ウクライナ侵攻の教訓: 「環太平洋版NATO」の必要性

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ウクライナ出身で日本で活動中の国際政治学者、グレンコ・アンドリー氏は、2014年のロシアのクリミア併合時から、プーチン露大統領の危険性について日本人に警鐘を鳴らし続けてきた。今、日本はウクライナの教訓から何を学ぶべきか。グレンコ氏は北大西洋条約機構(NATO)を例にとって、ウクライナの轍を踏まないための方策を提言する。

グレンコ・アンドリー GURENKO Andrii

国際政治学者。1987年、ウクライナ・キーフ生まれ。2010年から11年まで早稲田大学に語学留学。同年、日本語能力検定試験1級合格。12年、キーフ国立大学日本語専攻卒業。13年、京都大学へ留学。19年、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程指導認定退学。16年、アパ日本再興財団主催第9回「真の近現代史観」懸賞論文学生部門優秀賞。ウクライナ情勢、世界情勢などについて講演・執筆活動を行っている。著書に『プーチン幻想 「ロシアの正体」と日本の危機』 (PHP新書) 『ウクライナ人だから気づいた日本の危機 ロシアと共産主義者が企む侵略のシナリオ』(育鵬社)『日本を取り巻く無法国家のあしらい方――ウクライナ人が説く国際政治の仁義なき戦い』(育鵬社)『NATOの教訓 世界最強の軍事同盟と日本が手を結んだら』 (PHP新書) 。

国学研究者から国際政治学者へ

―グレンコさんは2010年から1年間、早稲田大学に語学留学され、一度帰国。その後、2013年からは京都大学へと留学先を移し、本居宣長の研究をされていますね。なぜ日本に関心を持たれたのですか。

子どもの頃から世界の歴史に関する本を読むのが好きで、日本はユニークな歴史の国という印象がありました。戦国時代という激しい戦乱の時代があったかと思えば、長い鎖国の時代があり、第2次世界大戦では多大な犠牲を払い敗北しましたが、その後、急速な発展を遂げました。この激しい振幅と起伏のある歴史に魅了されました。本居宣長を研究したのは、日本を知るにはその根底にある神道を理解する必要があると考えたからです。本居宣長の思想に脈打つ神道の精神を研究したことが今も日本人を理解するのに非常に役に立っています。神道の聖地である伊勢神宮や出雲大社が近いという地理的条件も京都大学を選んだ理由の一つです。

―しかし、神道や国学の研究者だったグレンコさんは、2016年にアパ日本再興財団主催の懸賞論文に「ウクライナ情勢から日本が学ぶべきこと―真の平和を築くために何が重要なのか―」という論文を投稿され、学生部門優秀賞を受賞。以来、国際政治学研究の道へ進み、今に至っています。このドラスチックな転身の背景には何があったのでしょうか。

2014年のロシアによるクリミア併合がきっかけでした。そこで、自分ができることは何だろうと考えたのです。1つはウクライナの立場を伝えること。ロシアのプロパガンダを否定し、ウクライナは純然たる被害者であることを示すべきと考えました。もう1つは、私たちの教訓から日本がどんな結論を導き出すべきか、考えてもらいたかったということです。私がウクライナに帰れば、欧州情勢に詳しい多くの国民の一人に過ぎません。しかし、日本にいれば、プーチン氏がいかに危険極まりない男であるか、日本人に伝えることができる。それが私の使命だと感じました。当時、日本人は安倍首相をはじめ、プーチン氏の正体をきちんと理解しておらず、危ういと思っていました。私が懸賞論文に応募したのは、日本がウクライナの轍を踏まないように助言したいという強い思いがあったからです。また、私が国際政治学者として日本で活動を続けているのは、日本の安全保障と外交関係に貢献したいという願いがあるからです。

―国際政治学者の道を歩まれてからは、2019年に刊行された『プーチン幻想』(PHP新書)をはじめ4冊の著書を次々に刊行されました。その中でも2021年5月に刊行された『NATOの教訓』(PHP新書)は2022年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻を予見していたかのような、大変興味深い示唆に富んだ内容の本です。

『NATOの教訓』のメインテーマは集団安全保障の重要性です。旧ソ連やロシアから侵略を受けた国々のいろいろな実例を挙げて、集団安全保障の効果を最大限に得るためにはどうすればよいのかについて掘り下げて考えてみました。この本を書こうと思ったのは、ロシアにクリミアが併合される前のウクライナと日本の国内状況は、とてもよく似ていると感じ、どうすれば日本はウクライナのようになるのを避けられるのか、NATOを題材にして論じることができると考えたからです。

NATOの重要性

―NATOをテーマに選ばれたのはどうしてでしょうか。

NATOの基本原則はたとえ1カ国でも加盟国に対する軍事攻撃があれば、全加盟国に対する攻撃とみなしてNATO全体で反撃することにあります。それが最大の抑止力になっている。だからロシアのような凶暴な領土拡張主義国であっても、NATO加盟国を攻撃することがないのです。例えば、ロシアと陸続きのバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)は、軍事力の差を考えればロシアが容易に占領できる。しかも各国にはロシア人がたくさん住んでいる。絶妙な侵略条件がそろっているのに侵略しようとしないのは、いずれもNATO加盟国だからです。NATOは73年間の歴史の中で、加盟国が軍事攻撃を受けたことは1度もありません。逆に、今回のウクライナ侵攻で、NATOに加盟していない国はロシアの侵略を受けることが明白になりました。これまで中立を守ってきたフィンランドとスウェーデンがNATO加盟申請を表明したのも、NATOのメンバーにならない限り、ロシアの脅威から身を守れないという危機感が高まったからです。

―NATOは多国間の集団防衛体制ですが、世界の安全保障体制には、国際連合(以下、国連)のように敵対する国々も一緒に加わった集団安全保障体制や、対話や信頼醸成を掲げるARF(ASEAN地域フォーラム)のような協調的安全保障もあります。そうした体制には限界があるとお考えですか。

実態として機能していないというのが正確かもしれません。国連は極論すれば、第2次世界大戦の戦勝国同士が戦争をしないようにと作った組織です。ところが世界平和の維持や紛争の平和的解決については全く機能していません。常任理事国が他の国に戦争を仕掛けたら、それを止める手段がないからです。国連をもっと実効性のある組織に作り替えるまでは、そうした組織には期待しない方がいいでしょう。

―NATOと同じくらい強固で長続きしている日米同盟はいかがでしょうか。

日米同盟は機能しています。軍事力で同盟国を守るという点で、NATOに少し近いところがあります。ただ日本には米国を守る義務がないという欠点がある。日米は互恵関係ではない。これは改正すべきです。いずれにせよ、軍事力を伴わない枠組みは、平和を維持するには弱い。国際法を無視するような国に対しては、やはり強力な軍事力を伴った枠組みが必要なのです。

ウクライナと日本に共通する「平和ボケ」

―グレンコさんは侵攻前のウクライナも今の日本も「平和ボケ」していると指摘してきました。ただ日本は先の大戦で多くの犠牲を払ったこともあり、いまだに軍事力や抑止力を高めることについて国内世論が二分しています。民主的なやり方で変える方法はありますか。

ウクライナの教訓を正しく知ることです。ウクライナはクリミアを占領された2014年までは、非武装中立に近い路線を取っていました。軍隊はありましたが、縮小に縮小を重ねて弱体化していました。旧ソ連から独立した後、自ら核兵器も放棄し、平和的な中立国になると歴代政権は繰り返し表明してきました。そうした平和外交を23年続けてきたにもかかわらず、ロシアに侵略されてしまいました。国際社会に『わが国は平和主義です』とアピールしても何の意味もありません。日本もどんなに「戦争反対」、「日本は平和を愛する国だ」と訴えても、日本を侵略しようとする国が現れたら侵略されてしまう。これは残念ながら冷厳な現実なのです。

破壊されたウクライナの工業施設(ウクライナ南東部マリウポリ)AFP=時事(2022年05月18日)
破壊されたウクライナの工業施設(ウクライナ南東部マリウポリ)AFP=時事(2022年05月18日)

―そうならないようにするにはどうすればいいのでしょうか。

政治家がもっとはっきり世論に訴えかける必要があります。日本の政治家は「安全保障環境は厳しくなっている」とは言うが、「でも安心してください」とか「大丈夫です」と言って、事を荒立てないようにしがちです。そうすると国民は「政治家が大丈夫と言っているのだから、今のままでもいいのではないか」となる。政治家はもっと積極的に「中国やロシアは日本を攻撃するかもしれない」とか、「しっかり脅威に備えなければならない」と言うべきです。評論家や学者ではなく、国民から選ばれた代表である国会議員が言えばメディアも動く。議論が広がれば国民の意識の向上にもつながるでしょう。

JAUKUS結成のススメ

―『NATOの教訓』の中で「日本にいま必要なのは防衛費の倍増と再軍備」と書かれています。具体的にはどういうことを指しているのでしょうか。

日本の最大の脅威は中国です。日本の防衛力の強化は過去に比べれば進んでいますが、中国の強化と比べると明らかに大きな遅れをとっています。防衛力は相手あってのもの。中国を撃退できるような能力を目指すべきです。経済大国として世界の安全保障の一翼を担うためには、最終的には核武装をすべきです。もちろん日本国内では核への反対論が根強いし、国際社会も核保有国が増えることを嫌うでしょう。しかし、少しずつ解きほぐしていけばいい。まずは非核三原則を改めることです。すぐに核武装するのが難しければ、米国と日本に適した核共有を導入するという方策もあります。

―著書の中で、国際秩序を安定化させるためには、環太平洋地域にNATOと同様の方式で新たな軍事同盟を作って、「NATOと合併して世界規模の巨大な軍事同盟を築く」ことを提唱しています。具体的には、どのような安全保障枠組みを目指すのが望ましいとお考えですか。

欧州はNATOのおかげで平和になっています。アジアが中国の侵攻を防ぐには、民主主義国家同士で「環太平洋版NATO」をつくることです。いきなり多国間同盟をつくるのは、利害関係が複雑過ぎて統率が取れない東南アジア諸国連合(ASEAN)で明白なように、多大な困難があります。私が提言したいのは、2021年9月に米英豪3カ国で結成した「AUKUS(オーカス)」に日本が加盟すること。もともとは豪州が原子力潜水艦を導入するにあたって、米英が技術支援をするための枠組みという触れ込みですが、事実上は中国、ロシアに対抗する軍事同盟です。ウクライナ侵攻をきっかけに、米国は日本を含め参加国の拡大を検討し始めています。

まず、日本単独でAUKUSに加わりJAUKUSを結成するか、もしくはニュージーランド、カナダと共にAUKUSに加わる。次いでインド、メキシコ、そして環太平洋パートナーシップ(TPP)のメンバーと加盟国を増やしていく。そうすれば太平洋地域にも高い抑止力を持つ集団防衛体制、TPTO(環太平洋条約機構、Trans-Pacific Treaty Organization)が出来上がります。

ちょっと遠い話かもしれませんが、AUKUSの拡大版であるTPTOとNATOが連携して世界規模の集団防衛体制が構築されれば、世界は凶暴な専制国家の侵略の脅威から解放されるでしょう。

バナー写真:スウェーデンとフィンランドのNATO加盟申請書を示すストルテンベルグNATO事務総長(ベルギー・ブリュッセル)AFP=時事

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