米中の駆け引きが鍵に——2024年台湾総統選の注目ポイント

国際・海外 政治・外交

台湾では4年に1度、直接選挙で総統選が実施される。総統とは、台湾を統治する中華民国の元首であり、陸海空軍を統率する最高権力者である。選挙は、台湾が中国とは異なる存在であることを証明する場で、毎回大きな注目を集める。2024年の台湾総統選の注目ポイントを解説する。

1996年、台湾の民主化の集大成として直接選挙方式が導入された。これまで7回の選挙は、国民党の李登輝、民進党の陳水扁(2回)、国民党の馬英九(2回)、民進党の蔡英文(2回)と2大政党で分け合ってきた。8回目は2024年1月13日に予定されている。

台湾の有権者は選挙に対する関心が高く、過去7回の投票率の平均は75.8%である。選挙集会に参加したり選挙を話題にしたりする人の比率は日本よりはるかに高く、盛り上がりのようすは海外でも知られている。

現状維持派は「台湾」の色がついた中間派

他の民主主義国と同じように、候補の立場、政策、魅力も重要な要素だが、台湾ならではの争点がある。それは、台湾の方向、歴史観、中国との距離感などで、大きくいって「台湾のあり方」というものである。

民主化後の台湾では、統一/独立論争、族群(エスニック・グループ)間の対抗意識など、権威主義体制期に上から抑えられていた対立が表面化し、台湾はどこに向かうのかが見えない時期があった。しかし、民主化した中華民国の体制での現状維持、族群融和、少数派に配慮する多文化主義が次第に台湾社会の主流になっていく。

中国大陸との統一を志向する統一派(中国ナショナリズム)は蒋介石蒋経国時代の公定イデオロギーで強い勢力を築いたが、その支持は次第に減少している。中華民国を解体し台湾共和国の建国を志向する独立派(台湾ナショナリズム)は支持を拡大させてきたが、過半数には距離がある。最も支持が多いのが現状維持派である。台湾政治は3つの政治的立場があることを意識しておく必要がある。

台湾の大手紙「聯合報」の世論調査を使い、過去10年間(2013-22年)の勢力比の平均値を算出すると、独立支持30.2%、現状維持支持49.8%、統一支持14.3%となる。民進党のコア支持者は独立派、国民党のコア支持者は統一派であるが、それだけではどちらも過半数に届かない。選挙で勝つためには現状維持派の票が必要である。その現状維持派とは、確かに中間派であるが、無色透明ではなく「台湾」の色がほんのりとついた中間派である。

中国が統一を働きかける中で現状維持を志向するのは、台湾に対する愛着と統一に拒否感を持っている人たちだ。つまり、この現状維持派は緩やかな「台湾アイデンティティー」を抱いている層と規定できる。過去7回の総統選挙は、この「台湾アイデンティティー」の票を多く取った方が勝ってきた(※1)

米中の思惑が絡む選挙

ここに絡んでくるのが米中の要因である。台湾統一を国家目標とする中国は、政治・経済・軍事の力を総動員して台湾総統選挙に影響を及ぼそうと介入する。国民党と共産党はもともと内戦を戦い長い間敵対していたが、2005年、両党は民進党に対抗するため連携する関係になった。国民党は、共産党が主張する「一国二制度による統一」には反対しているが「1つの中国」では一致し、対話が必要だという立場だ。中国は、国民党の勝利が統一工作に有利だと考えている。

一方、米国は、中国に支配されない台湾の現状の維持が国益である。この考えは民主党、共和党の両党に共通している。米国の歴代政権は国民党、民進党の双方にパイプを持ち、台湾の選挙では等距離を保っていた。しかし、米中対立の構造が現れた2016年選挙からは、対中融和路線の国民党を警戒し、民進党の勝利を望む動きが見えるようになった。米国政府は態度表明を避けているが、政治家、ジャーナリスト、専門家の声が米メディアで報じられる。

台湾の世論はどうだろうか。独立派は、親米・反中の立場を採る。統一派は、親中の立場で米国とは距離を置く。現状維持派は、独立派とは一線を画すが、米国の支援を歓迎し、中国の統一を警戒する点では同じ立場にある。「統一か否か」という論点になれば、台湾の世論は圧倒的多数が「NO」である。

第2次世界大戦後の台湾の政治経済体制は「親米・反共」路線で構築された。これは蒋介石が打ち立て蒋経国まで国民党政権が大きな抑圧を伴いながら維持してきた。この価値観は台湾社会に深く浸透している。「米中のどちらにつくのか」となれば、台湾の多数派は米国に傾く。米国との連携強化を主張する民進党はその流れに合致している。

国民党は国共連携路線へと転換したので親米のポジションが次第に弱まった。米中協調の時代はそれでも良かったが、米中対立の時代はそうはいかない。米中対立の激化は、民進党に有利、国民党に不利という影響をもたらした。2016年と2020年の国民党の敗北はこの枠組みで説明がつく。蒋介石の「親米・反共」路線は、蔡英文が継承したのである。

台湾世論に広がる「疑米論」

ところが、2022年末から23年初にかけて台湾の世論に変化が見られるようになった。米国の真意を疑問視する「疑米論」が台湾で広がったのである。「米国の言いなりになっていると、中国を抑え込む駒として利用されるだけ。台湾は戦争に巻き込まれ、見捨てられて終わる」という議論である。

この議論自体は、中国が以前から宣伝工作で使っていたもので目新しくはない。しかし、ウクライナ戦争の長期化で、戦争の悲惨な現実が台湾民衆にもリアルな形で可視化された。米国が大量の武器をウクライナに送っても軍隊は1人も派遣しないことが、台湾に置き換えての不安感につながった。台湾有事の危機をあおる言説が日米から台湾に逆流した影響もある。国民党系の政治家、評論家、学者らがこの「疑米論」を積極的に主張している。

台湾の世論調査を見ると「疑米論」につながる認識は、以前は30%程度、つまり国民党の支持基盤と同じくらいであったが、2023年初には40%程度に広がった。40%を超えてくると世論を主導する力を持つ(中間派や「分からない」が20-30%いるため)。

習近平が政権トップに就いて10年、中国は台湾に対し圧力行使と取り込み工作を並行して行なってきた。しかし、台湾の世論は逆に中国から遠ざかった。台湾の多数派は、中国の体制を警戒し、台湾の自由民主体制の方が良いと思っているから、統一はご免被りたい。この構造はすぐには変わらない。

ところが、米国に対する信頼感が揺らぐと話は違ってくる。台湾の世論は米中との距離の取り方で分裂していくであろう。それが「疑米論」であり、中国はウクライナ戦争を使って台湾の親米世論の壁に突破口を開いたと言える。中国としては「疑米論」がさらに広がるようにして選挙で国民党を有利にしたいし、米国はそれを防ごうとする。台湾世論を舞台に米中の激しい駆け引きが続くであろう。蔡英文総統の訪米も、馬英九前総統の訪中もそこに帰着する。「疑米論」の行方が今回の選挙を決定すると言っても過言ではない。

与野党の総統選挙候補者

与党民進党は、党主席を兼任する頼清徳副総統(63)を公認候補とすることが決まった。旧台北県(現新北市)万里の炭鉱労働者の家庭に生まれ、内科医から政治家に転身した経歴の持ち主で、立法委員、台南市長、行政院長を歴任し副総統に就任した。党内最大派閥の新潮流派に属する。頼の不安要素は蔡総統とのライバル関係であったが、2022年の地方選挙での民進党の敗北があまりに大きかったため蔡英文派も含めて党全体が頼に託すしかない状況となり、主席として指導力を発揮しやすい環境が整った。

頼の支持基盤には独立派の人脈があるが、考え方は蔡英文と同じく現実主義路線である。対外政策では中国を警戒し米日との関係を重視、内政では台湾経済を強化し台湾アイデンティティーを固めていく路線である。違いとしては、日本に対する働きかけが蔡政権よりも積極的になることだろう。

最大野党の国民党は、予備選挙を行なわず党中央が候補を直接指名することになった。これまで名前が挙がったのは、党主席の朱立倫(61)、新北市長の侯友宜(65)、鴻海精密工業の創業者の郭台銘(72)。朱立倫は支持率が伸びず、郭台銘は一定の支持率はあるが党内で支持が広がらない。支持率が最も高い侯を指名するのが確実な情勢である。ただ、侯は2022年11月に市長に再選されたばかりで、批判を意識して自ら出馬を表明することを避けている。党から出馬を要請される形を整えて、公認候補に指名される見込みだ。

侯の父親の侯溪濱は少年時代に日本教育を受けた本省人で、第2次大戦後、国民党の軍隊に入り中国大陸で国共内戦を戦った。その後は、出身地の嘉義県朴子で豚肉小売をして生計を支えた。侯は警察学校を卒業、警察官僚の道を歩み、53歳で新北市副市長に転じ、2018年に市長に当選、次第に総統候補として注目されるようになった。侯は国民党本土派の系譜に当たる。中国イデオロギーが強い深藍(国民党のコアの支持層)とは一線を画している。これにより侯は、民進党に不満な人たちの幅広い受け皿となった。

第二野党の台湾民衆党は、党主席で台北市長を務めた柯文哲(63)が出馬を表明している。柯は新竹市に生まれ、救急救命医から政治家に転身、2014年台北市長に当選した。国内政策では効率的なガバナンスをアピールし、対中政策では中国との対話重視である。柯が当選する可能性はほとんどないが、得票は同時に行なわれる立法委員選挙での民衆党の議席数に影響する。民衆党が議会でキャスティングボートを握る可能性がある。

2024年総統選挙は、異変がなければこの3人が争うことになる。本省人か外省人かはあまり大きな議論にはならないが、3人とも本省人である。

施政に満足でも、政権交代を志向

「台湾のあり方」とは台湾の民主主義をどう考えるのかも含む。台湾の有権者にとって政権交代は当たり前で、かつ、8年という年月は長い。昨年の地方選挙で、民進党の市長への評価が高かった桃園市、基隆市で国民党が勝った。市民へのアンケート調査を見ると、8年間の民進党市政に「満足」が過半数を超えているが、「政権交代を望む」も過半数を超えていた。この感覚は、今回の総統選でも一定の割合で反映されるであろう。

蔡総統の施政満足度は、陳水扁や馬英九よりかなり高い。しかし、8年続いたので政権交代した方が良いと考える有権者が少なからず存在する。頼が民進党政権継続の利点をどのように説明するのかが重要になる。特に、腐敗やマンネリの防止は鍵となる。

逆に、国民党にとっては「政権交代して本当に大丈夫なのか」という疑問に答えることが重要になる。中国と対話を進めながら統一圧力をどうかわすのか、米国との関係がぎくしゃくするのをどう避けるのか、難しい課題だ。

侯はこれまで中台関係、米台関係について発言する立場になく、どのような路線を打ち出すのかは未知数である。これまではあいまいに済ますことができたので期待を集めることに成功したが、公認候補となれば語らなければならなくなる。この論戦は侯が公約を発表する夏以降に本格化するであろう。

新政権のスタンスが米中の戦略に影響する

台湾の総統選挙はよく「独立/統一の争い」と言われるが、主要候補は現状維持の公約を掲げる。したがって、理論上はどちらが勝っても台湾の方向は変わらないはずだ。しかし、今回の選挙は米中対立が激化する中で行なわれる。台湾の政権のスタンスの違いが米中の戦略に与える影響は大きい。国民党の侯がまだ政策を発表していないので判断するには早いが、国民党が勝てば習近平政権にはプラス、バイデン政権にはマイナス、民進党が勝てばその逆となる。この構造は変わらないであろう。

米中はさまざまな方法で台湾総統選挙に影響を及ぼそうとする。台湾の与野党対立がもともと激しいところに、米中要因がかつてない大きさで加わる。選挙戦は熾烈(しれつ)なものにならざるをえない。

バナー写真=台湾総統選挙での投票所のようす、2020年1月11日、台湾新北市(Tyrone Siu / ロイター)

(※1) ^ 詳しくは小笠原欣幸「台湾総統選挙7回の概括」を参照。

中国 米国 台湾 民進党 頼清徳 国民党 総統選挙 侯友宜 郭台銘 柯文哲 民衆党