中国共産党100年と習近平政権の課題

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7月1日に行われた、中国共産党百周年に際しての習近平演説。その内容を見ると、中国共産党の国家観や歴史観、国内社会の現状認識や課題、将来目標など、さまざまなメッセージが浮かび上がる。川島真・東京大学教授が読み解く。

大半を「歴史」に割いた習近平演説

2021年7月1日、中国共産党は百周年を迎え、習近平総書記が演説を行った。世界のメディアは、習近平が何かしら新しい「言葉」を述べるのではないか、とりわけ22年秋の人事に関わることを口にするのではないかとの関心が集まった。

22年秋には第20回党大会があり、そこで習近平が任期を延長することはほぼ確実視されているものの、党主席に就任するのか否かという点については未だ確実ではない。そのため、習近平演説に関心が集まった。

結論を先取りすれば、こうした問題関心に基づいて習近平演説を見た場合、特に目新しい言葉のない、比較的先人たちに配慮し、習近平が自らの事績を通常以上に誇るような部分も多く見られるわけではない、演説だったということになろう。

虚心坦懐にこの演説を読めば、この演説の大半が歴史に紙幅を割いていることに気付かされる。それは、共産党が昨今創出している「四史((党史、新中国史、改革開放史、社会主義発展史)」に基づく叙述で、時間軸から見て中国共産党が中国を領導する正当性があることを強調している。

また、この歴史叙述は、個々の時代の政策を示した上で、共産党と国家、人民、諸民族が一体化しなければならないことを強調して、それらが一体化した上で共産党の領導の下に社会主義現代化強国を建設し、中華民族の偉大なる復興を遂げると言う「夢」を実現していくという基本政策を、改めて掲げたものだと見ることができるだろう。

政権の目標は不変

2021年は中国共産党100周年だが、これは中国共産党の掲げる二つの100年の一つ目だ。習近平は、17年秋の中国共産党第19回党大会で、20年に小康社会を全面的に建設し、その15年後の2035年には社会主義現代化を基本的に実現し、そしてさらに15年間奮闘して50年に社会主義現代化強国となる、と述べた。2020年が21年の共産党の100周年、2050年が49年の中華人民共和国の100周年に重なる。

だからこそ、21年7月1日の共産党100周年の、少なくとも名義上の目的は、「小康社会の全面的な建設」に置かれるはずであるし、演説の内容も実際にそうであった。では、「小康社会の全面的な建設」とは何か。小康は「まあまあの暮らし」などと訳される。鄧小平は一人当たりGDP4000ドルを2020年に達成するとの目標を示したことがある。だからこそ、小康はおよそ一人当たりGDPが4000ドル程度を指すのだろう。だが、それは国民レベルでは早々に達成されてしまう。そこで、02年の第16回党大会で「小康の全面的な建設」が提起される。

ここでの「全面」は、経済の発展、民主の健全化、科学教育の進歩、文化の繁栄、社会の調和、人民生活の向上などがそこに加わることを意味した。習近平政権下では、「小康の全面的な建設」に関連して脱貧困の論理が強調されることになった。

15年秋には中国共産党中央政治局が「脱貧困のための厳しい戦いに打ち勝つことに関する決定」をし、次いで同じ名称の決定が中共中央、国務院名義で出されて中央の正式な政策となった。その政策の遂行過程で「貧困県」が改めて政策対象となり、20年秋には832の国家級の貧困県が全て貧困を脱したと報告された。

習近平演説の重点は、まさにこの「全面的な」貧困からの脱却、「小康の全面的な建設」ということ、またこれを基礎に2035年、50年に向かうという点にあった。これはコロナ禍や米中対立があろうと、従来からの習近平政権の政策は変わらない、ということでもある。

普遍的価値の陥穽−脱貧困と国家の安全

習近平の演説の大半は歴史に割かれたが、その最後には「18大以来」、すなわち習近平が総書記になってからの事績も含まれる。その内容はおよそ習近平が進めてきた重要政策の「復習」であったが、この演説の主眼である「小康の全面的な建設」、あるいは脱貧困との関係で重要となるのが、習近平政権が進めてきた統治の強化だ。

習近平政権は、少数民族の自治区や香港、澳門特別行政区という、省市とは異なる統治体制にあった地域に対しても、省市と同じ一元的統治、あるいはより強化した統治を実施しようとしている。また、空間的な統合の強化だけでなく、少数民族自治区、特別行政区を含む地域での社会への浸透も強化されている。

では脱貧困の何が問題なのか。これはすでに法政大学の熊倉潤によって指摘されているが、この貧困撲滅という、普遍的価値に合致するような論理が、中国では独自の意味を有している点に留意が必要だ。新疆ウイグル自治区の綿花農場への動員の強制性については様々な立場があろう。だが新疆ウイグルでのこうした産業への「動員」や出稼ぎの「斡旋」が、脱貧困の論理でなされているということは公開情報からも明らかなことだ。

また、習近平の演説では「総体的国家安全観を貫徹し、発展と安全を統合的調整」することも主張された。そこでは安全な環境でも危険性、危機を想定することが奨励されている。「安全」は主権保持や発展の前提とされ、またそれが「テロ対策」「国家分裂主義撲滅」という大義名分を生み出す。この論理が新疆ウイグル自治区に適用されている。

そして、「国家の安全」の論理が発展をも上回るのは香港も同様だ。香港に欧米が主導するカラー革命が及びつつあり、中国本土も危険だとする認識が、香港への国家安全法の適用を促した。習近平演説でも、「中央は香港、澳門特別行政区に対する全面的な管治権を実質化し、また特別行政区の国家安全を維護する法律制度や執行メカニズムを実質化」するとしている。この全面的管治権には国家安全法の適用も含まれている。

「小康の全面的な建設」を脱貧困という言葉に置き換え、それを外国語に翻訳してそのままの意味で捉えようとすると、中国語のそれに内包されている原義が脱落する危険がある。中国の言説空間を踏まえた理解が必要だろう。

共産党の歴史的役割−「四史」の歴史観

習近平は中国共産党総書記就任以前から歴史に対して並々ならぬ関心を示してきた。だが習近平の関心が主に党史に向かっていたことには留意を要する。習近平は、総書記就任前から党史を奨励し、就任以後には「四史(党史、新中国史、改革開放史、社会主義発展史)」を歴史叙述、それも近現代史の主旋律に据える政策を展開している。

胡錦濤政権の下では社会の多元化が一定程度進行し、共産党もそれに一定程度柔軟に対応した。だがその分、総書記の指導力の低下、党の領導の劣化が指摘された。歴史についても、「蔣介石日記」などを用いた中国としての国家の歴史が記され、歴史のナラティブもまた一定程度多元化した。習近平は、政治の面でも党の領導を徹底的に強化したが、歴史の面でも党の歴史を歴史の主旋律に置こうとしたのである。その象徴としての「四史」のナラティブが演説の歴史の部分に反映されていた。

その歴史叙述の概要は以下のようなものである。アヘン戦争以来の半植民地半封建社会からの脱却のための辛亥革命などが失敗し、「国家の滅亡を救う運動をけん引する新しい思想や、革命の力量を凝集していく新たな組織がとりわけ必要とされた」時に、マルクス・レーニン主義が中国に到来して中国共産党が誕生した。その中国共産党の誕生は、「天地開闢(かいびゃく)とも言える事態」であり、以後の中華民族の発展の方向性や、中国人民と中華民族の前途や命運、そして世界の発展の趨勢や構造をも大きく変えたという。その後、中国共産党が人民を率いて、社会主義制度を確立していく過程で、帝国主義、封建主義、官僚資本主義を打破したとされる。そして社会主義制度の確立こそが、「中華民族の偉大なる復興」の前提条件だとされる。

興味深いのは改革開放の位置付けである。改革開放については、「党が社会主義の初級段階にあるという基本路線を確立し、改革開放を強い意志の下に推進し」たなどとされ、「活力に満ちた社会主義市場経済体制」が築かれることによって、中国が世界第二位の経済力を持つに至り、「総体的な小康」へと押し上げたとする。これは「全面的な小康」の前段階である。

「四史」に基づく歴史部分が導こうとする結論は、「この百年来、われわれが得てきた一切の成就は、中国共産党の人々、中国人民、中華民族が団結して奮闘した結果」だという部分に集約されている。このことは、「中国共産党がなければ新中国はなく、中華民族の偉大なる復興もない」という、中国共産党の正当性についての主張にも結びついている。

共産党の位置付け−党と人民の一体化

習近平演説を読めば、中国共産党が目下何を問題視しているのかということが一定程度理解できる。習近平は、中国共産党の位置付けについて極めて興味深い指摘をしている。それは、「中国共産党は、最も広大な人民の根本利益を始終代表し、人民と喜怒哀楽を共にし、また生死を共にする存在だ。中国共産党には全く自らの特殊な利益はなく、あらゆる利益団体や権力団体、また特権階級の利益を代表するものではない」という部分だ。

中国共産党がいわば「人民政党」としてあらゆる人民を代表しているとして、そこにずれはない、と主張している。だからこそ「中国共産党の領導は、中国の特色ある社会主義の最も本質的な特質であり、(略)党と国家の根本、命運が存在するところであり、全国諸民族の人民の利益、運命が深く関わるところなのだ」というように、中国共産党は人民の利益の代弁者だとしているのであろう。

これは中国共産党が人民の利益が何かを常に確認し、あるいは利益が何であるかの言説を不断に創出しつつ、党と人民の利益、将来像、いわば「夢」などを一致させていかねばならないことを意味する。任期問題を横においても、習近平政権は中国のさらなる統合や、党と人民の一致など、より困難な課題を自らに与えているようにも見える。従来の指導者にできなかった成果を得ようとすることは理解できるが、その極めて困難な課題設定が自縄自縛を生む可能性についても考慮が必要だろう。

バナー写真:中国・北京の天安門広場で開かれた中国共産党創立100年を記念する式典で演説し、拳を突き上げる習近平党総書記(国家主席)=2021年7月1日、中国政府のニュースサイト「中国網」の中継動画より (時事)

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