われら透明人間にあらず:高品質配達サービスを支えるトラックドライバーの悲鳴
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日本には「お客様は神様です」という言葉がある。1961(昭和36)年に演歌歌手の三波春夫が「神前で祈るときのように澄み切った心で、聴き手であるお客様に芸を披露する」心構えを表した言葉だ。芸人の謙虚な姿勢として共感を呼んだが、平成以降になって増長する客を意味する「クレイマー」が一般的になると、「客は神なのだから、何をしても許される」と拡大解釈されるようになっていく。
全てはお客様のために──。そんな顧客至上主義が広く深く根付いているこの国では、「顧客満足度」の達成にしのぎを削り、「カスタマーハラスメント」に耐え、心身ともに疲弊している労働者が少なくない。中でも最も苦しめられてきたのは、閉鎖的な労働環境に置かれた運送業界のトラックドライバーだ。
日本の貨物輸送の9割超を担う「トラック」。これはつまり、ほぼすべての産業にトラック輸送が関わっていること、そして今あなたの目に映るほとんどのものがトラックで運ばれてきたことを意味する。コロナ禍以降、トラックドライバーは医療従事者と並んで「エッセンシャルワーカー」と呼ばれるようになった。その存在にようやく日の目が当たるようになってきたのだが、それでもなお彼らに対するリスペクトは驚くほど低く、その実態はあまりにも世間に知られていない。
「送料無料」の罪深さ
トラックドライバーが顧客至上主義に翻弄(ほんろう)される例として分かりやすいのが、宅配の「時間帯指定」と「再配達」だろう。日本では、客の都合に合わせて荷物の配達時間帯を指定することができる。つまり、客が自分の荷物を受け取る時間帯を決めることができる。ただし、その約束を平気で破り、不在にする人が非常に多い。中には「キッチンで火を扱っていたから」「化粧をしてなかったから」との理由で居留守を使ったり、「子どもがようやく寝静まったところで玄関のベルを鳴らされた」と本社にクレームを入れたりする受取人もいる。
こうして届けられなかった荷物は必然的に「再配達」をすることになるのだが、その再配達を悪びれることなく何度もリクエストする人が少なくない。先日も大手ECサイトを利用した客が3度の再配達を繰り返しながら、「不在票に書かれていた配達員のメッセージが不快だ」とSNSでつぶやき、大炎上した事件があった。
「時間指定したなら、家におれや」と書き残した配達員の行動は決して褒められたものではない。しかし、路上駐車の監視員におびえながら1日200個もの荷物を時間通りに運んでも、指定された時間を幾度となくすっぽかされれば、たとえ相手が「神」であってもつい感情的になってしまう気持ちも分からないではない。再配達は、燃料の無駄にもつながる。個人事業主の配達員の場合、その燃料費も自分持ちになる。ガソリン価格が高騰する昨今、それは大きなダメージだ。
そんな宅配の世界で顧客至上主義をさらに助長するのが、「送料無料」だ。これは海外でも広く使われている言葉だが、顧客至上主義の日本においては違った意味合いを帯びてくる。「送料込み」や「送料弊社負担」など言い方は他にいくらでもあるが、「送料無料」がよく使われる。なぜならこの言葉を使うと客が喜ぶからだ。この「送料無料」が一人歩きすると、客は運賃やドライバーの存在を意識しなくなり、再配達をリクエストする際に罪悪感を抱かなくなってしまう。ドライバーからすれば、これだけ客のために走り回っても自分の仕事を「無価値」とされてしまうのである。送料無料―この言葉は、世間が思う以上に罪深い。
段ボールの擦れで数十万円の賠償金も
トラックが担っている輸送は、「宅配」だけではない。工場から物流センター、スーパーなど、「企業間輸送(B to B)」を担うトラックドライバーも数多く存在する。彼らは宅配の配達員とは違い、エンドユーザーと直接顔を合わせる機会がほとんどない。そのため、社会インフラを担っているにもかかわらず、シビアな労働環境が世間に知られることはまずない。たまにメディアで長距離トラックドライバーが取り上げられたかと思えば、「路上駐車」や「マナー違反」などネガティブな側面の指摘ばかりだ。
B to B輸送のトラックドライバーの場合、一番の客は「荷主」。工場や倉庫の前には、毎日のようにトラックが長蛇の列をつくる。その原因は「荷待ち」だ。トラックは指定時間に遅れる「延着」も、指定時間より早く入庫する「早着」も許されない。ジャストインタイム・システムという効率重視の生産方式により、必要な時に必要なものを必要な分だけ運び入れることが求められるからだ。
中には、時間通りに到着しているにもかかわらず、「前のトラックの作業が終わっていないから」「まだ荷物を受け入れる準備が整っていないから」と、長時間待たされるケースも。これまでの取材で聞いた最長時間は21時間半。しかしながら、ドライバーのための駐車場や待合室などを用意している荷主はほとんど存在しない。
長い荷待ち後、彼らを待ち受けるのは荷物の積み降ろしや付帯作業だ。時に手作業による数千個の積み下ろしを強いられたり、ラベル貼りや検品、棚への搬入までやらされたりすることもある。驚くことに、多くの現場においてこれらは全て「無料」だ。
この荷待ちや付帯作業は、トラックドライバーの長時間労働にも直結する。「嫌なら断ればいいのに」。そんな安直な声も聞かれるが、日本においてはどこにいっても客は「神」。要望を断れば「他の運送業者なら、やってくれるよ」という言葉を最後に、仕事がパタリと来なくなる。
顧客至上主義の中でも極め付きなのが、「段ボールの擦れによる弁償」だ。荷主の中には、商品が無傷でも、商品を入れた段ボールにわずかでも傷や擦れがあると、返品を要求してくる場合がある。返品だけならまだしも、ドライバーに弁償させることも少なくない。
その弁償金額が数十万円になることもあり、ドライバーにとっては死活問題だ。さらにひどいのは、弁償させておいて、商品そのものを渡さないケースだ。フリマアプリなどでその商品が安く売られたら、正規の値段で売れなくなるからというのが理由らしいが、理不尽極まりない。段ボールは梱包材だ。長距離を走る間に多少の擦れは避けられない。それを責められたら、ドライバーがあまりにも不憫(ふびん)だ。
昨今のコロナウイルスの感染防止対策によって、「置き配」や「宅配ボックス」を希望する声が増えている。配達効率は上がったものの、消費者とつながる機会が失われることで、ワンクリックの買い物から玄関前までに至る「人の存在」がより希薄になり、「物流の見えない化」が加速する懸念がある。
僕たちは透明人間なんでしょうか?
「送料無料」の裏では、肉体的にも、金銭的にも、そして精神的にも犠牲が強いられるドライバーのそんな悲鳴が聞こえてくる。お客様は神様です―もし客が本当に神であるならば、もう少し運び手の心をくみ取ってくれてもいいのではないのか。
バナー写真=路上駐車するトラックの列。夜間にトラック内で仮眠するドライバーも多い(画像提供=筆者)