ポスト安倍時代における憲法改正の道筋は?:依然としてある高いハードル
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1946年11月に公布、47年5月に施行された日本国憲法は現在、世界でも最も古い未改正の憲法となっている。しかし、その制定過程や内容については、これまで長い論争が続いてきた。その草案はアジア太平洋戦争の終結後、連合国による占領下で作成された。その後、国会審議で文案改定が行われたが、民主的な正当性に欠けている文書だと批判する意見もある。
近年の日本で、憲法改正に最も熱心だった政治家の一人が安倍晋三元首相だった。そもそも自民党は憲法改正を長く掲げており、とりわけ戦力の不保持を定めた第9条(戦争放棄条項)の改正を唱えてきた。近年では、全面的な憲法改正案を2005年と12年に公表しているほか、安倍氏本人も17年に「2020年には新たな憲法を制定したい」(5月3日付読売新聞)と発言している。安倍氏の目論みはその後、党内の反対と政治的なスキャンダルにより勢いを失うが(※1)、20年9月の首相退任後も憲法改正を変わらず訴え続けてきた。
22年7月、参院選の期間中に安倍氏が凶弾に倒れ死亡した事件を受け、彼の遺産を称える上でも憲法改正を進めるべきだとの論調が再び出ている。
本稿では、憲法改正は制度的にも政治的にも高いハードルがあり、それらの障壁を過小評価すべきではないことを論じる。まず第1点として、改憲勢力と言われる各政党は衆参両院で3分の2の勢力を持っているものの、改憲の「中身」については一致に至っていない。第2に、改憲をめぐる世論の動向は流動的なため、多くの自民党議員にとっても、これを主要な政治課題とするにはリスクが伴う状況にあるということだ。目の前にある緊急の政策案件よりも、憲法改正を優先課題にすることへの是非も問題になってくる。
ステップ1:国会でも広い支持が得られるか
憲法96条は、この憲法を改正する手続きについて定めている。改正案はまず衆議院、参議院それぞれ3分の2の同意で発議され、その後に行われる国民投票で過半数の支持を得て、正式に承認される。世界的に見ても、この改正プロセスはきわめて標準的なものだといえる。世界各国の憲法の75%前後が「議会の3分の2」の同意を憲法改正の要件とし、その中の半数は国民投票での賛成を追加条件としている。
より注目すべきは法律で定められている、国会の中でどのように改憲の提案が行われ、投票に付されるかという手続きだ。
国会法の第68条の2では憲法改正案の原案の発議にあたっては、衆議院で100人、参議院で50人の賛成が必要とされているため、少数派の提案はそもそも国会で審議されない。原案は提出された院の憲法審査会で審査・採決され、その後本会議で採決される。
特に重要な点は、改正が望まれる箇所が複数ある場合、憲法改正原案は、内容において関連する事項ごとに提案され、個別に発議される必要があることだ。「関連事項」の明確な区分基準はまだ定められていないが、例えば第9条の条文改正に加えて、プライバシーの権利を新しく追加するといった「抱き合わせ」形式の提案は、原則として不適当だと考えられている。国民投票に付すには両院それぞれで賛成3分の2という高いハードルがあるため、提案の形式は多くの議員が賛同できる「単一テーマ」を扱うか、複数の政党が互いの要望事項に合意し連続して発議するか、そのどちらかの手法が求められることになる。
第二次安倍政権以降の自民党は基本的に、後者を追求してきた。17年の衆院選に向け、安倍首相(当時)と自民党は4つの改憲項目を焦点に掲げた。それらは第9条への自衛隊明記、日本維新の会などが要求に掲げた高等教育の無償化、参議院での1都道府県最低1議席の定数確保(合区解消)、そして緊急事態条項の条文追加である。
安倍氏の憲法改正に向けた積極的な動きが、憲法論議の基調を変化させた。21年の衆院選では、国民民主党、日本維新の会などの中道・中道右派の野党も憲法改正への前向き姿勢を鮮明にした。中道左派の立憲民主党でさえ、自民党主導の動きには反対したものの、改憲論議そのものには応じる姿勢を示した。
しかし、憲法改正に対する与野党の熱意が高まっていることは、具体的な改正事項や優先順位についての合意を意味するわけではない。21年の衆院選では、3つ以上の政党マニフェストで明確な支持を得た改正項目はなかった。実際、自民党内でも「改憲4項目」への反対の動きがあった(※2)。ベテラン議員の中には、自衛隊の明記だけでは不十分であり、9条全体の改正を望む声もある。高等教育無償化についても、4兆円もの費用がかかると予想されており、財政保守派の議員らは消極的な態度を示している。
妥協の可能性が最も高いのは、危機の際、政府の権限を強化することを主目的としている「緊急事態条項」の新設であろう。以前から議論されているテーマではあるが、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が追い風になった。日本政府のコロナ対応は国際標準に比べて受動的で、公共交通機関や飲食店の閉鎖といった措置を取ってない。あくまでも「要請」や「指導」ベースの措置にとどまったが、その根拠には移動の自由など憲法で保障された権利への抵触という問題があった(※3)。安倍氏や後任の菅義偉前首相、岸田文雄首相は、憲法に緊急事態条項を盛り込むことで、法的強制力をもつ自宅待機や事業所閉鎖命令などのパンデミック対策を、政府がよりよく実施できると主張している。
ステップ2:有権者を納得させることができるか
改憲勢力の各党が改正案で合意に達し、国会で憲法改正が発議されても、最終的には国民投票による承認が必要だ。国民投票実施の詳細は、「日本国憲法の改正手続に関する法律」(国民投票法)で定められており、国会発議の60日から180日の間に、18歳以上の全ての国民を有権者とした国民投票を実施しなければならない。有権者は、それぞれの憲法改正案に対して個別に「賛成」「反対」いずれかの票を投じ、賛成過半数を得たものは承認され、所定の期間後に施行される。国民投票の結果が有効であるかを判断するための最低投票率は設けられていない。
改憲勢力と言われる各党にとって最大の不安要素は、支持者がどのような票を投じるかである。仮に、議員同士が戦略的に互いの改憲案への支持を取りまとめたとしても、有権者がそれに同意する保証はない。例えば、自民党支持者は9条改正には賛成するが高等教育の無償化には反対するかもしれないし、維新支持者は、その逆の行動をとるかもしれない。そのため、政党間で一つの改憲事項について事前に合意しておくことが、国民投票での不確定要素をある程度回避できる正攻法となる。
2022年10月現在、改正の可能性が最も高いのは、新型コロナウイルス感染拡大に伴い国民の関心が急上昇した緊急事態条項の新設だと思われる。同条項への国民の理解は、この5年間で増加している。読売新聞の世論調査によると、安倍元首相が明確な改正事項を示した17年に49%だった憲法改正賛成の割合は、パンデミック中の21年には56%とやや増加した。その大きな要因は、緊急事態条項の必要性を多くの有権者が認識したことのようだ。同じ読売新聞調査を見ると、緊急時の政府の責務と権限を憲法に明示することへの支持は、質問文に若干の違いはあるものの、31%から59%とほぼ倍増した。
一方で、緊急事態条項への国民の支持は、特に自然災害の前後に、急速に上下する傾向もうかがえる(※4)。例えば、東日本大震災の起きた2011年には支持率が上昇したが、その数年後から徐々に低下していった。また、移動や集会の自由といった人権の一時的な制限や中央政府の権限強化など、自民党が想定している「国家緊急権」の在り方が、有権者の念頭にあるものと同等なのかどうかは定かではない。言い換えれば、具体的な緊急事態条項案が提示されたときの有権者の反応は、既存のメディア調査の結果とは違う方向に振れる可能性もある。
筆者は2020年12月に独自の調査を行い、緊急事態条項に対する世論をより詳細に分析するために、7種類の臨時権力や人権制限についての評価を訪ねた(※5)。最も支持が高かったのは、外出制限命令などを含めた「移動の自由」の制限だったが、47.4%と過半数をわずかに下回っている。2番目は、内閣が緊急事態にあたり、法律と同等の効力をもつ政令を発する権限を持つこと(緊急政令権)だったが、これは31.9%にとどまった。自民党内で優先度が高いとされている、衆議院議員総選挙の実施を延期できるという措置への支持は、10.6%と最も低かった。
多党間合意ができるのか
この結果を統合すると、国民は緊急事態条項の概念については理解を示しているものの、審議されている具体的な緊急権の内容を見ると、それが必要なものだとは思わないという事実が示されている。この有権者の両義性は、政治家の側から見ると非常に重要な問題だ。なぜなら、改憲推進が自らの再選か落選に直結する、政治的なリスクをはらむ可能性があるからだ。
憲法改正の旗を振ることは、自らの次の選挙を考える場合、それぞれの政治家にとって必ずしも割に合う行動とは必ずしも言えない。中道志向や無党派層の有権者が最も気にするのは、景気の動向や社会保障制度であるため、改憲を優先課題とすることによる得票増加は限定的であるだろう。
同時に、多くの国民にとって、長い間この国と寄り添ってきた現憲法の改正には正当な理由が必要である。日本で国民投票の前例がないため、有権者のリスク回避志向が働くことが予想される。他国の例を見ると、不確実性が高い条件下では、有権者は「誰」が改正を提案しているかに敏感になる(※6)。特に無党派層や野党支持者にすれば、自民党主導で改憲手続きが進むよりも、幅広い与野党合意に基づく中立的な提案の方がより支持しやすい。しかし、自民党と国民民主党、維新などが緊急事態条項の詳細について多党間の合意ができるのかどうか、まだ明確な見通しはない。
安倍氏亡き後、憲法改正は実現に向かうのだろうか。首相在任中の安倍氏本人の積極的な働きかけで、改憲への注目度は2017年以降、確実に高まった。しかし、改憲作業を実際にレールに乗せた場合、その実現に向けてはかなりの時間を要する。憲法審査会の審議・可決に続き、衆参両院それぞれでの審議と採決、60日から180日間にわたる周知期間を経て、やっと運命を決める国民投票実施となる。政府はその間、他の法案審議をある程度後回しにしなければならず、その上で「否決」となれば、内閣総辞職や衆議院の解散総選挙になる可能性が高い。このような政治的リスクが内在し、かつウクライナ戦争、円の下落、緊張する東アジアの安全保障環境、旧統一教会の問題など、さまざまな難問への対処が必要とされている現在、岸田首相やその後継者が憲法改正を推進する意欲をも持てるかどうかは現時点では不明である。
(原文英語)
バナー写真:日本国憲法の公布原本=東京都千代田区の国立公文書館、2017年撮影(時事)
(※1) ^ ケネス・盛・マッケルウェイン「憲法改正―なぜ実現できなかったのか」アジア・パシフィック・イニシアティブ編『検証 安倍政権―保守とリアリズムの政治』(文藝春秋、2022, pp. 346-383) [McElwain 2022a]
(※2) ^ [McElwain 2022a]
(※3) ^ 竹中治堅『首相の指導力が制約された新型コロナ感染症対応:「危機の1年」を振り返る』nippon.com 2021年3月15日公開
(※4) ^ ケネス・盛・マッケルウェイン『日本国憲法の普遍と特異―その軌跡と定量的考察』(千倉書房、2022) [McElwain 2022b]
(※5) ^ [McElwain 2022b]第7章
(※6) ^ [McElwain 2022b]第7章