有料ネット配信で「遠い存在」になったサッカー日本代表
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DAZNが独占したアジアでの放送権
今年のW杯は11~12月にカタールで開催される。その出場国を決めるアジア最終予選全試合の放送権を一手に握ったのはDAZNだった。2016年からサービスを開始した国際的なスポーツ専門のインターネット有料配信メディアだ。
今回の予選は、ホームでの日本戦のみ、テレビ朝日が地上波テレビの放送権を獲得した。しかし、3月24日に行われたアウェーのオーストラリア戦で日本の本大会出場が決まり、その大一番をファンがテレビで観戦することはできなかった。テレ朝が中継した同29日のベトナム戦(埼玉スタジアム)は予選の最終戦だったが、盛り上がりに欠ける試合となり、結果もドロー。テレビ関係者は、じくじたる思いだったに違いない。
一方、ラジオのニッポン放送がオーストラリア戦を唯一放送したのは驚きだった。「なんとしても無料で伝えなければ」という意地だったのかもしれない。だが、それさえも電波の届く地域でしか聴くことができず、スマートフォンの「radiko(ラジコ)」でもエリア内での聴取に限定されてしまった。
DAZNはJリーグと2028年まで12年間で総額2239億円の巨額放送権契約を結び、他にもプロ野球(広島の主催試合を除く)、自動車のF1、テニス、バスケットボール、格闘技など各種スポーツを幅広く放送している。
アジア・サッカー連盟とも2028年までの長期契約を交わし、W杯予選だけでなく、アジアカップ、アジアチャンピオンズリーグなど計14大会の権利を握っている。アジア各国でのビジネスを視野に入れれば、サッカーは最大のコンテンツなのだ。
日本での一般会員向け月額料金は3000円(税込)。2月下旬までは1925円だったが、1000円以上も値上げとなった。多種多様なスポーツの放送権を買うためには、巨額の資金が必要となる。そのしわ寄せが一般視聴者にも回って来たということだろう。
W杯本大会は「ABEMA」で無料放送
しかし、W杯カタール大会の本番は、DAZNの有料放送とはならなかった。日本での全64試合の放送権を獲得したのは、サイバーエージェントとテレビ朝日などが出資するインターネットテレビ会社「AbemaTV」である。同社が運営する「ABEMA」で無料放送されることが決まった。
ちなみに、NHKが開幕戦、決勝戦を含む21試合を地上波、BSなどで放送。フジテレビとテレビ朝日も各10試合を地上波で放送するが、全試合の放送権を地上波のテレビ局が獲得することはできなかった。
W杯の放送権料は高騰を続けてきた。日本が初めて出場した1998年フランス大会の時は、NHKが約6億円を国際サッカー連盟に支払っただけに過ぎない。カタール大会の日本全体の放送権料は明らかになっていないが、「180億円近く」(2月4日付、スポーツニッポン)という報道もあり、ケタ違いに膨らんでいる。
五輪とW杯の日本国内の放送権は、これまでNHKと民放合同の「ジャパン・コンソーシアム」で交渉が進められてきた。しかし、今回は日本テレビ、TBSテレビ、テレビ東京がその枠組みから外れた。放送権料の高騰が続き、費用対効果の面で、W杯は採算のとれにくい巨大コンテンツとなってきたのではないか。
AbemaTVの藤田晋社長は「アベマとしては過去最大の投資となります」とツイッターに投稿した。今のところ、権利の取得額は明らかにされていないが、無料放送で利益を得るのは簡単ではない。しかし、「ABEMA」を世間に広く周知させる上での思い切った先行投資なのだろう。
無料視聴の法整備求める日本サッカー協会
W杯出場が決まった後、日本サッカー協会の田嶋幸三会長は、W杯やその予選における日本代表の試合について、無料で視聴できるよう法整備を求める考えを示し、「国にも動いていただかないと」と述べた。
メディアの形態が大きく変わり始めている。1990年代以降、地上波のテレビにBSやCS放送が加わり、ケーブルテレビの普及もあって多チャンネル時代になった。さらにスマートフォンやタブレット端末の発展と通信環境の整備によって、今はインターネットによる配信が進んでいる。
このまま市場原理に任せていれば、スポーツ中継は有料ネット配信が主流になっていくことが予想される。
たとえば、4月9日にさいたまスーパーアリーナで行われるボクシング世界ミドル級王座統一戦、村田諒太対ゲンナジー・ゴロフキンの試合が、会員制サービス「Amazonプライムビデオ」で独占生中継される。地上波でのテレビ放送はなく、日本でAmazonがスポーツ中継をするのは初めてだ。DAZNだけでなく、ネットメディアが次々とこの分野に参入してきている。
時代の流れといえばそこまでだが、スポーツ界はメディアの変容に無頓着ではいられないだろう。放送権料が競技団体の財政を支えるだけでなく、人気の浮沈を握る重要な存在でもあるからだ。
サッカーの話に戻れば、今回の日本代表の活躍を子どもたちは知っているだろうか。小学生もスマホを持つ時代だが、ネットの有料会員となることは考えにくい。テレビをつけても、サッカーの試合が中継されていなければ、サッカーに触れる機会は減り、最終的には競技人口の減少につながる恐れがある。
サッカーの日本代表はW杯初出場のフランス大会では、全員がJリーグに所属する選手だった。しかし、今回のオーストラリア戦のメンバーは26人中18人が欧州のクラブに在籍する選手たちだ。
ふだんはJリーグでスター選手を見る機会は少なく、日本代表の試合もテレビで観戦できない。そうなれば、ますますサッカーは身近な存在ではなくなる。熱狂的なファンなら有料のネット契約もいとわないだろうが、一般的な「にわかファン」や子どもたちとの接点は少なくなっていくに違いない。
「ユニバーサルアクセス権」に根付く公共財の意識
田嶋会長が求める「法整備」とは、欧州のような制度をイメージしているようだ。欧州では、スポーツを公共財と位置付け、国民が注目する大会や試合を指定して無料放送を義務づける。誰もが普遍的にそうしたイベントに接する権利を持つという考えから、「ユニバーサルアクセス権」と呼ばれる。
英国では1996年に放送法が改正され、特定行事を指定して無料放送を義務づけることが定められた。イベントはカテゴリーAとBに分けられる。Aは無料での生放送を義務づけ、同時に有料放送も可能。Bはハイライトやディレイなど無料での二次的放送がなされていれば、有料放送も認められる。
カテゴリーAには、サッカーのW杯と女子W杯(全試合)、欧州選手権(同)、FAカップ決勝の他、五輪、パラリンピック、テニス・ウィンブルドン選手権決勝、ラグビーW杯決勝などが列挙されている。
カテゴリーBでは、サッカーW杯予選、欧州選手権予選、世界陸上選手権、ゴルフの全英オープン、テニス・ウィンブルドン選手権(決勝以外)、ラグビーW杯(決勝以外)などが指定されている。
「世界のメディア王」と呼ばれたルパート・マードック氏率いる企業が90年代から英国で有料での衛星放送を拡充。各種スポーツの放送権を次々と獲得した経緯がある。ドイツやイタリア、スペインなどでも有料テレビの放送が増え、サッカービジネスは巨大化した。その反面、一般大衆がサッカーに接する機会は減り、サッカーが「遠い存在」になってしまうという懸念も広がった。
五輪も放送権料の高騰を続ける巨大イベントだが、国際オリンピック委員会は無料での放送を各国に求めている。有料放送だけになってしまえば、貧しい国の人々は五輪に接する機会を失う。そうなれば、スポーツを通じて世界に平和運動を広める、という理念が実現できないからだ。
日本では、スポーツを公共財と考える意識が薄く、ユニバーサルアクセス権も浸透していない。しかし、今回の問題はスポーツが本当に必要な存在なのか、という根源的な問いを投げ掛けている。人々を豊かにしてくれる文化であるのなら、社会の「財産」を守るために、もっと議論を深めなければならない。
バナー写真:オーストラリアに勝ち、7大会連続のW杯本大会出場を決めたサッカー日本代表。しかし、この試合をテレビで観戦することはできなかった(2022年3月24日、シドニー) AFP=時事
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