令和の潜水艦 : 海中からの反撃能力保有へ―難敵は「人」

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岸田政権は2022年12月、国家安全保障戦略など安保3文書を改定し、自衛隊に反撃能力を保有させる政策転換へと踏み切った。とりわけ目を引いたのが、1000キロ超の射程をもつ国産や米国製の巡航ミサイルの導入だ。防衛力整備計画には、海上自衛隊の護衛艦のみならず潜水艦にも搭載されることが盛り込まれた。海中からの秘匿性の高い攻撃能力を持つことは何を意味するのか。令和の潜水艦に付与される新たな任務とその課題を掘り下げた。

潜水艦から長射程ミサイル

防衛力の抜本的強化策の1つとして、長射程ミサイルを発射できる垂直発射装置(VLS)を備えた潜水艦の開発が決まった。国産の巡航ミサイル「12式地対艦誘導弾(SSM)」を1000キロ超に延ばした能力向上型や、米国から購入する射程1600キロ超の巡航ミサイル「トマホーク」が想定されている。

VLSとは、船体上部に多数の発射口を設け筒状の保管容器に入れたミサイルを発射させるシステム。イージス艦などの水上艦は100近いVLSを備えている。日本の現有の潜水艦は、艦首部分にある魚雷発射管を水平方向に打ち出す方式だが、VLSが導入されれば複数のミサイルの同時発射が可能になる。防衛省は、VLS装備型の実験艦の開発に乗り出すことなった。

折りしも、海上自衛隊では2022年3月に、クジラにちなむ名前を授かった最新鋭潜水艦「たいげい」が就役したばかり。これで2010年の防衛大綱(22大綱)で定められた潜水艦22隻体制が整った。

通常動力型潜水艦としては世界最大級となる「たいげい」は、全長84メートル、基準排水量3000トン。動力源は、ディーゼルエンジンとリチウムイオン蓄電池を組み合わせたディーゼル電気推進を採用。女性隊員の乗艦を想定した設計となっている。

隠密性が増した潜水艦

「『おやしお型』から『そうりゅう型』、そして『たいげい型』へと進化を遂げ、自衛隊の潜水艦は精強さが一層増すことになります」。そう話すのは、かつて潜水艦さちしお艦長を務め、阪神基地隊司令を最後に退官した元海将補の深谷克郎さん(59)だ。「パワーアップしたことで、潜水艦が最も脆弱になるシュノーケリング(浮上しての充電)の頻度が少なくなり、より隠密性を保って活動できるようになります」と能力アップを高く評価する。

海上自衛隊の潜水艦「たいげい」(左)。右は「おやしお」型の潜水艦=2022年4月、神奈川県横須賀市の米海軍横須賀基地
海上自衛隊の潜水艦「たいげい」(左)。右は「おやしお」型の潜水艦=2022年4月、神奈川県横須賀市の米海軍横須賀基地(時事)

「海の忍者」とも「有事の最終兵器」とも呼ばれる特殊なステルス兵器の潜水艦は、今もその活動が厚い秘密のベールに覆われている。かつて東西冷戦時代には、主に旧ソ連軍の戦略原潜をオホーツク海や日本海に封じ込めるため、宗谷、津軽、対馬の3海峡での監視活動に長く従事してきたとされる。その重要性は今も変わりがないが、北朝鮮や中国の脅威が増す中で守備範囲は確実に広がっている。

日本の潜水艦の任務は、蓄電池を積んだディーゼル推進力艦という性格上、全速力で動き回る原子力潜水艦とは異なる。ひとところに長く留まって、海中で他国の潜水艦を監視する哨戒任務が中心とされる。

なぜ潜水艦の定数は長く16隻体制だったのか。それは3つの海峡を2隻ずつの潜水艦で挟み込む必要があったからだ。3つの海峡を6隻でカバーするのが基本。それを訓練・補給・整備のローテーションで回せば、定数の16隻で賄うことができる仕組みだった。ところが冷戦後は北朝鮮や中国の軍事活動の拡大に伴って任務が拡大し、哨戒ポイントが増えたため、民主党政権当時、2010年の大綱で定数を22隻に拡大した。

南西へと広がる活動地域

北朝鮮や中国の脅威にも備えるようになった潜水艦は、活動地域を北方から南西へとシフトさせている。ただし米海軍は、日本周辺の東シナ海や日本海はおろか、西太平洋に限らず南シナ海にまでも、多数の固定式水中聴音機(SOSUS)を設置し、常時潜水艦の動きを監視しているとされる。中国やロシア、北朝鮮の潜水艦にとって、もはや隠れる場所はほとんどない。ならば潜水艦の役割はどうなるのか。

主要な活動は、他国の潜水艦の動向を単に追うだけではなくなった。潜水艦にしかできない特殊な任務がある。相手に知られず目標物に接近して情報収集を行うという活動だ。そうした使命を帯びた潜水艦を「任務艦」と呼ぶ。活動の詳細を知るのは防衛省の事務次官や海幕長らごく一部の幹部だけ。任務艦という用語そのものが秘密扱いになっている。

冷戦時代にはウラジオストク沖で旧ソ連海軍の演習を監視し、航空機や艦艇の交信内容のほかミサイルの誘導電波、対潜ヘリが海面捜索時に使うレーダー波、沿岸部の軍事施設の画像などを収集してきたとされる。冷戦後の今も、北朝鮮が発射するミサイルのデータを沿岸部で収取するために、日夜活動しているようだ。南西諸島防衛でも相手に察知されることなく接近し、情報収集や攻撃を仕掛ける手段として投入されることになるだろう。

新たな任務として今後重要になるのは、西太平洋で最もホットな海域である南シナ海への派遣だろう。2018年9月、海自の潜水艦「くろしお」がベトナムのカムラン湾に入港したことがある。当初、防衛省は護衛艦3隻による親善訪問としか発表していなかったが、入港の直前に潜水艦が随伴し南シナ海で訓練もしていたことを発表した。潜水艦の随伴はずっと伏せられており、突然の発表は、明らかに南シナ海を前庭とする中国をけん制する意図があったと受け取られた。

日本政府は米国から、南シナ海で現状変更をはかる中国への軍事的な対応に協力を求められていた矢先のこと。防衛省が米側に出した1つの回答でもあった。

自立した防衛力整備への一歩

時代は移ろい、日本周辺の安全保障環境はますます悪化する一途にある。そうした事情を背景に、岸田政権は国家安全保障戦略など3文書を改定し、米国に頼るだけではない自立した防衛力整備への第一歩を踏み出した。

現場の潜水艦部隊では、反撃能力を保有することに士気が上がっているという。日本の潜水艦の任務や活動はどう変わるのだろうか。深谷さんに尋ねてみた。するとこんな答えが返ってきた。

「有事における潜水艦の役割は、艦船攻撃や機雷敷設に限られていました。いわゆる反撃能力のための装備を運用する潜在力は有していましたが、国の防衛に関するポリシーにより保有が認められていませんでした。トマホークの導入は、従来の役割に加えて潜水艦の特性を活かした攻撃能力が追加付与されることを意味します」

潜水艦から初めてトマホークが発射されたのは、1991年の湾岸戦争が最初。日本で導入されれば、まさに「最終兵器」へと潜水艦の役割そのものが大きく変わることになりそうだ。

現有艦の魚雷発射管は6本。トマホークは魚雷管から発射できるが、自己防御用に少なくとも2発は魚雷を装填しなければならない。となれば対地攻撃兵器が積めるとしても最大で4発が限度だ。水中からミサイルを発射すると居場所が明らかになるので、ただちに現場を離れなければならず、再攻撃までにはかなり時間を要してしまう。

米海軍の原潜ロサンゼルス級は12本のVLSを備えているとされる。日本もVLS艦になって発射管が増えれば作戦目標が増える。内陸部にある攻撃目標をピンポイントで破壊できるという意味合いは大きい。

装備は充実しても、人が足りない!

ならば潜水艦の数を増やせば、反撃能力を高められるという理屈になりそうだ。ところがそう簡単な話ではない。深谷さんに尋ねた途端、「増やしたいのはやまやまですが、そこにはやっかいな伏兵が待ち受けているんです」と返ってきた。伏兵とは隊員確保という「人」の問題のことだった。自衛隊が深刻な人出不足に陥っていることは広く知られている。

「政治家は本気で隊員のことを考えているんでしょうか」と深谷さん。「防衛費は倍増して様々な装備品を購入する動きがあるのに、隊員の慢性的な募集難や現場での人手不足には真剣に向き合っている姿が見えてこない」と嘆く。

自衛官は「精強さを保つ」という理由で、一般の公務員よりも定年が低く設定されている。昨今の定年延長の流れに合わせて、若干、見直されつつあるが、それでも下士官にあたる曹クラスで54-55歳、尉官や佐官の幹部クラスでも55-57歳で職場を去らなければならない。その数は、任期満了退職自衛官(自衛隊新卒)も含めて年間8800人にも上る。

深谷さんは「まだまだ働き盛りの隊員を年間9000人近くもクビにしているようなもの」と話す。戦闘機に乗ったり、艦艇の甲板で走り回ったりする “戦闘任務” からは解放するけれども、定年を延長してデスクワークや軽作業などの後方職種に就かせるという選択肢をもっと柔軟に検討すべきではないかと提唱する。

防衛力の抜本的強化をスローガンに、今回の防衛力整備計画の見直しは着々と進んでいる。しかし自衛隊の土性骨を支える肝心の「人」の手当が手薄になりがちだ。働き手の確保は、少子高齢化という日本が直面する構造的な問題の1つ。だからこそ精強な自衛隊を維持するには、大胆で思い切った制度改革が必要ではないか。

たとえ反撃能力を保有して攻撃力が高まったとしても、全体を支える人的基盤がぜい弱ではせっかくの令和の防衛力強化が中途半端な形で終わることになりかねない。

バナー写真 : 海上自衛隊の潜水艦「たいげい」 2022年11月4日 横浜市中区の横浜新港(時事)

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