根深く残る日本の労働市場の男女格差:誰もが活躍できる社会にするには?
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法整備進むも先進国では最低レベル
1986年の男女雇用機会均等法(以下「均等法」という)施行から約35年経った。この間、日本女性の就業環境はどのように変化したのだろうか。女性の労働参加や仕事と家庭の両立支援を促す法制度は着実に整備・拡充されてきた(※1)。大学進学率は86年の約13%から2020年の約51%に大幅に上昇し(学校基本調査)、就業率も86年の約53%から20年の約71%に大きく上昇した。一方で、就業者の非正規雇用割合は86年の約32%から20年の約56%へと急速に拡大した(労働力調査)。2010年頃まで4割前後で推移してきた第1子出産前後の就業継続率も15年~19年には約7割まで上昇しているが、その雇用形態間格差は大きい(出生動向基本調査)。国際比較の観点ではどうだろうか。世界経済フォーラムによる22年の日本のジェンダーギャップ指数の順位は146カ国中116位と先進国の中で最低レベルである。労働参加率、フルタイム労働者の賃金、管理職比率にみられる日本の労働市場の男女格差は、依然として経済協力開発機構(OECD)先進国の中で韓国と並び最も大きい状況だ。日本女性の就業は「量」の面で改善はみられているものの、「質」の面で課題が残されていると言える。
少子高齢化の進展による労働力人口の減少下において、女性の能力の活用は重要な政策課題である。15年には女性活躍推進法が成立した。女性の就業を生産性や競争力向上を目的として「女性の能力(スキル)の活用」の視点から捉えている点で、この法律成立の意義は大きい。本稿では、「女性のスキルの活用」の程度を示す「タスク(仕事を遂行する際の業務内容)」に着目しながら、日本の労働市場における男女格差の実態を概観し、日本女性のスキル活用における課題を検討する。
高所得の職業に従事していない女性の実態
図1に、2020年に厚生労働省が公開した職業情報提供サイト(日本版O-NET)の数値情報(※2)と国勢調査を職業でマッチングしたデータを使用し、日本の労働市場におけるタスクの分布とその変化を男女別に示した。
5つのタスクに着目してその分布をみていこう。高度な専門的知識を必要とする「非定型分析タスク(例:分析・開発業務)」や高度なコミュニケーション能力を必要とする「非定型相互タスク(例:指導・管理業務)」は男性の方が女性より多く従事しているのに対し、それほど高度な専門知識を要しない柔軟な対応が求められる「非定型手仕事タスク(例:対人サービス・ケア業務)」は女性の方が男性よりも多く従事している。同じ定型作業でも、知的作業の「定型認識タスク(例:事務・検査業務)」は女性の方が、身体的作業の「定型手仕事タスク(例:生産設備の制御・監視)業務」は男性の方がより多く従事している。女性は男性に比べて、高収入に結び付く高度な非定型タスクに従事していないことが分かる。
次に、2005年以降のタスクの分布の変化をみていこう。女性の変化は男性より大きく、とりわけ赤の破線が示す正規雇用女性のタスクの分布の変化が大きい。正規雇用女性は、定型手仕事タスクに従事する者が減少し、高度な非定型分析・相互タスクに従事する者が大きく増加している。同時に、それほど高度ではない(賃金水準が高くない)非定型手仕事タスクに従事する者も増加している。正規雇用の高度な非定型タスクの男女差の縮小がみられているのは望ましい変化であるが、就業者全体では変化は小さい。図では省略しているが、非正規雇用は男女ともに高度な非定型タスクに従事しておらず、2005年以降女性の正規・非正規間の格差は拡大している。近年女性のタスクは変化し、かつ多様化していることが分かる。
出産後にスキルが活用されない日本
続いて、2011年に実施されたOECDの国際成人力調査(PIAAC)(※3)を用いて、日本におけるスキル活用の男女差を英国と比較してみていこう。英国の両立支援制度は日本と大きく変わらないが、男女平等度は日本よりも高い。図2に、①読解スキルと就業確率②読解スキルとスキル利用(タスク)との関係について男女別に示した。両立支援制度の整備・拡充期に子育て期を迎えている1968~88年生まれ(調査時点で25~44歳)の男女を対象とし、女性は子どもの有無別にみている。
日本では、子どものいない女性については読解スキルが高いほど、就業確率が上昇し、就業している場合も読解スキルをより多く利用している。一方で、子どものいる女性は読解スキルが高いほど、就業確率は低下し、読解スキルをより多く利用している傾向もみられない。子どものいる女性でもスキルが高いほど就業率が上昇し、読解スキルをより多く利用している英国とは対照的である。日本では、より高度な仕事をしようとする女性にとって子どもを持つコストが大きいことが示唆される。なお、図は省略するが、日本では、男女ともに正規雇用や管理・専門職である場合に読解スキルの利用頻度が高く、とりわけ正規雇用で読解スキルが利用されている場合に男女賃金格差が小さくなっている(小松2021)。
高スキルでも日本特有の雇用慣行が障壁に
以上から、正規雇用で高度な非定型タスクに従事する女性が増加している一方で、子どものいる高スキル女性や非正規雇用女性についてはスキル活用の面で課題があることが分かる。スキル活用(タスク)の男女格差の縮小ペースは全体でみると緩やかだが、女性の中で子どもの有無や雇用形態による格差が大きくなっている。両立支援制度が整備されてもなお、子どものいるスキルの高い女性がそのスキルを発揮できないのはなぜなのだろうか。その要因として、根強い性別役割分業意識や税・社会保障制度に加えて、日本特有の雇用慣行が挙げられる。高スキル女性が就くような正規雇用(総合職)の働き方は、無限定な職務・労働時間や転勤命令を受け入れることを前提としているが、家事・育児負担の大きい女性がこうした働き方をするのは極めて難しい。加えて、欧米諸国のように企業を超えた職務やスキルの評価軸が整備されていないため、一度離職すると離職前に培ったスキルを生かした高度な仕事(正規雇用)に再就職するのも困難である。結果として、結婚や出産によって離職した女性の多くが、そのスキルの高低に関わらず非正規雇用として再就職する現状にある。
しかしながら、上でみたとおり、非正規雇用ではスキルを十分に生かした高度な(非定型)業務に従事する機会が少なく、賃金上昇が見込まれない。従って、男女の賃金格差も縮小していかない。
働き方改革とスキルアップ支援の拡充を
こうした課題を解決するためには、両立支援制度の整備だけでは十分でなく、各企業において残業を前提とするような無限定な働き方を改革し、職務範囲の明確化やリモートワークなどの柔軟な働き方を進めていく必要があるだろう。タスクやスキルの見える化やそれらに基づく評価軸の整備を進めるとともに、正規・非正規雇用間の不合理な待遇の格差を解消していくことも重要だ。男女の賃金格差の縮小のためには、女性の労働市場への参加をただ促すだけでなく、スキルの活用・育成の機会が十分にある正規雇用への移行・採用の機会を広げることも必要であろう。そのためには、政府による無業女性に対するリカレント教育を含めた再就職支援や非正規雇用女性に対するスキルアップ支援の拡充が重要だ。
OECDのPISA調査(2015)によると、先進国の中で女子高校生の職業アスピレーションが男子より有意に低く、30歳の時点でなりたい職業として「専業主婦」が上位10位以内に入っているのは日本だけであると指摘されている(宮本2020)。これは、子どもを持ちながら社会経済的地位の高い職業に就いている女性のロールモデルが少ないことも関係しているのではないだろうか。誰もが希望に応じた働き方を選択でき、その能力を十分に発揮できる社会の構築が急務である。
【引用文献】
Komatsu, K., & Mugiyama, R. (2022) “Trends in Task Distribution in Japan, 1990–2015: Evidence from Japanese version of O-NET and National Census Matching Data”, Japan Labor Issues, vol.6, no.37, pp.55-70.
小松恭子(2021)「日本女性のスキル活用と男女賃金格差-PIAACを用いた日・韓・英・ノルウェー比較」『生活社会科学研究』第27号, pp.41-57.
宮本香織(2020)「高校生の職業アスピレーションの男女差 PISAを用いた国際比較」『人間文化創生科学論叢』第22巻, pp.225-234.
バナー写真:PIXTA
(※1) ^ 男女雇用機会均等法の1997 年、2006 年改正に加えて、育児・介護休業法(1991 年育児休業法制定、1995 年育児・介護休業法へ改正、2000年代以降漸次改正)、次世代育成支援対策推進法(2003 年制定,2008 年、2014年改正)、女性活躍推進法(2015年制定、2019年改正)など、1990年代後半以降関係法が整備・拡充されている。
(※2) ^ 約500職業について、求められるスキルのレベルや仕事の内容の重要度等について職業間で比較可能な形で数値化しているデータベース(https://shigoto.mhlw.go.jp/User/download)。2022年よりjob tag。
(※3) ^ OECD加盟国が参加し、「読解力」、「数的思考力」「ITを活用した問題解決能力」の3つのスキルや、職場におけるこれらスキルの利用頻度(タスク)を直接測定している。