中国から外資・富裕層撤退の動き:背景に対米対立と台湾侵攻リスク
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改革・開放から30年で日本を抜く
40余年前、中国の最高実力者・鄧小平はそれまでの毛沢東時代の鎖国政策に終止符を打ち、「改革・開放」へかじを切った。そのとき、中国に訪れた外国人の目に映った中国は満身創痍(そうい)の大国だった。鄧小平は共産党指導部の中では珍しいリアリストで、外国企業の直接投資を誘致し、中国経済の諸外国へのキャッチアップに注力した。
それから約30年たって、中国経済は飛躍的に成長し、2010年にドル建て名目国内総生産(GDP)が日本を追い抜いた。それ以降、多くの中国人は海外旅行に出かけるようになった。海外を旅する中国人は一様に驚いた。先進国の空港も道路も中国のインフラ施設と比べ物にならないほど老朽化している。中国人は初めて自分の国を誇りに思うようになった。
中国人はダーウィン主義をとりわけ信奉する傾向が強い。中国の歴史教育の基本的な文脈は弱い国が強い国に侵略されるという考えである。先進国が100年かけて実現した経済成長を中国人はわずか30年で実現したと豪語している。中国人としての誇りはさらに高まっていった。
米と衝突した「華夷秩序」
一つ不思議なことがある。いくら経済が成長しても、中国政府は自分の国が途上国であると主張するのを忘れない。2022年、中国の一人当たりGDPは1万2814ドルだった。国際政治学者は、中国政府が世界貿易機関(WTO)の枠組みで国際貿易において優遇措置を享受したいからであると指摘する。途上国ではなくなったのに、途上国と主張して優遇措置を享受したいとすれば、それはずるいやり方と思われる。
実は、中国政府が途上国であると主張するもう一つの狙いは、アフリカなど途上国との関係を強固にするためではないかと見られている。国連外交において、中国にとってアフリカは最大の「票田」である。中国政府は自国が途上国であると主張することで、アフリカ諸国と仲間である姿勢を示している。
事実として、習近平政権になってから、中国政府はアフリカ諸国に対して3年おきに600億ドル(約8兆3000億円)ずつ援助している。コロナ禍が広がってから、中国経済も減速するようになったが、それでも300億ドルの援助を約束している。それ以外にも中国の大学はアフリカから大勢の留学生を受け入れ、毎年、多額の奨学金を支給している。中国はアフリカとの協力関係を中国外交の柱と位置付けている。
国際政治において中国の拡張路線に対する批判が強まっているが、中国と途上国の協力関係は間違いなく強化されている。アフリカ諸国に限らず、途上国との関係をさらに強固にするための戦略は「一帯一路」イニシアティブである。これは途上国のインフラ整備を支援するための枠組みであるが、それによって中国外交の影響力もさらに強化される。換言すれば、これは習政権が目指す、中国を世界の中心とする新しい「華夷秩序」(かいちつじょ)ともいえよう。
ただし、習近平国家主席は途上国の首脳が「朝貢」として北京を訪れることに陶酔する一方で、米国と対立するリスクの管理に失敗した。習政権の誤算は自らの勢力圏を拡大させようとして、既存の覇権国家である米国とぶつかってしまったことにある。中国政府は途上国との付き合い方を心得ているようだが、米国との付き合い方を十分に心得ていない。
2018年、トランプ政権は突如として米中の貿易不均衡を問題視して中国に対して制裁を科した。同時に、カナダの空港でトランジットするファーウェイの最高財務責任者(CFO)、孟晩舟が米司法当局の要請でカナダ警察に拘束された。これが米中対立の引き金となった。習主席は中国がやられたら必ずやり返すと態度を硬化させたからである。
サプライチェーン見直し
外国人が中国をみる目が決定的に変わったのは2020年から3年間も続いたコロナ禍である。外国人からみると、中国政府はどんなに途上国と主張しても、確かに先進国に大きく近づいている。しかし、制度上の不透明性は大きなリスクになっている。まず、新型コロナウイルスの感染状況は正確に発表されていなかった。中国政府が進めるゼロコロナ政策はウイルスの感染を止めようとしたが、同時にライフラインも止められ、ウイルス以上に大きな被害をもたらした。
そして、中国政府は台湾の独立を絶対に認めない態度で、台湾を統一するために、武力行使を辞さないと習主席は繰り返して強調している。これは中国に進出している外国企業にとって深刻なリスクになっている。さらに22年12月、中国政府はゼロコロナ政策を事実上撤廃したが、景気を回復させる有効策は今のところ講じられていない。
なによりも米中対立が激化する中、外国企業は中国を離れるべきかどうかについて途方に暮れている。経済学者の多くは米中の「デカップリング」(対立・分断)はあり得ないと指摘しているが、実情をみれば、米中は半導体産業やハイテク技術のイノベーションについて完全に分断されている。
現在、米国の大学は中国人研究者をビジターとして受け入れる際、徹底的に身辺調査を行わなければならなくなった。このことについて、ワシントンのシンクタンクの研究者は「米中のデカップリングはdeChinafication(脱中国)ではないか」と解釈している。要するに、米中が完全に分断するのは考えにくいが、安全保障に関わる技術や米国の技術覇権を脅かす領域については、中国が完全に排除されている。その一つの事例は中国企業が最先端のパワー半導体チップを調達できなくなっただけでなく、半導体製造装置も入手できなくなったことだ。
結局のところ、多国籍企業を中心に中国に集約されているグロバールサプライチェーンの見直しを迫られている。In China for China(中国で行う地産地消)のビジネスについては、中国に残すが、輸出するための製造拠点は急ピッチでインドやベトナムなどへ分散されている。
台湾侵攻のリスク管理
専門家の間で中国が台湾に侵攻する可能性ついて意見が分かれているが、リスク管理の観点からは中国の台湾侵攻に備えなければならない。外国企業の一部はすでに中国にある生産拠点の分散に着手している。アップルからiPhoneの委託生産を受注しているフォックスコン(中国語名:富士康)はすでに河南省にある工場の半分以上をインドに移転しているといわれている。日本企業の中にも中国工場を閉鎖した事例もみられている。
影響はそれだけではない。中国人も海外への移住を急いでいる。大都市の富裕層の間ではマンションなどの不動産を手放す人が増えている。これらの富裕層は中国を離れ、米国、カナダ、豪州などへ移住している。実は、海外へ移住しようとしているのはなにも富裕層だけではない。最近、米国とメキシコの国境で6000人以上の中国人密入国者が米国境警備隊によって摘発されたといわれている。中国から来たこれらの密入国者は決して富裕層ではない。
米メディアが米国移住を希望する中国人にインタビューすると、彼らは開口一番に「ゼロコロナ政策に失望した」という。世界第2位の経済を誇る国の国民が大挙して海外へ移住しようとしていることは前代未聞のことである。ここで中国人のアイデンティティを議論するつもりはないが、愛国主義を口にする国民はよほどのことがなければ、国を捨てることはしないはずである。論語には、「危邦不入、乱邦不居」という教えがある。日本語に訳せば、「危ない国には入らず、住まない」という意味である。中国は人民にとって安心して住める国になるには、鄧小平路線に戻るのが前提である。
バナー写真:フォックスコンの工場移転で閑散とした中国河南省鄭州市の街並み(Featurechina/共同通信イメージズ)