韓国・尹錫悦新政権の外交:「地域大国」目指し国際的地位高める戦略を志向か
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「韓国は、われわれが思っているより国際的に成長した国だ。大きくなった規模にふさわしい考えと行動を実践に移す時だ。そうしてこそ国際社会で尊敬され、信頼を勝ち取ることができるのだ」―。
2022年5月10日、韓国の新大統領、尹錫悦の就任式が行われる。冒頭の一文ははそれに先立ち、韓国における日本研究の第一人者である朴喆熙(パク・チョルヒ)ソウル大学教授が記した一節である。彼は尹氏の有力な外交ブレーンの一人であり、新大統領が米国と日本に派遣した二つの代表団の双方に唯一参加した人物でもある。
対北外交だけに終始した文政権
尹錫悦政権は、韓国において5年ぶりの保守派政権になる。周知のように、前任者である進歩派の文在寅(ムン・ジェイン)は、北朝鮮との対話とそれによる朝鮮半島における平和の実現に圧倒的な比重を置く外交政策を進めて来た。その努力が2018年の劇的な南北首脳会談、そしてシンガポールでの初の米朝首脳会談実現へとつながったことは、われわれの記憶に依然として新しい。
北朝鮮との対話に積極的な姿勢を見せた文在寅政権は、他方、朝鮮半島外の問題には大きな関心を示さなかった。典型は中国をめぐる問題であった。同盟国である米国が中国への対決姿勢を強める中でも、旗色を鮮明にはしなかった。とはいえ、それが米国より中国を重視したことの表れであったかと言うと、そうとも言えない。北朝鮮との対話を重視する文在寅政権にとって、同盟国である米国の協力は不可欠であり、だからこそその意味においては、関係を重視していたからである。
他方、文在寅は北朝鮮との対話実現において、中国に頼ろうとはしなかった。なぜなら、彼らにとって中国は、北朝鮮での影響力を争うライバルでもあったからである。文在寅政権は中国との経済的協力についても積極的な姿勢を見せなかった。それは前任者の朴槿惠(パク・クネ)が、多くの財界人を引き連れて訪中し、華々しい経済外交を展開したのとは明らかに一線を画していた。
背景にあったのは、朴槿惠政権末期の2016年に本格化したTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)の韓国への配備をめぐる対立と、その報復としての中国による実質的な経済制裁発動に他ならなかった。結果、この時期、韓国人の中国への好感度は大きく後退し、企業は中国への依存を減らすべく、投資や市場を他国・他地域へと分散させた。結果、この5年間、韓国での中国経済への依存度は頭打ちとなり、政府の対中政策への自由度は増した。日本経済の中国への依存度は同時期に上がっているから、韓国との違いが分かる。
「韓国は大国」と認識する新政権
中国への警戒感を持ちながらも、米国が主導する対中包囲網への参加には消極的な姿勢に終始する。矛盾して見える文在寅政権の外交方針の基盤にあったのは、突き詰めて考えると、自らの国力に対する低評価だったと言えるのではないか。
中国は信頼できない相手であり、信用し、依存度を増すのは間違っている。とはいえ、それが大きな脅威である以上、いたずらに刺激するのも合理的ではない。だからこそ、韓国は中国を取り巻く状況から出来るだけ距離を置き、朝鮮半島をめぐる問題にのみ専念すればよい。米韓同盟は北朝鮮に対する「限定同盟」であるべきであり、その活動の範囲を広げても韓国の負担が大きくなるばかりで得られるものは少ない―。このようなロジックが想像できる。
このような自らの国力に対する低評価は、韓国のこれまでの政権においても見られた。そして、この点を理解して、初めて韓国の新たな方針が浮かび上がってくる。冒頭の朴喆熙氏の主張からも分かるように、尹錫悦政権は自らの国力に対する自信があり、その認識を前提に今後の外交を組み立てていく可能性が高い。
つまり、こういうことだ。狭い朝鮮半島に閉じこもり、自らの身を守るだけでは、韓国が国際社会における活躍の機会を失う事ことにもつながる。しかし、今や韓国は、国際社会でさまざまな役割を担う力を持った「大国」である。だからこそ、より広い世界に目を向け、その活躍の舞台は朝鮮半島周辺の範囲を大きく超えていくべきだ―。
こう考えると、新政権が志向する外交政策の変化は、単なる進歩派から保守派への政権交代によるレベルを超える大きな歴史的意味を持っている。それは、かつては植民地支配に苦しみ、独立後も冷戦下における民族の分断や戦争、更には深刻な経済難の中、ユーラシア大陸の東北端に位置する朝鮮半島で生き残りを図ってきた韓国という国が、いよいよ国際政治、パワーゲームの舞台に積極的に関与しようとしていることを意味するからだ。
現在の韓国は、経済規模では世界第10位。韓国を上回るGDPを有するのはG7の7カ国、そして人口大国である中国とインドだけだ。軍事費の規模も世界10位(2020年)で、イタリア、カナダをも上回っている。軍事費はコロナ禍でも拡大を続けており、2021年には日本を追い抜き、ドイツやフランスの規模に迫っている。かつてのような極東の貧しく不安定な「小国」ではないことは、もはや明らかだ。
アジアの外交枠組みに積極参加の意向
それでは韓国は、ここからどこに行くのだろうか。考えられるシナリオは三つある。一つ目のシナリオは、新たな役割の拡大を限定的なものに留めていく事だ。
同盟国である米国との関係が、韓国の安全保障において最重要であるのは明らかであり、政権を支える国内の保守派世論も良好な関係を求めている。しかしそれは同時に、米国との関係さえ良好であれば、米国が朝鮮半島の外でどの様な外交姿勢を取ろうとも、韓国が大きな影響は受けない事を意味している。
この様な状況下、韓国がやみくもに国際社会での新たな役割を求めても、負担が増えるのみならず、米国やその同盟国・友好国との関係にむしろ新たな亀裂をもたらす可能性もある。加えて、現在の米国はウクライナ問題で手一杯であり、中国への積極的な対抗措置を取る余裕があるようには思えない。つまり、韓国にとって現段階で重要なのは、米国が打ち出す「対中国包囲網」に対しては、いつでもこれに協力するという「ジェスチャー」を示す事であり、受け身の姿勢に終始すればいい、という考え方だ。
これに対し、自らの戦略的立ち位置をより積極的に変えていくという二つ目のシナリオもある。韓国にとって中国の脅威は現実であり、「米国がウクライナなどで手一杯な状況である今こそ、自らこれを補完する役割を積極的に果たしていくべきであり、そうしてこそ米国のみならず周辺国からも大きな信頼が得られるはずだ」という考えの下、行動に移す考え方だ。
この場合、視野に入ってくるのが、クアッドやCPTPPなどの「対中国包囲網」に関わる枠組みへの積極参加であり、新政権とその関係者は既にその意向を明確に示す事となっている。それはすなわち、韓国が自らのこの地域での国際的地位を、日本やインド、オーストラリアと同じ立場にまで高める事を意味している。
この場合、経済的のみならず軍事的にも韓国の活躍の範囲は飛躍的に増大し、場合によっては、朝鮮半島近海を離れ、東シナ海や南シナ海、更にはインド・太平洋地域における積極的な軍事力の展開も試みられる事になるかもしれない。言わば「地域大国(Regional Power)」への道である。現在の尹錫悦と周辺の人々の言動から判断すると、新政権がこの二つ目のシナリオを選択する可能性は大きい。
グローバル・パワー目指すシナリオも
第三のシナリオとして、新政権がその外交活動の範囲をさらに広げ、インド・太平洋地域を超えて、全世界的規模まで広げて行く事も考えられる。言わば「世界規模の大国(Global Power)」への道である。試金石となるのは言うまでもなくウクライナ紛争になるだろう。
文在寅政権は現在、「西側諸国」の一員としてロシアへの制裁やウクライナからの難民受け入れなどで他国と歩調を合わせはしているものの、そこからさらに進んだ関与の姿勢は見せていない。背景には、朝鮮半島から遠く離れた欧州における事件への、韓国世論の関心が相対的に低いことがある。
とはいえ、韓国が真に国際的に信頼され、世界的に影響力がある国に成長するには、これらの問題に対する能動的な関与も必要となり、そうでなければ韓国がG7の国々にまで肩を並べる道は見えてこない。例えば、日本には不可能であり、各国もちゅうちょする軍事的支援にまで乗り出す事になれば、状況は大きく変わる可能性が高い。
朝鮮戦争が依然として国際法的に休戦状態にある韓国においては、軍事的活動への世論の警戒感が比較的小さい。「世論など政治的リーダーシップによりどの様にでも変えていける」。新政権関係者の一部からは、そんな威勢の良い声も聞こえてくる。
この三つのシナリオは、即ち、韓国がどこまでの国際的な負担を引き受け、それにより国際的な威信を得るかの違いを意味している。さて、尹錫悦政権と韓国の人々は、その準備と覚悟はできているのだろうか。キックオフはまもなく、新しい政権とそのブレーン達のお手並みを拝見しようではないか。
バナー写真:韓国次期大統領として、ソウルで記者会見する尹錫悦(ユン・ソンニョル氏=2022年3月20日(AFP=時事)