スリランカの経済危機の背景:中国の債務の罠なのか?

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深刻な経済危機に陥り、一族で政権の要職を握っていたラージャパクサ大統領が7月に国外脱出、辞任したスリランカ。その背景を、政府の経済政策を中心に詳しく分析する。

スリランカといえば何が思い浮かぶだろうか。紅茶やカレー、世界遺産などいろいろだろう。開発経済学を少しでも学んだならば、一人当たりのGDPが低いにも関わらず識字率や平均余命などで高い人間開発指標を実現した国であると聞いたことがあるだろう。

反政府デモ引き金に政権崩壊

2022年、スリランカは、独立以来の経済危機に見舞われた。外貨準備が不足し、輸入に深刻な支障をきたしている。特に燃料は100%輸入に頼るため、ガソリンスタンドに何日も並んだり、ガスの代わりにまきを使わざるを得ないなど、窮乏生活を強いられた。たまりかねた市民が22年3月ごろから静かに路上に出るようになった。

4月以降、デモ参加者はコロンボ中心部のゴールフェイスグリーンにテントを張り、継続的な反政府デモを開始した。参加者らは、特定の集団に属していたわけでなく、家族連れもみられるなど、祭りやハイキングに参加するような感覚にも見えた。参加者は、ゴタバヤ・ラージャパクサ大統領(当時、以下同様)の退陣を求めた。そして、7月にはゴタバヤ大統領を辞任に追い込むことができた。1年前、いや半年前ですら予想しえない急な展開であった。

デモ参加者が退陣を求めた政府は、19年11月の大統領選挙で過去最高の得票数を獲得したゴタバヤ・ラージャパクサ大統領である。首相は、09年に30年近く続いたタミル・イーラム解放の虎との内戦を終結させ、高い経済成長率を実現し、今なお英雄視される兄のマヒンダ・ラージャパクサである。

近年のスリランカ政治=年表

2009年 内戦が終結
2010年 マヒンダ・ラージャパクサ大統領が再選
2015年 保険相のシリセーナ氏が大統領選に勝利
2019年4月 国内8カ所で259人が死亡する連続爆破テロ発生(イースター・テロ)
11月 大統領選でゴタバヤ・ラージャパクサ氏が勝利
2022年5月 マヒンダ首相辞職。ウィクラマシンハ首相就任
7月 ゴタバヤ大統領が国外脱出し辞任。ウィクラマシンハ首相が大統領に

nippon.com編集部作成

外貨準備減少に加え、通貨も急落

南アジアの優等生だったスリランカはなぜこのような経済危機(および政治危機)に陥ってしまったのだろうか。スリランカの主たる外貨獲得源は輸出のほか、観光収入と海外からの送金である。2020年以降、新型コロナウィルスの影響を受け、観光収入は大きく落ち込んだ。運が悪いことに、19年4月に発生したイースター・テロ事件で落ち込んだ観光客数が戻りつつあったタイミングだった。ロシアのウクライナ侵攻も影響している。ロシア人やウクライナ人は、スリランカにとって大事な観光客だったからだ。そして海外で働くスリランカ人からの送金も減った。

これらは確かに大きな打撃だった。しかし観光収入や送金の減少は、ほかの国でも同様のはずである。なぜスリランカはここまで深刻な外貨危機に見舞われたのか。

スリランカは、17年に南部のハンバントタ港の建設費返済ができる見込みがなくなり、中国とスリランカの合弁企業に港の運営権を99年間リースせざるを得なくなった。それは中国の債務の罠にはまった典型例とみなされた。今回の危機も中国からの借金が膨らみ、返済不能となってしまった結果なのであろうか。

スリランカは輸入や債務の返済に必要な外貨が十分にない状況である。図1を見ると、2020年半ばまでは輸入の4カ月ないし5カ月分の外貨準備があったが、それ以降減少し、2021年末には輸入1カ月分ほどと危機的な状況になった。インドやバングラデシュから援助(通貨スワップ)を得て切り抜けた。しかし外貨準備の不足は、スリランカの信用を低下させ、輸入に必要な信用状も開設できない事態も招いた。

興味深いのは、外貨準備が急速に減少しているのにルピーの価値が維持されていた点である。中央銀行はルピーの価値を維持しようと努めたが、3月に買い支えをやめ、一気に255ルピーほどに下がり、350ほどまで切り下がっている。

国際金融市場での借り入れ増大

次にスリランカの対外債務について詳しく見てみよう。政府の対外債務の内訳(図2)は、国際金融機関と二国間からの借り入れが9割を超えていたが、2007年に初めて国際金融市場で国際ソブリン債(ISB)を起債し、5億ドルを得た。それ以降国際金融市場での借り入れが増えていることが分かる。

そして、中国からの借金は、二国間やAIIB(アジアインフラ投資銀行)、中国輸出入銀行を含めても10%ほどで、日本と同じくらいである。国営企業への融資など政府保証借り入れを含むと20%を超えるとされる。それを加えても、スリランカ政府にとって最も負担が大きいのは、中国からの借金ではなく対外債務の35%ほどを占めるISBである。

スリランカが国際市場からISBを調達するようになった理由は、外国がスリランカでプロジェクトを実施する場合、その30%を自国で準備する必要があったからとされる。はじめは数年おきに5~10億ドルを起債していたが、徐々に増加し、頻度も高まった。ISBは、国際金融機関や二国間から借り入れるよりも条件が緩く、スピーディーに調達できる。デメリットは、コストが高いこと、5年から10年後にまとめて返済しなければならないことである。

中国からの借款でインフラ整備

中国からの借金はISBの起債に関係するだろうか。中国は、2000年代半ば以降、関係の強かったラージャパクサ政権下で数多くのインフラ・プロジェクトを実施した。そして中国のプロジェクトは贈与ではなく借款が多かった。1971年から2012年の間に中国はスリランカに50憶ドルほどの援助・融資を行っているが、そのうち94%がマヒンダ・ラージャパクサの大統領就任以降に行われた。そのうち贈与は2%のみで、残りは借款である。具体的には2005年にはノロッチョライ火力発電所、2007年にはハンバントタ港の建設が始まった。2013年にはマッタラ国際空港、コロンボ港南ターミナル、コロンボ=カトナヤケ空港間高速道路が完成した。

これらのプロジェクトの背後には、中国とラージャパクサ政権の強いつながりが指摘され、建設したものの、十分利活用されていない施設があるといわれている。しかし、2015年に親中のラージャパクサ政権は倒れたにもかかわらず、バランス外交を指向した政権下(15年1月~19年11月)でもISBの起債は続いた。むしろ額は増えている。

その結果、2019~21年の3年間、スリランカの対外債務返済額は約40億ドルであったが、それに占めるISBの割合は約50%と負担になっていた。

図1で外貨準備の減少が止まらなかったにもかかわらず、中央銀行は1ドルを200ルピーほどにとどめおいた理由は、輸入インフレを引き起こすことを恐れたと思われるが、同時にドル建て負債が膨らんでしまうことも危惧したためである。

対外債務の返済スケジュールは定まっており、返済が負担になることは事前に分かっていた。そのため2021年初めごろからIMFの融資を受けるべきだとの意見が出されていたが、当時の中央銀行総裁は、それに応じなかった。IMFは融資の条件(コンディショナリティー)が厳しいという理由もあるだろう。それを実施することは国民に大きな負担となるため、避けたい。それよりもISBなどの借金を期日通りに返済することで、市場におけるスリランカの信用度を維持したかったとも考えられる。ただ、そのころにはスリランカ経済は瀕死の状態であったのだから、実は次の融資条件を心配する必要はなかったはずだが。

観光収入依存する脆弱な経済構造

大統領を辞任に追い込んだ経済危機の直接の原因が中国でないとしたら、いったい何が原因なのか。2019年のイースター・テロ、新型コロナ、ロシアのウクライナ侵攻など外的な要因や、ゴタバヤ政権が行った減税や農業政策など、最近の政策の失敗もちろんあるだろうが、ここではスリランカの経済政策の問題点を指摘する。

まず、将来的に外貨を返済する必要があると分かっていたのだから、外貨を安定的に稼ぐ必要があった。先に述べたように外貨の稼ぎ手は財の輸出、観光収入、海外で働くスリランカ人労働者の送金だ。ところが図3に見るように輸出のGDP比は2000年に33.3%を記録したのち、下がり続けている。たとえ輸出のGDP比が小さくても、輸入が小さく純輸出が十分大きければ問題ない。しかし、スリランカは原材料や中間財、投資財の多くを輸入に依存している。そのうえ、恒常的に貿易収支は赤字である。すなわちスリランカは観光収入や送金などに影響を及ぼすアクシデントに見舞われた場合のバッファーが小さかった。

政府は新規の産業を振興する、あるいは既存の輸出産業の高付加価値化、輸出市場の拡大や多様化などにも積極的に取り組むべきだったろう。

「福祉国家」が直面する試練

次に為替レートである。本来は、為替レートが上下動して輸出や輸入が調整される、はずである。しかしスリランカは、対ドルのルピーの価値を高めに維持してきた。その理由は、輸入品価格を低く抑えようとする意図があった。インフレは政府支持・不支持のバロメーターであるからだ。

高めに設定された為替レート下においては、輸入を減らそうというインセンティブは弱まる。スリランカは輸入額を減らそうと2020年3月より車両の輸入禁止など規制を課したが目的を達成できなかった理由の一つはここにあるだろう。

冒頭で述べたようにスリランカは、福祉国家として知られ、その恩恵は教育や医療の達成度合いに表れている。しかしおそらく今後数年は、これまで当たり前のように享受してきた恩恵を手放さなければならない。こうすることがおそらく正しい経済政策なのだろう。実施するスリランカ政府には国民に嫌われる強い意志が必要となる。そして支える側も悪役を演じる必要があるかもしれない。

中国が1970年代末に、外貨準備が底をつきそうになった時、日本が援助を行い、山西省の石炭を山東省に運ぶ路線を整備した。中国はこの石炭を日本に輸出することで回復の糸口をつかんだという。今となっては牧歌的ともいえるかもしれないが、対外援助の基本だったのだろう。

バナー写真:スリランカのウィクラマシンハ首相が国会で新たな大統領に選出され、喜ぶ支持者ら=2022年7月20日、コロンボ(AFP=時事)

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