英空母打撃群のインド太平洋展開:その成果と今後
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英国海軍の最新鋭空母「クイーン・エリザベス」率いる空母打撃群は、インド太平洋展開(CSG21)の一環で、2021年9月に日本に寄港した他、その前後に日本近海、南シナ海、西太平洋で日本やその他関係国の参加する各種の共同訓練を行った。空母打撃群の規模や展開の期間、そして共同訓練を含む任務の中身のいずれの観点でも、前例のない大がかりなものになった。
そこで本稿では、日本寄港を含むCSG21の西太平洋展開が何をもたらしたのか、そしていかなる課題が残されたのかを検討した上で、英国のインド太平洋関与の行方を考えたい。
「グローバル・ブリテン」の柱としての空母展開
英国にとってのCSG21は、2021年3月に発表された外交安全保障の指針である「統合レビュー」に基づき、「インド太平洋傾斜(tilt to the Indo-Pacific)」を体現するものだった。Brexit(EU離脱)後の国家ビジョンとしての「グローバル・ブリテン」の柱でもあり、欧州域外に開かれた国家としての英国の姿を世界に発信する一環だった。
インド太平洋への関与はBrexit以前からのアジェンダだが、EU離脱によって喫緊性が高まったことは否定できない。EU以外の諸国との関係強化がより求められるようになったからである。そしてインド太平洋地域は、経済面で成長著しいとともに、英国を含めた世界の安全保障に影響を及ぼす地域である。特に重視されたのが日本、インド、オーストラリア(豪州)という価値を共有する同志諸国との関係である。
空母のような軍事アセットを国家の影響力という外交ツールとして活用するのも、英国の伝統である。防衛外交・防衛関与と呼ばれる。今回は新型コロナ感染症の影響で、空母の一般公開や大規模な艦上パーティーなどは実現しなかったものの、それでも空母の雄姿によって、地域における英国のプレゼンスを可視化させることには一定の効果があったといえるだろう。
示された「英米合同」
今回の空母打撃群を軍事面からみた場合に、最も重要だったのは、それが「英米合同」だったことである。日本でも他国でも、「英空母がやって来る」として盛んに報じられたが、同空母に搭載されたF-35Bステルス戦闘機18機のうち、半数以上の10機は米海兵隊の機体だった。また、米海軍からは駆逐艦「ザ・サリヴァンズ」が参加した。
これは米軍にとっても前例のない大規模なコミットメントであり、英主導のCSG21への参加が米国にとっても極めて真剣度の高いものだったことを示している。そこでの最大の軍事的目的は、英米間でのF-35Bや空母を含むハイエンドの共同作戦能力を西太平洋において確認することだった。英米両国はこれまで北大西洋で共同訓練を繰り返し、英国は米国から多くを学んできたが、西太平洋での訓練は初めてだった。
CSG21が単なる外交ツールでないことは、インド太平洋への往路、同空母打撃群が地中海に展開中に「イスラム国」に対する空爆作戦に参加したことからもうかがわれた。これは、空母「クイーン・エリザベス」にとって初めての戦闘任務になった。
米英の、特に海軍の間では「相互代替性(interchangeability)」が追求されている。これは、従来いわれてきた「相互運用性(interoperability)」のさらに先を行くものである。異なる部隊が共に行動するという考え方を乗り越え、共に補い合うことで、相手の部隊の完全な一部として任務に従事するというイメージである。CSG21はまさにその実践の場だった。
中国にはハイエンドの共同作戦能力を誇示
こうして軍事的にもハイエンドな要素を含むことから、それが中国に対するメッセージであったことは自明だった。実際、中国は空母打撃群の展開を、計画が明らかになった当初から強く批判してきた。それだけ中国は警戒していた、ないし少なくとも嫌がっていたのだろう。
そのため、南シナ海などにおいて、空母打撃群が中国軍から挑発や妨害行為を受けるのではないかとの懸念が、英国内でも高まることになった。ただし、CSG21に対する中国の実際の行動は、懸念されたほどではなかったとみられる。中国海軍の潜水艦がCSG21を構成する英潜水艦を追尾したことは報じられたが、エスカレーションが懸念されるほどの状況ではなかったようである。英国側も、中国を過度に刺激しないように慎重な行動をとったようにみえる。
CSG21に参加する英駆逐艦「ディフェンダー」が今年6月末に黒海に入った際に、クリミア沖の領海内を航行したことにロシアが強く反発し、威嚇射撃を受けた事案が影響したのかもしれない。ただし、中国に対して弱腰とのイメージを避けるためか、日本寄港後の復路では、英フリゲート「リッチモンド」が台湾海峡を航行した。
マスコミ等では、南シナ海で中国が主権を主張する人工島の12海里以内を航行するか否かに注目が集まったものの、今回英米両国が傾注したのは、むしろ空母やF-35を含む英米の共同作戦能力だったのだろう。実際、英空母に加え、米空母が2隻参加する異例の規模の共同訓練も実施されており、対中メッセージとしては、「航行の自由作戦」よりは、ハイエンドの作戦能力の誇示に力点があったと考えられる。
日本はマインドセットを変えられるか
日本は海上自衛隊を中心に、CSG21と各種の共同訓練を実施した。日本としては、インド太平洋への英国のコミットメントと日英協力の強化を示すことが、地域の平和と安全に資するという判断があった。同時に、「いずも」型護衛艦の改修によりF-35Bの運用を控える自衛隊として、同型機を運用する英空母への関心は高かったはずである。
それでも、空母来訪という絶好の機会を日本の防衛と地域の抑止態勢強化のためにいかに「活用」するかについての戦略が、日本側に十分存在していたとはいい難い。全体として、日本側が自らの関心や必要性に応じて共同訓練の内容を積極的に提案したというよりは、米国を含むCSG21の側主導で進められた印象が拭えない。
日英の潜水艦による共同訓練が初めて実施されたことは注目に値するし、対潜水艦や防空作戦などにおいても、一定以上のレベルの訓練が行われたとみられる。他方、航空自衛隊のF-35Aが参加する訓練について、英国側はより中身の充実したものを期待していたのではないか。それは日本にとっても大きな利益になったはずである。
今後、日本として英国との関係を戦略的に活用するためには、日米同盟と英国をいかにリンクさせられるかが重要な課題になる。英国を日米同盟に「プラグ・イン」させるといってもよい。それを実現するためには、日米同盟は真剣な国防のためだが、それ以外はお付き合いの防衛交流・協力だというマインドセットを日本がいかに変えられるかも問われる。
英国に限定されず、豪州やフランスなどを含め、米国の他の同盟国との関係においては、安全保障条約や防衛義務といった問題とは関係なく、共同での対処能力を示すことが、地域の抑止と安定につながっていくのであろう。それは中国のパワーが増大するなかにあって米国のプレゼンスとバランス・オブ・パワーを維持するための、同志国間による共同の努力でもある。
AUKUSでさらに深まる英国のインド太平洋関与
CSG21に対して日本では、英国によるインド太平洋関与の拡大を歓迎しつつも、英国軍の規模を考えた場合に、それがどの程度持続的なものになり得るかについて、懐疑的な見方があったことは否定できない。そのため、空母来訪に先立つ2021年7月に日本を訪れたウェレス英国防相との会談では、日本側がこの点を念押しし、会談後の日本側発表では、「英国の関与が強固かつ不可逆的」であることについて認識が一致したと明記された。
それを実態面で裏書きしたのは、英海軍の哨戒艦2隻のインド太平洋への、常駐に近いかたちでの長期展開だった。この方針自体は、21年3月にすでに示されていたが、ウェレス氏の訪日を機に、艦名が発表された。空母の展開1回限りではないことを示す格好になったのである。
これにさらに加わったのが、空母が横須賀を出港した直後の9月15日に発表された、米英豪3カ国による新たな安全保障パートナーシップ「AUKUS」の創設だった。防衛・安全保障関連の技術に関する幅広い協力枠組みとされるが、目玉は、米英両国による豪州の原子力潜水艦建造への支援である。AUKUS自体の分析は本稿の範囲を超えるが、英国はこれに加わることを通じて、今後数十年にわたって、豪州、さらにはインド太平洋の安全保障に関与することになる点が見逃せない。
原潜建造に関与するほか、豪州による潜水艦の運用にも深く関わるであろうし、英国の攻撃型原潜が豪州の基地を使用し、インド太平洋でより長期的に展開することになるとの報道もある。米英豪による一体的な運用が想定されるのだろう。
AUKUS創設にあたって、豪州とフランスとの間の潜水艦契約が破棄されたことから、フランスとの関係は大きく損なわれることになった。しかし、今後を見据えた場合には、インド洋や南太平洋に自国領土を有する「インド太平洋国家」のフランスを含め、豪州や英国などが日米同盟を通じて日本とさらに協力できる態勢をつくっていくことが求められる。AUKUSもその中に位置付けられることになる。
これらはいずれ、インド太平洋における米国の同盟ネットワークの変容につながる可能性もある。日本はいかなる姿を目指すのか。構想力が問われる。
バナー写真:共同訓練した海上自衛隊護衛艦に対し登舷礼を行う英空母「クイーン・エリザベス」の乗組員ら=2021年8月24日、沖縄南方沖(時事)