米中ロの核戦力:2030年代の「拮抗リスク」とは

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米国防総省は、中国の軍事・安全保障に関する最新の報告で「2035年には中国の実戦用の核弾頭保有数が1500発に増える」との予測を公表した。米国はロシアとの核軍縮を通じて互いの戦略核弾頭数を「1550発」に制限してきたが、中国の核弾頭数が米ロと同レベルに達するという予測が明らかにされたのは初めてだ。あと13年ほどで中国が核大国の米ロと肩を並べることになり、歴史上初めての危険な「三者拮抗(きっこう)」の時代を迎える可能性が高まっている。

ハイピッチの核増殖

11月29日付で国防総省が公表したのは、「中国の軍事・安全保障に関する議会報告2022年版」(※1)(通称・中国軍事力)。米議会は2000年に、目覚ましい勢いで軍備を拡大し続ける中国の動向を懸念して年次報告の提出を国防長官に義務づけたのが始まりで、02 年から毎年議会に提出されている。

中国の核弾頭保有数については、2年前の報告(2020年版)で「少なくとも200発」と推定し、昨年の21年版では「27年に700発に達し、30年代には1000発を超える」としていた。今回はさらに踏み込んで、「21年に既に400発を超えた」とした上で、「現在のペースで増強が進めば、35年には実戦運用可能な核弾頭数が1500発に達する」との見積もりを明らかにした。中国政府は核弾頭用のプルトニウム産出炉を増設したり、米ロに匹敵する多様な新型の核搭載ミサイルの開発を加速させたりしており、数年おきに「倍々ゲーム」のような勢いで核増殖に拍車を掛けている。

中でも注目されるのは、「1500発」という数字である。米ロは2011年に発効した核軍縮枠組みの「新戦略兵器削減条約(新START)」を通じて、実戦配備された戦略核弾頭数を1550発以下に削減するよう定めている。中国がこれに匹敵する弾頭を確保すれば、少なくとも理論的には米ロ中の核大国の力量が弾頭数において互いに拮抗する状況が生まれるからである。

「三者拮抗」の戦略ゲーム

バイデン政権は今年10月、先に発表した核戦略指針「核態勢の見直し」(Nuclear Posture Review:NPR)(※2)において、中国が「今後10年内に核弾頭1000発を保有する」という推定の下に、「2030年代までに米国は歴史上初めて二つの主要な核保有国(中ロ)を抑止しなければならなくなる」と分析していた。米ロ中の3大国が核抑止をめぐって拮抗状態に陥る事態が想定されたからだ。NPRは昨年の推定に立脚したものだが、今回新たに「1500発」の予測が加わったことで、想定はより現実的なものになったというべきだろう。

とりわけ三者拮抗の下で想定される最悪のシナリオは、中国とロシアが結託して米国に核の脅しをかけてくることである。中ロの核弾頭数を合わせた約3000発に対し、米国1550発となれば、「2対1」で中ロが優位に立つのは誰の目にも明白だ。冷戦時代のニクソン政権が中国と結託してソ連を苦しめた「チャイナカード」外交を逆にした構図となりかねず、英仏両国が保有する核を合わせても米国は極めて厳しい状態に陥る可能性がある。そうなれば、米国が同盟諸国の安全を守るために提供している「核の傘」(拡大抑止力)にも重大なほころびが生じる恐れがあり、日本にとっても他人事ではない。

現在においても、米国は欧州でロシアによるウクライナ侵略の長期化に備えつつ、インド太平洋では中国の台湾侵攻リスクを抱えている。今回の22年版報告も、中国は人民解放軍の「建軍100年」にあたる27年を「大きな節目」として、「台湾の武力統一を可能にするための十分な戦力の構築と整備を目指している」と警告している。バイデン政権は外交、軍事、経済、技術、情報のあらゆる力と工夫を動員して新たな二正面戦略に臨む必要に迫られている。

米国として中ロの動向にどう対抗していくのか。ジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)が「今後10年間が決定的に重要になる」と警告しているのは、そうした戦略ゲームを想定しているからだろう。

数字の虚実、中ロの思惑にギャップ

もっとも、「1500発」にそれほどこだわる必要はない――との見方もある。第一に、新STARTで上限が定められた戦略核弾頭数は、条約の規定で「実戦配備済み」のものに限られており、それ以外にも米ロ両国は数多くの予備弾頭を備蓄しているのが実情だ。米科学者連合(FAS)などの調査データ(※3)によれば、米国は配備された1644発の戦略核弾頭以外に1944発の予備弾頭を備蓄している。ロシアも同様に1588発の配備済み弾頭以外に、予備の2889発を備蓄しているという。(ちなみに、中国が予備弾頭をどの程度保有しているかは不明である。)

第二は新STARTの将来だ。ウクライナ侵略問題も含めて米ロ関係は過去10年以上も改善されておらず、新STARTもバイデン政権下の昨年2月、「2026年まで5年間」の延長が合意されたものの、このままでは4年後に条約自体が失効する可能性が強い。失効すれば、「1550発」の上限が無効になるため、米ロともに配備済み弾頭数を自由に増やせることになる。

それでも「2対1」といった理論上のシナリオが憂慮されるのは、中国の動向、意図や狙いが極めて不透明であるためだ。問題となるのは、今後の中国の行動である。米側は、トランプ政権時代に新STARTに中国を加えた上で条約を練り直し、米ロ中3カ国の新たな核軍縮枠組みを築くよう提案したことがある。これに対し、中国は自国の核弾頭数が少ないことを理由に提案を拒否し、「米ロが一層の核軍縮をするのが先決」などと反論してきた。

だが、中国は核・通常戦力を含めた自国の戦力データの詳細を公表しようとせず、国際社会でも「最も透明度の低い大国」と批判されているのは周知の通りである。国際秩序にも大きな影響を及ぼすデータを明確に示そうとしないのは、責任ある大国の態度といえない。しかもその一方では、新STARTや中距離核戦力(INF)全廃条約(19年に失効)などの規制に手を縛られないままに、インド太平洋地域などで中・短距離核ミサイルなどを増強させて周辺国を威圧している。

一方のロシア側では、新STARTが失効すれば、米ロ間の軍拡競争の再燃が予想され、経済力で圧倒的に劣るロシアが開発競争で米国に負けてしまうことを恐れている。プーチン政権がトランプ前政権との交渉で「無条件で条約を5年間延長しよう」と強くアピールしていたのは、そうした経済的理由が大きいとされている。新STARTの今後をめぐって中国とロシアの思惑にはそうしたギャップがある。米国は同盟諸国との連携など軍事的対応を進めるととともに、外交と交渉を通じてそこにつけ込む工夫も求められる。

バナー写真:中国建国70年の軍事パレードに登場した多弾頭型大陸間弾道ミサイル「東風41」=2019年10月1日、北京の天安門前(共同)

(※1) ^ 2022 Report on Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China, US Department of Defense, Nov.29, 2022.

(※2) ^ NPRは以下の『2022年版米国家防衛戦略』の24ページ以降に統合されている。

(※3) ^Status of World Nuclear Forces,” Federation of American Scientists, Last Updated: Fe. 23, 2022.

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