村木厚子氏「“オジサンの会社”から脱皮を」:働き方改革が女性活躍・少子化対策の鍵を握る
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「朝型勤務」導入の効果
かつて「商社マン」は世界を舞台に活躍し、ハードな仕事をこなすエリートの象徴だった。一方、女性社員は男性をサポート、早々と「寿退社」するイメージが強かった。近年、時代の変化に対応して、総合商社は組織変革を進めている。中でも伊藤忠商事(以下、伊藤忠)は、持続的に発展するためには「組織としての多様性が不可欠」という認識の下、早くから女性活躍推進に取り組んできた。
2016年、「女性活躍推進法」が施行された年に、元厚労省事務次官の村木厚子氏は伊藤忠の社外取締役に就任した。その時点で、同社の試行錯誤はすでに始まっていたと言う。
「2000年代から、伊藤忠は数値目標を設定して女性採用や管理職登用を進めようとしてきました。女性活躍の法制化前という意味では、かなり早かったと思います。ただ、必ずしもうまくいかなかった。女性の採用を増やしても、結局辞めてしまうからです。社内託児所を設置した2010年以降は、全社的な働き方改革に力を入れてきました」
画期的なのは、13年に導入した「朝型勤務」だ。午後8時以降の残業を原則禁止し、代わりに朝5時~8時の時間外勤務を奨励した。
「朝型勤務によって効率が上がり、残業時間はかなり圧縮されました。男女問わず、退社時間が決まっていると、その後の予定を立てやすい。終わらない業務は、朝早く出社してこなす。割増賃金も支払われるし、午前8時まで、社員食堂で朝食が無料で提供されます」
徹底的なヒアリングとデータ分析
2021年10月、社内に「女性活躍推進委員会」を設置した。委員長の村木氏の下で、社員に個別の事情を丁寧にヒアリングするとともに、女性活躍の取り組みに関するさまざまなデータを集約・分析した。
その過程で、さまざまな変化が明らかになった。一つは、共働きを選択する男性社員が増え、社内結婚も多いことだ。2000年度の男性社員の共働き比率9%に対して、21年度は43%。年齢別では、20代が90%、30代63%の高さだった。若年層を中心に、働き方に関する意識が大きく変化していることが分かった。
さらに、朝型勤務導入後に女性社員の合計特殊出生率(1人の女性が一生の間に産む子どもの平均数)が飛躍的に上がっていた。2010年度0.94に対して21年度には1.97と2倍超、同年の全国平均1.30を大きく上回った。
「朝型勤務が有効だと証明できてよかった」と村木氏は言う。「出産後に職場復帰した女性社員へのヒアリングでも、仕事と子育ての両立には、朝型勤務が重要だと答える人が多く、出産による退職も減りました」
朝型勤務によって、保育園のお迎えや子どもの生活リズムに合わせることが容易になるからだ。
「働き方改革は女性活躍の必要条件です。たとえ数値目標などを掲げて取り組んでも、条件が整っていなければうまくいかないということが、明らかになりました」
出生率上昇は会社として誇れること
2022年4月、出生率1.97の公表に踏み切ったが、「出産へのプレッシャーになる」など、SNSを中心に批判の声も上がった。
「産む、産まない、産めない」で悩む女性がいかに多いか。そのことを改めて認識したと村木氏は言うが、それでも出生率公表は会社の意思表示として必要なステップだったと考えている。
「これまで妊娠すると、『申し訳ありません、妊娠しました。ご迷惑をおかけします』と上司に謝るような文化が根強かった。出生率の上昇が会社として誇れることだと公に示せば、妊娠を報告する際に余計な気を使わないし、上司も喜んで応援するのが当たり前になります。社会に向けて発信することは、社内に向けての大事なメッセージでした」
22年5月には、「15時以降の早帰り」を認める「朝型フレックスタイム制度」、全社員を対象とした「在宅勤務制度」導入も決まった。
朝型勤務は同社の労働生産性向上にも寄与した。2021年度は10年度比で5.2倍(連結純利益÷単体従業員数)だ。
「日本の経営者は、女性活躍も働き方改革も、業績にゆとりがないと難しいという人が多い。しかし、こうした取り組みが企業の生産性の向上をもたらすという研究もあります。伊藤忠は決して特殊ではありません。本気で取り組めば、業績向上と働き方改革は両立できるはずです」
管理職の「無意識の差別」
伊藤忠商事の社外取締役を6月で退任する。「やると決めたら本気で取り組む社風なので、この7年間は楽しかった。理想ばかりの計画を立てても現実を変えられないという経験は、役所勤めで嫌というほど経験しましたから。少子化対策の根本は働き方改革にあると分かっていても、データがないと説得力を持たなかった。一つの会社で実証できたことは、大きな意義があります」
だが、真の「女性活躍」にはまだ課題も多い。例えば、2024年3月までに女性管理職の割合を9%にする目標は達成する見込みだが、経団連が掲げる「30年までに30%以上」への道は遠い。
1986年の男女雇用機会均等法から2016年の女性活躍推進法まで、ジェンダー平等のための法整備は進んできたが、実態はなかなか改善しない。ジェンダーギャップ指数で、日本は毎回、先進国で最下位だ。経済分野では、男女の収入格差や管理職の割合などで世界平均を下回る。
村木氏は、ジェンダーギャップ改善が進まない根本的要因を3つ挙げる。
「第1は長時間労働です。特に、正社員には転勤もつきものなので、実質的に女性の活躍が難しい状況でした」
「第2は、子育ての環境が整っていないこと。保育園や学童保育(主に共働き家庭などの小学生に遊びや生活の場を提供する施設)が不足して、待機児童問題がなかなか解消されません」
「第3に、労働の流動性が低く、かつ年功序列だったこと。世代代わりしないと女性活躍が進まない仕組みです」
さらに、経営幹部の頭には、両親の分業のモデルや、企業人として自ら経験してきた男女分業・比率モデルが染み込んでいると指摘する。
「均等法成立の過程では、経営側が抵抗勢力でした。今はそこまで強い抵抗はないですが、管理職クラスには、古いモデルによる“無意識の差別”があります。女性の採用・管理職比率が3割、4割に増えれば、頭の中のモデルも変わります。働き方改革と保育施設などの社会環境の整備を急ぎつつ、どこかの時点で比率を加速度的に増やす必要があります」
「オジサンの会社」はマイナスイメージ
「無意識の差別」にとらわれているとしても、経営サイドは「古い体質の会社」のイメージを嫌う。
ある企業のアドバイザリーボードの一員として、村木氏が会合に出席した際のことだ。アドバイザーの一人が何気なく「御社はオジサンの会社だから」と口にすると、幹部たちが、さっと顔をこわばらせた。
「確かにその場の幹部はみな男性で、アドバイザーも、私以外は男性でした。それでも、“オジサンの会社”とは呼ばれたくないのだと、よく分かりました」と言って、村木氏は笑う。
今後、女性をうまく活用できない会社は、「体質の古いオジサンの会社」と判断され、女性や若い世代から敬遠されるだろう。「人材獲得や職場の士気向上のうえで、“オジサンの会社”のイメージはマイナスでしかありません」
今春、企業の「人的資本」開示もスタートした。上場企業は、女性管理職比率や賃金格差、男性の育児休業取得率などの情報開示が求められる。
「改革を進めれば、企業にとっても、人的資本の開示はブランドイメージの向上や人材獲得につながり、大きなメリットになります」
企業も少子化対策に投資を
今後、労働力不足の中で人材確保が喫緊の課題となる産業界が、積極的に少子化対策に関与していく必要があると村木氏は考えている。
「18歳や22歳で採用し、自社で育成する時代は終わりつつあります。社会全体で出産を支援し、育てる仕組みを構築しなければ、将来、企業が採るべき人材も枯渇します。教育格差は、人材の質にも影響します。将来世代にかかるコストを負担するために、人口増の受益者でもある企業に、教育や出産、子育て支援に投資してほしい」
また、日本の強みでもあった同質性だけでは、世界と勝負できなくなっていると指摘する。
「男女間のギャップだけでなく、障害者をはじめ多様な人たちが力を発揮できる環境づくりが重要です」
『いま、個性は性を超える』―ダイバーシティを考える際、思い出すのは、1985年、男女雇用均等法施行の際に作ったポスターの標語だと言う。「省内公募で、入省して間もない女性職員が提案したものです。男女に限定せず、時代を先駆けた標語でした」
「社員育成、働き方など、日本の企業文化は長らく画一的でした。若いカップルの多くが共働きで子育てする時代になり、今後、親の介護をする人も増えていきます。みんなと同じようにできないとだめだという考え方のままだと、多くの人材を切り捨てなくてはならない。一人ひとりの状況に合わせた働き方が選択できて、それに見合うフェアな処遇ができる仕組みを企業が導入すれば、社会は変わります」
撮影:花井智子(バナー、インタビュー写真)