首都圏の電力不足はどう解決すべきか?
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綱渡りが続く首都圏の電力需給
2022年の3月に続いて、この夏も首都圏の電力需給の逼迫が予想される。梅雨明け以来、連日、電力需給逼迫注意報が発令された。火力発電所の休廃止が続いていることや原発再稼働の遅れにより、電力需給は当面、綱渡りの状況が続く。
また世界では、ロシアのウクライナ侵攻や新型コロナウイルスの沈静化に伴うエネルギー需要の急増により石油や天然ガスの供給が不安定になり、価格も高騰している。
ここにきて、日本に衝撃が走った。ロシアのプーチン大統領は6月30日、日本の商社が参加する極東サハリン沖の石油・天然ガス開発事業「サハリン2」に関し、ロシアが新設する会社に移管し、現在の事業会社の資産を譲渡するよう命じる大統領令に署名した。これは事実上、ロシア政府が接収するものと見られており、ウクライナ侵攻を受けた対ロ制裁への報復とみられる。日本企業が事業を継続できるかは不透明だ。
日本の産業界では、当初、ロシア制裁には慎重であるべきとのコメントが発表されていた。しかし、政府は先進7カ国(G7)に同調し、慎重論を封じ、流されるようにして対ロシア経済制裁を決定した。この「サハリン2接収」は、ロシアへの経済制裁に参加して日本が「敵国扱い」になったときから予想されていたことだった。
だがこの決定が本当に日本にとっての国益に即していたのかは、いまでも疑問視する声が上がっている。日本は石油の9割を地政学的な問題を抱える中東に依存している。サハリンからの石油・ガスは供給源の多様化のために重要であった。
いま先進諸国は対ロシア経済制裁をかけているものの、インドや中国はもちろん、世界の多くの国々は対ロ制裁に参加しておらず、ロシアはそれらの国々との貿易で外貨を稼いでいるため、あまりダメージを受けていないようにも思われる。
サハリンからの石油・ガスの輸入が直ちに停止するとは限らないが、もしそうなった場合には、代替的な供給源からの調達は困難である。世界的に需給が逼迫し価格が高騰しているためだ。追加のコストは1兆円とも2兆円とも言われている。
仮にこのサハリンからの輸入が当面は継続するにしても、ロシアとの緊張関係は簡単に解消するとは思えず、ロシアからの供給はもはや当てにできるものではなくなった。
脱炭素政策の犠牲にされた火力発電所
電力需給逼迫の要因の1つは火力発電所の休廃止だが、これはどのようにして起きたか。日本政府は2030年には二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスを13年比で46%減、50年にはゼロにする、としている。日本のCO2排出量の4割を占める火力発電所は、この脱炭素政策の最大の標的にされてきた。
それに加えて、再生可能エネルギーの固定価格買取制度(Feed in Tariff, FIT)によって莫大(ばくだい)な補助を受けた太陽光発電が大量に導入されてきたことで、火力発電所は休廃止を余儀なくされてきた。
どういうことか。太陽光発電が大量導入された結果、火力発電所の稼働率は下がった。それで火力発電所の売り上げが減り、運転維持費すら捻出できなくなってしまったのだ。
火力発電所が不足したため、需給が逼迫したときに、必要な供給力を確保できなくなった。太陽光発電はもとより天候に左右されるため供給の不安定さは解消されていない。ことに、日本の場合、太陽光発電ができない日没から夜にかけての時間帯の電力需給の逼迫が問題となっている。この3月22日には東京電力管内では大停電一歩手前になったが、そのときも太陽光発電はほとんど発電していなかった。
したがって電力の安定供給のためには、本来は、応分の対価を支払って稼働率が低下した発電所を維持する必要がある。だが火力発電の優遇は「脱炭素」の方針に反し、また既存の電気事業者の発電所の維持に対価を支払うことは「電力自由化」の方針に反する、という風潮にあって、それがおろそかになっていた。
もとより、電力需給の逼迫は一般家庭の問題にとどまらず、企業の経済活動にまで大きな影響を及ぼすため、この深刻な電力不足問題を何とか解決しなければならない。
高まる原発再稼働の機運
ここにきて、停止している原子力発電所の再稼働が必要だという機運が盛り上がってきた。与党議員、産業界、そして岸田文雄首相も再稼働の必要性について言及するようになった。原子力の再稼働は電力不足を緩和するだけでなく、世界の化石燃料の需給が緩むことに貢献し、燃料価格を下げる効果がある。
岸田首相は6月13日、日本テレビの番組に出演し、「原発を1基動かすことができたならば、世界市場に新たな液化天然ガス(LNG)を100万トン供給するのと同じだけの効果がある」と述べ、安全性が確認できた原発は速やかに再稼働していく考えを改めて示した。
世界的なエネルギー危機を受けて、原子力発電の見直しが世界各国で進んでいる。フランスは全発電量の67%が原子力発電で、カーボンニュートラル達成のためにさらに6基の原発を増設するとしている。
日本も、法的根拠なく休止を余儀なくされている原子力発電をまずは再稼働させるべきではないか。
これには、まず何よりも、政権が腹をくくって原子力再稼働を進める覚悟を示す必要がある。そうでなければ、過去10年にわたり再稼働が遅々として進まなかった原子力発電を再興させることは想像しにくい。
原発再稼働の支障は何かというと、原子力規制委員会の新規制基準に係る安全審査が遅いことが主たる原因だ。また、法的な義務はないにもかかわらず、柏崎刈羽(新潟県)や東海第二(茨城県)のように地元同意が支障になっているものもある。
しかし、そもそも規制基準が見直され既存の原子炉に遡及(そきゅう)適用(バックフィット)することになったからといって、全ての原子炉を止める必要があるのかというと、その法的根拠は非常に疑わしい。諸外国でこのような運用をしているところはない。
原子炉等規制法では、バックフィットの際に原子炉の停止を義務付けていないものの、規制委に広範な裁量権が与えられているため、裁量によって原子炉を止めることもできると解される。
しかし、新規制基準に適合するまでの間、原子炉を停止するのか、あるいはどれくらいの経過措置を設けるかを決めるための明確な法的根拠はない。結局のところ、規制委の裁量権に基づく行政指導という以外に理由は見当たらないが、その規制委も、あらゆるバックフィットに対して即時適用を要求する正式な文書を示しているわけではない。
新規制基準適合前の原子力発電所の設置許可は、現状でも法律上有効であり、十分な経過措置を設けて運転継続しながら新規制基準を適用させることを認めるように規制委が方針変更すれば、再稼働は可能なのだ。
FIT賦課金の徴収停止
別の電気料金対策としては、国民民主党が「FIT賦課金(再生可能エネルギーの買い取りに要する費用を賄うために電力消費者から徴収する賦課金)の徴収停止で電気料金を年間平均約1万円引き下げ」を参議院選挙の追加公約にした。FIT賦課金は現在では電気料金の1割程度で、今後一段と値上がりする予定だが、これをやめれば電気料金は下がることになる。
ちなみに国民民主党の公約ではFIT賦課金の減収分は財政の予備費で肩代わりするという方法が提案されているが、これでは持続可能にはならない。
ただ単純にやめるのは再エネ事業者に対する財産権の侵害になってしまうのでできないが、新規案件の入札を停止すること、そして過去に高い価格で落札したものの着工されていない未着工FIT案件の買取価格の大幅な引き下げを行い、FITによる国民負担をこれ以上増やさない施策が必要だ。
電力自由化の陥穽
原子力発電所の再稼働は短期的には電力不足の緩和になるが、現行の電力自由化・発送電分離のままでは、平常時の火力の稼働率が一層下がり、経営が成り立たなくなって、ますます廃止されてしまう。
電力自由化以前は、国内の10の地域で垂直統合された電力会社が供給義務を負っており、安定供給と経済性を両立するために、発電・送電・小売を合わせて全体最適になるように経営してきた。原子力発電所の新設のような超長期の投資も、電力会社が垂直統合されていたからできたことだ。
しかし現在の体制では、発電と小売がバラバラに部分最適を求め、事実上、供給義務を誰も負わない体制になっているため、発電会社が稼働率の低い火力発電所を廃止することは、経済合理性からいえば「正しい」ことになってしまい、結果として電力需給逼迫が慢性的に生じてしまう。この問題点は10年前から有識者に指摘されていたことだが、そのとおりになってしまった。
とりあえずの弥縫(びほう)策としては、稼働率が落ちた火力発電所であっても、事業者が維持する動機が起きるように、その発電容量に対する支払いを増やすという方法が採られるだろう。
だが根本的な問題は、日本の電力供給全体に責任を持つ主体がいないということである。日本は電力自由化の名の下、大手の電気事業者を解体・弱体化する一方で、政府は諸制度によって安定供給を担保する方針だったが失敗し、電力不足に陥った。やはり長期的・戦略的視野に立って安定供給を実現するには、責任を持った強くて統合された電気事業者が必要なのではないか。
電力自由化をやめて元の垂直統合の体制に戻さない限り、いくら政府が介入して細かい市場のルールをいじったところで、安定供給や低廉な電気料金は実現しないであろう。
バナー写真:電力需給の逼迫が予想された日の夕刻、ライトアップの開始時間を遅らせた東京スカイツリー 2022年6月29日(時事)