岸田政権は「半導体ニッポン」復活への“最後で最大のチャンス”をものにできるか
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満身創痍の日本を救う半導体
「新しい資本主義」「デジタル田園都市国家構想」を掲げて発足した岸田内閣だが、急激な円安と物価高、北朝鮮ミサイル、台湾有事といった地政学リスクと問題山積だ。さらにカーボンニュートラル、課題先進国としての少子高齢化、国際競争力低下、自然災害、地域格差、過疎、財政赤字などの問題も抱えている。
円安対策で金融引き締めなら中小企業は倒産、弱小金融機関は破綻の可能性もある。国民生活や産業への支援は財政悪化、DX(※1)やデータセンターの整備は、エネルギー消費増を招く。多くの課題が複雑に絡み合い、あちらを立てればこちらが立たず、日本はまさに満身創痍(そうい)の状態と言ってよい。
打つべき政策も、コロナ対策で見られたアクセルとブレーキを同時に踏むような、方向性の不一致・矛盾が産業政策と金融政策において見受けられ、残念な結果に終わっている。さまざまな課題の因果関係を見据え、打ち手の優先順位とコストと時間軸を考え、全体のストーリーを描きつつ取捨選択し、ある程度の犠牲は覚悟の上、迅速果断に実行する決意が必要だ。
一見するとバラバラに見える、新しい資本主義とデジタル田園都市国家構想、そして国家安全保障もつながりうる。それらを結ぶ鍵、諸課題の解決の要と言えるのが半導体である。
日米経済摩擦がトラウマに
30数年ぶりと言われる円安。その30年前、日本の半導体はDRAMと呼ばれる記憶用半導体を中心に、世界トップの50%のシェアを誇り、時価総額や特許ランキングでも他国を圧倒していた。
しかし、あまりに強すぎた結果、現在の米中関係と同様、米国には脅威に映り、日米摩擦が起こった。プラザ合意による急速な円高、日米半導体協定という不平等政策、生産拠点の海外移転、応用研究よりも基礎研究への負担を強いられ、日本の半導体産業は徹底的に力を削がれた。
その後、米国の支援のもと韓国・台湾が台頭し、マイクロソフトとインテルのWINTEL(ウィンテル)連合の席巻により、DRAM中心の日本の付加価値は低下。主役の座を韓国・台湾・中国に奪われてしまう。
2000年以降、日本の半導体業界は垂直統合から水平分業への流れに対応できず、その結果、シェアは10%を切るまでになる。キオクシアのNANDフラッシュメモリ、ソニーの画像センサー、ローム等のパワー半導体など健闘している分野もあるが、先端ロジックのファブレス・ファウンドリ(※2)は弱い。半導体をつくる製造装置や材料は強いが、ファブレスを支えるEDA(半導体設計支援ツール)は皆無に近い。
米国や韓国、台湾、中国では、半導体ビジネスは「国策」として巨額の資金が投入され、税制面等の支援もあった。ところが、日本においては半導体摩擦のトラウマもあり政府の支援は弱かった。
日本特有の「日の丸自前主義」も問題で、オープンイノベーションが難しい。マーケティング力、M&A力、金融力も弱い。GAFAM(Google・Amazon・Facebook・Apple・Microsoft)や米ファブレス企業によるプラットフォーム戦略もあり、ニッポン半導体は敗戦を迎えた。
日本から半導体生産がなくなると、困るのは国内ユーザーである。
昨年起きた半導体不足どころではなく、不足と値上げが恒常的となり、日本が強い自動車やロボットといった最終製品の競争力も失われる。これらハイテク製品の鍵を握るのはコアデバイスである半導体だからだ。
日本はこれまで貿易黒字を気にしていたが、エネルギー、クラウドでは、2030年には各10兆円の貿易赤字となる可能性があり、それがさらなる円安要因となる。半導体も数兆円の貿易赤字になる。円安は、日米の金利差もあるが、日本の競争力低下、少子高齢化やDX化の遅れによる労働生産性低下こそ、その真因ではないか。
米国の認識変化と日本への期待
これまで米国は、産業構造を階層で見た場合、「工場を持たず、金融やソフトウエア、プラットフォームといった設計や企画等の高付加価値な階層に事業を特化し、付加価値が低いモノづくりの階層は台湾や中国に依存する」というスタンスを取ってきた。
しかし、習近平国家主席が率いる中国は、ソフトウエアやプラットフォームの領域にまで進出。さらにデジタル人民元など金融にも関心を示し、科学技術における米国の覇権を脅かしている。また、世界最大の通信機器メーカーとなったファーウェイの5G移動通信システムは、国家安全保障上の脅威となっている。
そこで米国は、中国依存からの脱却を図るべく、ハイテク分野の製造拠点としての日本に期待を寄せている。東西対立の中で、もはや西側諸国は中国を生産拠点とすることが難しい。スマートフォンやPC、ファブレス半導体を支える台湾に有事があれば、世界のサプライチェーンが止まり、西側は戦争もできなくなる。
そうでなくとも、半導体市場が現在の60兆円から2030年には2倍まで拡大すると予想される中、台湾の産業界は、土地・水・電力・技術者・労働者が不足する「5欠」問題を抱えているのだ。
日本はデバイスの世界シェアは下がったが、製造装置や材料の競争力は高い。日本が出遅れた微細化技術の「モア・ムーア」(「ムーアの法則(※3)」の中での平面方向への微細化)から、3D実装などの「モア・ザン・ムーア」(「ムーアの法則」を超えて立体構造、チップレットなど新技術による発展)へ技術トレンドがシフトする中、日本の半導体産業が再浮上する最大のチャンス到来といえる。
だが同時に、それは最後のチャンスでもある。
第1に、半導体ニッポン復活には優秀なエンジニア、特に、米国が期待するモノづくりのエンジニアが鍵となるが、これまで多くの工場を立ち上げ、現場を知る彼らの多くは、日本を離れて中国や韓国、台湾で活躍しており、彼らに日本に戻ってもらわなければならない。しかし、高齢化もあり時間がない。第2に、台湾有事へのリスク対応では、悠長なことは言っておられない。第3に、ファーウェイに対抗し次世代移動通信システム「ビヨンド5G」で逆転するには、2025年の大阪万博がターゲットとなる。
これらを考えれば、2025~30年の間に先端ロジックの国内拠点を築かないと、日本に対する米国の期待は薄れ手遅れになってしまう。
経済産業省が描く再生シナリオ
経済産業省は、2021年6月に「半導体・デジタル産業戦略」を公表するなど、半導体産業再生に向けたロードマップづくりに乗り出している。具体的には、①製造基盤の確保②次世代技術に向けた日米連携③ゲームチェンジとなりうる将来技術の開発―の3つのステップが基本戦略となる。
ステップ1については、半導体世界大手、台湾積体電路製造(TSMC)を熊本に誘致し、ソニー、デンソーとの合弁で子会社「ジャパン・アドバンスト・セミコンダクタ―・マニュファクチャリング(JASM)」を設立、2024年に新工場を稼働させる。
その目的は、日本がまだ競争力を持つ自動車や産業機械などIoT産業のための半導体サプライチェーンへの対応だ。経済効果は大きく、熊本だけでなく九州全域が活性化している。半導体そのものだけでなく、不足している人材の育成対策も始まった。
ステップ2については、日米連携により2020年代後半に次世代半導体(ビヨンド2nm短TAT)の設計・製造基盤を確立する。
次世代半導体の量産体制の実現に向けては、今年度内に発足予定の「技術研究組合最先端半導体技術センター(LSTC)」と、今年8月に設立された新会社「Rapidus(ラピダス)」の両輪で臨む。
LSTCは、日本版NSTC(米国立半導体技術センター)とも言うべき、R&Dオープンプラットフォーム。短TAT、チップレットなどテーマ別の開発組織体制となっている。産業総合研究所、理化学研究所、東大などから国内トップの研究者・技術者が参画するほか、NSTCや米ニューヨーク州アルバニーにあるIBMの研究開発施設、さらにベルギーに本部を置く国際研究機関IMECとも連携する。
半導体生産を請け負うラピダス社は、社外取締役に経団連の重鎮を招き、トヨタ、NTTなどユーザーにもなる国内大手企業が株主となっている。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)から700億円の資金を受け、国の2022年度第2次補正予算に計上された半導体関連1.3兆円の3分の1を使い、LSTCと共に技術開発と拠点整備を行い、2027年の本格量産を目指す。
最後にステップ3について。これは2030年以降となるが、NTTのIOWN(アイオン)構想で先行する光電融合技術でゲームチェンジを狙うものだ。光電融合とは、コンピューターが行う計算に、電気に加えて光を用いて消費電力を抑える技術。省エネ効果は大きく、日本の貢献度をより世界にアピールできる。
これら一連の政策は、これまでの日の丸プロジェクトのような業界支援ではなく、ユーザー視点に立ち、さらに海外メーカーとも連携している点で大きく異なる。
過去の反省を踏まえ、他省庁との連携もある。“政治が動いている”という点が鍵だ。「半導体・デジタル」というように、最上位にデジタルがあり、グリーンもある。まさに「デジタル列島改造」であり、半導体はその要だ。
長期的視野に立った政策を
半導体をコアとして形成される情報通信網やデジタルインフラを活用すれば、老いたインフラや企業を再生できる。さらにプラットフォーム戦略により、地域ごとや企業ごとに成功例をユースケースとして蓄積し、そのノウハウを標準化する。そして、円安を好機とし、課題先進国のDX成功事例として輸出できる。
TSMCの進出により九州全域が活性化しているが、さらにIBMやインテル等の米企業の投資があれば、それ以上の経済効果が生まれる。そうすれば、貿易赤字の拡大を食い止められる。
同時に、こうしたデジタルインフラが、かつてのインダストリーパークならぬ、デジタルパーク、デジタルの都となれば、地域の過疎化を食い止め、働き方改革も実行できる。生産性も向上し、ゆとりが増せば、人口増も期待できる。
そうした中で、地域の弱体化した企業も1970年代のような競争力を回復できる。デジタルインフラを活用すれば、医療費、災害対策費用の削減も可能だ。
一時的に財政は悪化するが、長期ではプラスになる。つまりマンションの修繕と同じだ。今なら、ある程度の大規模修繕工事で済むが、先送りすれば、やがて全面建て替えに迫られ、さらにコストは増大し、天文学的数字となろう。
新しい資本主義は、「安全、安心、安定、安保そして協創」だと考える。長期的視点で全体のバランスを考え、市場経済に任せるのではなく、官民合意のもと、国家安全保障的な視点も含めて政府の介入が必要だ。米国の期待の下、円安を奇禍とし、まずは半導体をモデルケースに50年前のような輸出立国としてやり直すことだ。
円安は痛みを伴うし、向こう数年、日本人は貧しくなる。しかし、その先には再生が待っている。これは、半導体だけではない。製造業全体、いや日本の全産業にとっても、最後で最大のチャンスである。
バナー写真:日米首脳会談で握手する岸田文雄首相(右)とジョー・バイデン米大統領。半導体の研究開発や生産で協力を強化し、台湾や韓国への依存度が高い半導体を有事の際も自国で確保できる体制を目指すことで一致した(2022年5月23日、東京・元赤坂の迎賓館=代表撮影) 時事