学校崩壊の危機― “ブラック職場” で志望者も減少、深刻化する教員不足

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全国的な教員不足が深刻化している。休職、退職した教員の穴埋めも難しい状況だ。いじめ対応、不登校や特別支援学級の生徒のケアなど業務は多岐にわたり、長時間労働だが残業代は出ない。そんな仕事に未来はないと、教員志願者の数は減少の一途。働き方改革実現のための抜本的な施策が必要だ。問題の背景と解決策について専門家に聞く。

妹尾 昌俊 SENOO Masatoshi

教育研究家。野村総合研究所を経て、2016年に独立。全国各地の教育現場を訪れて講演、研修、コンサルティングなどを手がけている。学校業務改善アドバイザー、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」など、国・自治体の委員も経験。著書に『教師崩壊』(PHP新書)、共著『先生を、死なせない』(教育開発研究所)など多数。

採用試験で「定員割れ」

最近、主要メディアが深刻な教員不足を大きく取り上げている。日本経済新聞は、独自調査で、2022年5月1日時点で全国の公立小中高と特別支援学校2092校(全体の約6%)で2778人の欠員が生じていたと報じた。21年同時点の文部科学省調査 (1519校・計2065人)と比較すると、約3割増だ。

採用試験の受験者数の減少にも歯止めがかからない。朝日新聞によれば、公立小学校教員の2023年度採用試験の受験者が全国3万8641人で、前年度より2000人減少。大分県では、受験者数が採用見込み数を下回る「定員割れ」が起きたという。各教育委員会は不合格者の中から再挑戦して教職を目指す人を非正規教員として雇用し、病気休職や産休の教師をカバーする。受験者減は、こうした代替要員確保にも影響する。

21年度にうつ病など精神疾患を理由に休職した公立小中高の教員は5897人と過去最多、学校種別の最多は小学校(2937人)だった(文科省調べ)。22年4月1日時点で、2283人が休職を続け、1141人は退職。

なぜこんな事態になってしまったのか。その背景には、日本の公教育の特徴がある。

「長所」が長時間労働の要因

「文科省やOECD(経済協力開発機構)によれば、日本の公教育の“長所”は、教科だけではなく、課外活動などを通じて、社会人になるために必要なことを包括的に学ぶことです。修学旅行や運動会などの学校行事や部活動などの『特別活動』は、“Tokkatsu”として海外でも注目されています」。こう解説するのは、教育研究家の妹尾昌俊氏だ。

「教員は、子どもたちのさまざまな側面を見ながら、心身共に健康な成長を促す役割を担います。学力の面でも、OECDのPISA(生徒の学習到達度調査)の結果が高い。こうした特徴は、現在の教育現場で起きている長時間労働の問題と背中合わせでもあります」

妹尾氏自身、2歳の保育園児から小学生、中学生、高校生まで5人の子育て中だ。

「5年ほど前、娘の小学校で、別のクラスの若い先生が病気で休職し、臨時任用教員が配置できず、教頭が学級担任を兼務しました。近隣の小学校でも欠員が生じたと聞いています。教師不足が表面化したのはこの1、2年かもしれませんが、もっと前から問題は起きていたのです」

需要増大・供給減少の「ダブルパンチ」

2021年度、文科省は初めて教員不足の実態調査を実施した。妹尾氏によれば、同省はかなり以前から欠員問題を認識していたが、対策を講じなかった。

「戦後の日本の教育は地方分権、自治を重視しています。公立学校の教職員の任命は、基本的に都道府県と政令市なので、文科省には教員不足は自治体の管轄という意識が強い。一方、自治体側は、採用を増やせば膨大な人件費がかかるうえ、少子化による教員過剰をひどく恐れています。国の支援がなければ採用増に踏み切れないのです」

だが、教員需要は増えている。

「何らかの障害を抱え、細やかなケアが必要とされる特別支援学級の子たちが増えています。通常は1学級35人ですが、特別支援学級は最大8人。障害の種別が違う児童が1人でもいれば、新たに支援学級を設けるため、教師の配置も必要になります」

「多くの自治体で、かつて大量採用した世代が定年を迎え、世代交代が進んだ分、産休・育休の代替要員の必要性も増します」

一方、人材供給は細っている。「教員採用試験を受験する学生が減ったし、民間企業や他の行政職の採用試験と掛け持ちして、最終的に教職を選ばない学生も多い。必然的に不合格者も減るので、常勤講師や非常勤講師の供給も減っています」

需要増、供給減の「ダブルパンチ」で教員不足が起きているのが現状だ。

「産休を取らせない、特別支援学級をやめるという選択肢はないので、教職志望者を増やすしかありません」

だが、“ブラック職場”のレッテルが張られた現状では、若い世代の関心を取り戻すのは難しい。

「過労死ライン」大幅超えの長時間労働

教育現場は、働き方改革が最も進んでいない職場の一つだ。OECD調査(2018年)によると、1週間当たりの教員労働時間は、小学校54.4時間、中学校56.0時間。参加国・地域で最長だった。

また、連合総研が22年に実施した公立学校教員へのオンライン調査では、月平均123時間の残業で、「過労死ライン」とされる80時間を大きく上回った。

妹尾氏によれば、この4、5年、公立学校のほとんどがタイムカードや、ICカードによる勤務時間管理を導入している。だが、タイムカードを押した後に仕事をしている教員もいれば、自宅に仕事を持ち帰ったり、休日に部活動の指導をしたりしても、申告しない教員が多いという。

教育は地方自治が重視されていて、国、都道府県、市区町村の役割分担はかなり複雑だ。また、教員は授業の進め方や行事の企画などに、ある程度の裁量を持つ。「多様な実践が現場で可能だという利点とは裏腹に、労務管理や長時間労働させたときの責任の所在が曖昧になるという問題があります」

「世界一のマルチタスク」

多様な課外活動を通じて、子どものさまざまな側面を見ようとする日本の教員は、「世界一のマルチタスク」かもしれないと妹尾氏は指摘する。

「しかも、この10年ほど、教員のカリキュラム上の負担は増えています」

特に小学校では、英語やプログラミングが必修になり、教師は授業準備などに追われ、休憩時間も取れない状況だという。

さらに、特別支援など丁寧なケアが必要な子は増えているし、いじめ防止や感染症対策のため、休み時間や部活の時間も「見守り」を怠れない。給食のアレルギー対応にも神経を使う。

「勤務時間外でも頻繁に電話をかけてくる保護者に対応するし、コンビニで生徒がたむろしているなど、放課後のトラブルも学校に苦情が来ます。本来は学校の責任外なのに、世間も学校の責任だと思い込んでいる。学校と教員が担っている業務や役割が広すぎるのです」 

過労死・過労自殺の見えにくい実態

昨年、妹尾氏との共著『先生を死なせない』(教育開発研究所)を刊行した元小学校教師の工藤祥子氏は、政府は働き方改革を推進しているが、「教師の過労死や自殺の実態を把握していない」と指摘する(2月9日妹尾氏との刊行記念トークイベント)。

2007年、工藤氏は公立中学校の保健体育教員だった夫を突然亡くした。(いじめや不登校などに対応する)生徒指導専任を熱心に務めて残業も多く、週末もサッカー部の顧問として活動していた。不眠不休の末の過労死だと訴えたが、公務上災害の認定を得るまで、5年半以上の時間がかかった。

工藤氏によれば、14年施行の「過労死防止法」で教員が重点業種に選ばれ、ようやく実態調査が進み始めている。だが、学校現場には、教員は自己犠牲が当たり前の「聖職」だという意識が根強く、熱心な教員ほど自分の精神的・肉体的不調を隠す傾向があり、なかなか全貌が見えてこない。この数年、過労死、過労自殺として公務災害に認定されるのは10人前後にすぎないが、公的認定や報道で表に出る事例は「氷山の一角」だという。

法律改正と予算拡大が必須

「子どもが心身共に健康に成長するための場として、学校が大きな役割を維持する前提なら、教員の過酷なマルチタスクの現状を変えるしかありません」と妹尾氏は言う。

「まず、“業務の棚卸し”をして、学校の責任範囲と役割をもう少し狭くすること。同時に教員の数を数年かけて増やし、授業の持ち時間を減らす。教員以外のスタッフも増やし分業化することが理想です。特に、学校規模や必要性に応じて、保護者や不登校対策にも関与できるスクールカウンセラー、ソーシャルワーカーの配置増、常勤化が望まれます」

教員増に関しては、まず「義務標準法」(学級編制と教職員定数の標準について必要事項を定めた法律)を変え、その上で教育予算を増額しなければならない。

「各自治体ができることには限界があります。国が大きな方針を立てて制度設計を行い、教員以外のスタッフ養成も盛り込んだ上で、予算を計上する必要があります」

孤立する若い教員のサポート

公立中高の場合、働き方改革は部活動の運営がカギを握ると妹尾氏は指摘する。すでに、休日の部活指導から、徐々に民間のスポーツ団体に委託する「地域移行」の方針が決まっている。

最も深刻な状況にあるのは、小学校だ。

「小学校の場合、いきなり新任教員が学級担当になり、重い責任を負うケースが多い。保護者との難しいコミュニケーションや、いじめ問題の対応を引き受けることになります。職場に支えあう余裕がないので、苦しむ若手教員は孤立してしまいます」

「その結果、20代、30代の教員の精神疾患が増えています。辞めてしまう人も多い。現役の教職員が生き生きと働けるようにならなければ、学生は魅力を感じない。採用試験の受験者は減るし、転職してまで教員になろうとは思う人もいなくなるでしょう」

教員の「ゆとり」が学校を救う

2022年度、文科省は6年ぶりとなる教員の勤務実態調査を実施した。その結果を踏まえて、「教職員給与特措法」(給特法)の見直し論議を始める。同法は、公立学校教員の残業代を支払わず、代わりに月給4%相当の調整額を支給すると規定している。

「待遇が勤務実態に合っていないのは確かですが、限られた予算の中で最優先すべきなのは、教員と教員以外のスタッフを増やすことです」と妹尾氏は強く言う。「教職志望者や現役教員が望むのは、時間外勤務手当の増額よりも、過酷な働き方が是正されることでしょう。教科準備などに十分時間を使いたいし、プライベートの時間も大事にしたいと思っているはずです」

教員にゆとりが生まれることが、教職の魅力を復活させることにつながるし、授業の質も担保される。

「先生たちが睡眠不足のまま教えてもいい授業にならないし、生徒の相談に応じる心の余裕もない。さらに、小学校では、教員不足で担任が頻繁に変わるような事態が生じています。一番の被害者は子どもたちです」

実際、教員不足の副作用により、全国各地の小学校で、生徒がなかなか落ち着かずに授業が開始できない「学級崩壊」が起き、校内暴力も増えているという。

教員不足の解消と、働き改革は、公教育崩壊を食い止めるための喫緊の課題なのだ。 

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