ミサイル発射繰り返す北朝鮮の現状を読み解く:脅威はより具体的に
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米韓の演習に強い警戒
2023年3月13日に始まった米韓合同軍事演習の前日、北朝鮮は朝鮮労働党中央軍事委員会を開催し、米韓合同軍事演習に対して「重大な実践的措置」を決定して一歩も引くつもりはない、との姿勢を強調した。あらためて指摘するまでもなく冷戦終結以降の北朝鮮にとって体制の生き残りこそが最大の目標と言ってよい。冷戦終結の過程で初代金日成から政権を引き継いだ二代目の金正日は、党が国家、軍を指導するという金日成が目指した本来の社会主義体制を捨てて、金正日自身が軍と一体化してあらゆる政治運営を行う先軍政治の体制を取った。それはある意味で体制の生き残りをかけた危機管理体制だった。
金正日にとっては、自らの体制にとって最大の脅威と位置づける米国といかに向き合うかが最大の課題であった。だからこそ、国際社会の厳しい姿勢にもかかわらず核開発を進め、ついに核兵器を手に入れたのである。核兵器の小型化と米国に届く運搬手段の開発が課題として残されたが、三代目の金正恩はそれを引き継ぎ、徐々に実現しつつある。
北朝鮮にとってそれは冷戦の終焉によって米国の脅威に一方的にさらされる状況を解消するための対米抑止力ということになろうが、抑止力を手に入れた上で米国とどう向き合うかこそが北朝鮮にとっての真の目標だろう。その際、米国の姿勢を判断する重要な指標が米韓合同軍事演習だ。18年6月、北朝鮮は、韓国の働きかけもあって米国との史上初の米朝首脳会談を実現したが、その際、米朝はまず「新しい米朝関係」を作ることを約束し、トランプ大統領は米韓合同軍事演習の中止を宣言した。だからこそ北朝鮮は米韓合同軍事演習にこだわるのだ。
北朝鮮が望んでいるのは国連決議に基づく制裁の解除、との指摘もあるが、19年2月のハノイにおける米朝首脳会談決裂以降の反応を見ると、制裁解除よりもむしろ米韓合同軍事演習の行方について警戒を強めている。だからこそ史上最大規模とも言われる3月13日からの米韓合同軍事演習は、北朝鮮にとって「重大な実践的措置」で対処しなければならない事案なのだ。
核兵器開発では「ブレーキ役」の中国
そもそも北朝鮮には、対米関係を有利に運ぶために韓国を利用できる、との思いがあったはずだ。北朝鮮に対する関与政策をとった文在寅政権は米朝関係を進展させる上でも利用価値があった。しかし、5年ぶりの保守政権となった尹錫悦政権は、関与政策ではなく抑止政策を基本として、米韓同盟の強化と、日米韓三国協力関係を強化する方向に動き、そのために懸案となっている徴用工問題についても日本側が受け入れ可能な解決案を提示し日韓関係を進展させようとした。北朝鮮は当然こうした動きに反発し、尹錫悦政権との対決姿勢を強め、米韓合同軍事演習に加えて日米韓協力関係の強化の動きへの警戒感を強めたのである。
米韓同盟、日米韓三国協力関係の強化が進む状況下、北朝鮮にとっては後ろ盾としての中国との関係が重要となるが、北朝鮮は中国を信頼しているわけではない。例えばバイデン政権発足直後の2021年3月のアンカレッジでの2+2会議では、米中が激しく対立したが、北朝鮮問題については協力可能な領域としたのである。中国にとって米国といかに関係を構築するかが最重要課題だが、北朝鮮問題はそのための重要なカードなのだ。
北朝鮮にとっては不愉快だろうが、最もいやなのが、米中が協力して北朝鮮に圧力を加えることだ。17年、北朝鮮が6回目の核実験、さらには米国を射程に入れる火星15の発射実験等に対し、米中は協力して北朝鮮に極めて厳しい制裁を追加した。北朝鮮としてそれは避けたいだろう。
北朝鮮は21年1月に開催した朝鮮労働党第8回党大会で国防力強化の方針を決定したが、その課題として戦術核、核の多弾頭化などが含まれている。それを実現するためには7回目の核実験が必要であり、北朝鮮もその準備を整えている、というのが一般の見方だ。しかし、北朝鮮は核実験については慎重な姿勢を取っている。中国が一貫して朝鮮半島の非核化を主張しており、北朝鮮の核について否定的だからだ。中朝国境地帯で核実験が行われることから環境汚染、地盤への影響などを懸念しているとも言われる。また、22年、中国では習近平体制が異例の三期目を目指していた。このような状況から、北朝鮮は核実験を控えてきた。
ロシアを新たな後ろ盾に
ところがこうした状況を一変させる事態が発生した。ロシアのウクライナ侵攻である。北朝鮮はいち早くロシア支持の立場を表明し、国連総会でのロシア非難決議についても中国が棄権したにもかかわらず明確に反対票を投じた。当然ロシアはそれを歓迎し、明確に北朝鮮を支持することになる。
これ以後、北朝鮮は中国への配慮を見せつつも、新たな後ろ盾となったロシアを頼りとして、ICBM(火星17)を含む各種ミサイル発射実験を繰り返し、2022年5月、米国が安保理で北朝鮮に追加制裁を加えようとした時、ロシアは拒否権を行使した。中国も同じく拒否権を行使したが、ロシアの拒否権行使が確実視される状況下、中国に棄権という選択肢はなかっただろう。このように北朝鮮は、ロシアを利用しながら朝鮮半島で新冷戦的な構造を作り出すのに躍起になっている。
厳しい経済情勢
一方、国連安保理決議にもとづく制裁によって北朝鮮経済は厳しい状況が常態化している。そこに世界的なコロナ禍により、中国との交易も止めざるをえず、さらに厳しい状況に追い込まれた。北朝鮮では社会主義体制の特徴である配給はすでに機能しておらず、闇市場によって人民経済は成立しているというが、当局はその闇市場に備蓄物資など投入することで価格の混乱を抑え込んでいるようだ。
しかし、それにも限界があり、世界的なコロナ禍からの回復を契機に中国との交易を再開し、人民経済の立て直しに取り組んでいる。北朝鮮は、昨年末の党中央委員会総会で国防力強化を再確認したが、その2ヶ月後の本年2月に党中央委員会総会を開催し農業部門の対策を講じたことは経済が厳しい状況にあることを物語っている。
既述の第8回党大会では国防力強化とともに経済5カ年計画が採択されたが、今年はその3年目にあたる。経済の立て直しは国防力強化とともに北朝鮮の体制の生き残りに不可欠な課題と言ってよいが、中国、ロシアの動きが鍵を握ることになるだろう。
「血統維持」の重要性は変わらず
ところでミサイル発射の過程で注目されたのは、金正恩総書記の後継者問題である。金正恩総書記の実娘がミサイル発射実験に立ち会い、その後軍関連の式典に参加したことから後継者ではないか、との憶測を呼んだ。
北朝鮮の最高指導者は、いわゆる「白頭の血統」と言われる、金日成、金正日、金正恩の血脈に通じる人間でなければ後継者にはなり得ない。金正恩には3人の子供がいると言われているが、彼女にも後継者としての資格があるのかもしれない。
しかし、今回の一連の報道を見ていると、後継者としての登場と言うよりも、「白頭の血統」にある者の軍に対する「慰問」として考える方が自然だろう。いずれにせよ、北朝鮮の体制は今後も血脈が重要な意味を持つことを印象づける事案で、内部的には血統を維持して体制固めをはかっていくものと思われる。
「北の脅威」抑止に重要な中ロへの働きかけ
注意しなければならないのは、これまで核兵器について防衛のためとしていたものが、例えば昨年末の朝鮮労働党中央委員会総会で金正恩総書記が「われわれの核戦力は戦争抑止と平和と安定の守護を第1の任務とするが、抑止失敗の際、第2の使命も決行することになる」として「第2の使命は防御ではないほかのものである」とするなど、核の先制使用を示唆する発言が増えていることである。実際、繰り返されるミサイル発射についても、兵器開発の実験ではなく訓練が増えており、その意味で北朝鮮の脅威はより具体的なものとなりつつある。
そうであるとすれば、日米韓協力の強化は不可欠であるが、同時にウクライナ情勢に伴って機能不全に陥っている国連の機能回復も必要だ。そのためには、北朝鮮の後ろ盾である中国、ロシアを国際社会の側に戻さなければならない。これまで北朝鮮の核実験、ICBM発射に対しては中ロを含めて全会一致で対応してきたのであり、今後、中国、ロシアに拒否権を使わせてはいけない。
そのためには中国、ロシアへの粘り強い働きかけが不可欠で、現在、中国、ロシアと難しい関係が続いているとはいえ、日本は使い得るあらゆるルートを通して中国、ロシアに働きかけなければならない。その意味で日本の役割は大きい。
バナー写真:北朝鮮の朝鮮中央通信が2023年3月20日に配信した、金正恩氏(中央)と娘(左)の写真。19日に軍が行った、核攻撃を想定した戦術弾道ミサイルの発射訓練に立ち会ったという(AFP=時事)