政府側の理解なくしては実現不可能であり、ロシアとウクライナの関係をめぐりインドがロシア寄り一辺倒ではないことがこのことからも伺える。

(※7) ^ 外務省「岸田総理大臣のインド訪問(令和5年3月19日~21日)」(2023年3月20日)また、直前の林外相の訪印時にもグローバル・サウスとG7の連携について議論している。外務省「林外務大臣臨時会見記録(令和5年3月3日(金曜日)14時17分 於:ニューデリー)」(2023年3月3日)

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