経済安全保障を優先する時代の日米協調を考える

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米中関係が緊張を増す中、ウクライナ戦争も相まって、日本が直面する世界経済環境は厳しさを増している。日米関係を研究する2人の専門家が、経済安全保障がクローズアップされる時代の日米協調のあり方について意見交換した。

片田 さおり Saori N. KATADA

南カリフォルニア大学国際関係学部教授。専門は国際政治経済学。国連開発計画、世界銀行研究員、南カリフォルニア大学准教授を経て同教授。最近の著書にJapan’s New Regional Reality: Geoeconomic Strategy in the Asia Pacific (Columbia University Press, 2020)、日本語版は「日本の地経学戦略:アジア太平洋の新たな政治経済力学」(日本経済新聞出版、2022年)

ミレヤ・ソリース Mireya SOLÍS

米ブルッキングス研究所東アジア政策研究センター所長兼フィリップ・ナイト日本研究チェアー。専門は日本の通商政策、日米関係。ブランダイス大学政治学部助教授、アメリカン大学国際サービス学部准教授などを歴任。2017年の著書Dilemmas of a Trading Nation: Japan and the United States in the Evolving Asia-Pacific Order (Brookings Institution Press)は2018年の大平正芳記念賞を受賞。

日米が直面する「新国際秩序」

世界の経済秩序は混迷の中にあり、ここ2年の間に不確実性が高まっている。中国は経済力の伸長を背景に、近隣諸国への高圧的な外交ツールとして、輸出入禁止措置を発動するようになっている。新型コロナの感染拡大、ウクライナ戦争など数多くの危機が、世界が過去数十年間に経験してこなかったようなリスク、不確実性をもたらしている。

この状況をさらに悪化させているのが、米国と中国の対立だ。経済安全保障の側面を加え、トランプ前米大統領時代から高まった緊張は、現在のバイデン政権下でも続いている。関税引き上げを互いに繰り返す昔ながらの貿易戦争はその後、投資規制や輸出管理、半導体生産に関わるサプライチェーン同盟で中国に対抗するなど厳しい「経済切り離し」(デカップリング)措置に変貌した。

グローバルなサプライチェーンの脆弱性や国境をまたいだ経済的な相互依存関係におけるリスクが高まる中、先端技術を伴う工業製品の製造に当たっては自国や近隣諸国、友好国へ製造拠点を移す動きが生まれている。

これら一連の変動により、各国の外交政策の中での重要テーマとして経済安全保障が浮上した。経済安全保障は主要な先端技術、戦略的な資源確保に焦点を当てたサプライチェーンの安定性確立、技術・特許の保護、サイバー攻撃も想定した重要インフラの保護、投資の選別・審査、共同開発など幅広い分野に及ぶ。こうして以前のようなグローバリゼーション一辺倒の風潮はほぼ消滅した。

このような情勢の中で、日米経済関係をどうとらえるのか。この二国間関係をインド太平洋地域への影響も見据えながら議論する。

目まぐるしく変わる国際環境に対応

片田さおり 日米両国がこうした新たな課題にどのように対処しているか、その評価も含めて伺いたい。

ミレヤ・ソリース 世界経済のリスク環境が大きく変化する中、米国も日本もそれに対応するさまざまな新政策の導入に動いている。それらは大きく3つに分類できる。

第1は、地域環境を整えることを目指すものだ。日本の「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)構想は2016年に打ち出されたが、これは大国間の競争が本格化する直前のタイミングだった。その後、中国の修正主義、米国の単独行動主義志向の高まりなどといった国家間の対立と経済リスクを悪化させる事態に直面した。日本の提唱するFOIPは基本的に、開放的かつ非強制的で、ルールに基づく体制を強調することによって、地域の安定と経済成長を実現しようとする試みだ。CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)が日本の新たな役割を最も象徴する事例だ。この新協定で日本は、米国が離脱したTPPを救済した上で、中国の加盟に向けて協定のレベルの高いルールを維持することを主導してきた。

米国政府はFOIPを広く支持しているが、トランプ政権とバイデン政権ではそのアプローチは異なっている。バイデン大統領はトランプ大統領とは違い、この地域で米国が中国を凌駕するためには近隣諸国との同盟・連合が不可欠だと信じている。このため、最近はインド太平洋経済枠組み(IPEF)や日米豪印による「クアッド」、英国、オーストラリアとのAUKUSなど、さまざまな枠組みを創設している。IPEFにはサプライチェーンの危機管理メカニズム、地域のデジタル経済ルールの形成など、有意義な面がある。一方で、参加国に対して米国市場へのアクセス拡大を提供しないうえ、米国議会の批准の対象にならないこの枠組みは、地域経済の成長に寄与しにくく、バイデン政権のみの短期的なコミットメントに終わる可能性があることなどから、この地域が求める要求を満たせない側面もある。

第2は、経済安全保障そのものの強化に力を入れた新たな政策ツールがあげられる。国際経済の取引規制、高度技術開発促進の双方で、政府の役割が復活した。日米両国は外国直接投資の審査強化、サイバーセキュリティー強化、サプライチェーンの中国への過度の依存是正、先端技術産業を促進する政策など、類似した一連の政策を導入している。いずれも自国が他の国から搾取されないように脆弱性を下げ、自国の技術・製品が他国から頼られそれらの国にとって不可欠になることを目指すものだ。

第3は、地経学(geoeconomics)上での二国間の政策調整を高める動きだ。22年夏の日米経済諮問委員会(経済版2プラス2)の設立で送った強力なメッセージは、日米同盟の中で地「経」学が地「政」学と同じくらいの重要なテーマであるということだ。この閣僚級協議が定期的に行われれば、日米は対外経済政策における包括的な目標について緊密に連携し、その優先順位や政策遂行について、足並みをそろえて対処することになるだろう。2プラス2の米国側の閣僚は国務長官と商務長官だ。貿易自由化を任務とする通商代表部(USTR)でなく商務省が表に出たことは、現状における経済安全保障の重要性を示している。

片田 日本もこの3分野の全ての面で非常に積極的に動いたことは確かである。FOIPは日本政府から見ると、この地域の安全保障、経済秩序形成に向けたイニシアチブの中心にあり、そこに米国を積極的に関与させることも目的としている。この点から、日本はIPEFを通じた米国のコミットメントを高く評価している。とはいうものの、日本は今後も米国のTPP復帰を要望し続けるだろう。

日本が提唱した「信頼性のある自由なデータ流通(DFET)」や「質の高いインフラ投資原則」の重要性が承認されたことからも分かるように、G7(主要7カ国)やG20(主要20カ国)はルールに基づく秩序の強化に向けての重要な場となっている。貿易と投資を通じた経済連携はインフラとともに地域の発展に大切な要素であり、また中国を国際社会に融和させるためのツールでもある。日本政府は23年のG7サミット議長国として、積極的にメンバー各国を巻き込んでいくと思う。

日本は22年5月に経済安全保障推進法を制定した。この法律ではサプライチェーンの強靭化、基幹インフラ保護、特許保護、先端的な重要技術への投資・開発促進という4つの柱を掲げ、米国と同様に、戦略的自律性、戦略的不可欠性の強化に取り組んでいる。

日米の経済版2プラス2について言えば、7月の第1回会合では「ルールに基づく経済秩序」「透明で持続可能な貸付慣行」「重要インフラの促進と保護」「サプライチェーンの強靭性」という4つの議題が取り上げられた。これらはいずれも、中国の貿易・投資慣行から生じるリスクに関わるものだ。日本にとって、この2プラス2という枠組みを中国に向けた日米同盟の一面として機能させ、一方で自由な経済秩序を維持する努力を重ねることは、難しい綱渡り的行為だと言える。一方で、軍事生産とビジネスとしての生産の境界が不明確になった今、安全保障面で扱う課題を経済版2プラス2にどう融合させるのかは、日本にとって新たな課題となるだろう。

新時代の日米協調とは

片田 米政府は経済安全保障に関する日米連携の現状をどう見ているのか。両国の政策調整にあたり、最も重要な点はどこにあると考えるか。また、日米の間に著しいギャップが存在する部分はあるか。

ソリース 米国がこの分野で日本と連携を深めることは重要であり、既にいくつかのいい結果も出ていると考える。中国の領土拡張に向けたグレーゾーン戦術に対抗し、また近隣諸国との外交上の意見の相違に対して中国がとる高圧的な経済行動に警鐘を鳴らすなど、両国は緊密に連携している。また、サプライチェーンにおける重要品目を中国に過度に依存することについての懸念も共有している。

経済安全保障を促進・保護する目標で緊密な連携を取っていると感じる。その大部分は「日米競争力・強靱性(コア)パートナーシップ」として、2021年のバイデン大統領と菅首相との日米首脳会談で具体化されている。先のG20会合では、債務透明性の確保などアジア太平洋地域の経済戦略に関する日米の連携が明らかになった。日米の企業が半導体の分野で補完的な関係を模索し、産業補助金を受けるなど先端技術面において連携する動きも増えている。

一方で、日米間には重要な見解の違いも存在する。それは、中国との競争をどこまで推し進めるのかという境界とその方法、またそれぞれが地域経済への影響力を増すため、どのような政策を取っていくかなどの点に見ることができる。米国は関税引き上げや輸出管理など、自らが一方的に発動できる措置を使い、ますますゼロサムで包括的な競争を追求している。米国政府の現在の目的は技術競争で、中国の人工知能(AI)とスーパーコンピューター開発を停滞させることにあり、日本などの同盟国・友好国が同様の輸出管理を採用することを望んでいる。

片田 日本の立場から見ると、FOIPは今や日本の大きな外交資産となっており、その連合構築に向けた取り組みは日米の協力関係を越えて進行している。この枠組みはルールに基づいた秩序に埋め込まれていて、安全保障面の協力、またアジア・太平洋地域におけるインフラ投資を積極的に推進する「グローバル・ゲートウェイ」構想、英国のCPTPP参加表明など、欧州諸国からの関心も高い。日本は長らく、アジアと欧米との対話を進める役割を果たしたいと願ってきた。「インド太平洋」地域は、日本が非常に適切で重要な外交アクターになる機会を与えてくれた。

一方で、バイデン大統領が対中政策をめぐって日本に全面的協力を要求するとしたら、それは日本のみならず東アジアの多くの国々にとって「両刃の剣」になるだろう。中国に対するデカップリングへの支持が、日本で強かったことはない。それは、日中の貿易関係が密接であるため、日本にとっての損失が莫大(ばくだい)なものになるからだ。日本政府は輸出管理の面で、米国に追随するかどうかという難しい決断を迫られている。

シンガポールのリー・シェンロン首相など東南アジアの指導者たちは、中国経済に大きく依存するアジア経済が米中のいずれか一つだけを選ぶことは不可能だと主張する。このように、二人の巨人の間に板挟みにされているのは日本経済だけではない。また、日本外交は、この東南アジア諸国の声にも配慮しなければならない。東アジアと中国が完全に切り離されるという事態は、当面は考えられない。地域の経済統合と米国が主導する経済安全保障の連合体とのバランスをどうとるか、これが日本にとっての根本的な課題となってくる。

今後の展望は?

ソリース 国内政治の状況も、対外経済政策に大きな影響を与える。日本国内の課題が岸田外交、特に経済安全保障面にどのような影響を与える可能性があるか、聞かせてほしい。

片田 日本でも国内政治の影響は大きい。7月の参院選で自民党が着実に勝利したにもかかわらず、現時点で岸田首相は強い政治的基盤を確立していない。安倍首相銃撃事件の後、国葬決定の是非や自民党と旧統一教会の関係が問題視されたほか、相次ぐ閣僚の辞任、景気対策など課題は多岐にわたっている。このため、岸田首相が外交に集中することは困難だったと言える。経済安全保障推進法は2023年に本格施行されるが、日本企業が政府の政策にどのように従い、同政策目標を効果的に維持するかが鍵となるだろう。中間選挙後の米国の政治状況をどのように見ているか。

ソリース 民主党は上院で過半数を維持したが、下院ではそれを失った。いずれもわずかな差だった。中間選挙を終え、バイデン政権が今までのような目覚ましい立法活動を展開できる期間は終わったと理解すべきだ。

この2年間、インフラ包括法や半導体の国内生産を支援する「CHIPS法」(the CHIPS and Science Act)、インフレ抑制法などを相次いで成立させ、大きな勝利を収めた。だが、こうした立法活動は行き詰る可能性がある。一方、対中政策は超党派の合意が期待できる数少ない分野であり、今後もより多くの「中国に厳しい」法律がつくられることが予想される。具体的には、米国の対外投資に対して審査をする体制を設けることなどが予想される。

バイデン政権は、輸出管理などのように行政府が独自で推進できる経済安全保障分野の政策ツールをこれまで以上に適用していくだろう。中間選挙の結果で証明されたのは、米国への市場アクセス拡大策に積極的な姿勢をとらず、中国に対する一方的な関税撤廃にも踏み切らないことが、国内政治的には安全策であるということである。今回の選挙では、「方向を変えない」ことが、うまい策であるという教訓が得られたと言えるかもしれない。

(原文英語:英語版は2022年12月15日にウェブ公開された)

バナー写真:米ワシントンで開催された日米経済政策協議委員会<経済版2プラス2>左から萩生田光一経産相、林芳正外相、ブリンケン国務長官、レモンド商務長官=2022年7月29日(AFP=時事)

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