日米首脳共同声明の“台湾問題言及”に込められた真の意味
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2021年4月16日の日米首脳共同声明で、日米両国は「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに両岸問題の平和的解決を促す」と台湾問題に言及した。
その背景にはバイデン政権のしたたかな対中戦略が透けてみえる。
この問題は二つの視点から考えることができる。第一は、1969年11月の佐藤・ニクソンの日米首脳共同宣言と2021年の菅・バイデンの日米首脳共同宣言の台湾問題の違いである。前者では、「台湾地域における平和と安全の維持」とし、後者では、「台湾海峡の平和と安定の重要性」としている。ここでの相違は、前者が「台湾地域」としているのに対し、後者では「台湾海峡」としている点にある。
外務省の見解では、「中華民国の支配下にある地域」は「台湾地域」と読み替えている。すなわち、日中国交正常化の時に条件として示された復交三原則のちの「一国一制度」を尊重し、台湾(中華民国)は中国(中華人民共和国)の一部であるとし中国を刺激しない表現をとったのであろう。
一方、「台湾海峡」という海洋上の固有名詞で「台湾地域」という地域名では呼ばなかった。「台湾海峡」はそのもっとも狭い部分で幅130キロあり、海洋法でいう領海は沿岸から22.2キロであるので、台湾海峡のほとんどはどの国の船も航行が自由な国際海峡となり、航行の自由がある。台湾海峡の「安定と重要性」を指摘することで、今後は必要とあれば米国および同盟国は台湾海峡における「自由の航行作戦」などの作戦を展開しうるということを宣言している。
また、21年の日米首脳共同宣言では「両岸問題の平和的解決を促す」という言葉を付け加えている。この表現は05年5月13日の胡錦涛総書記と連戦主席会談に関するコミュニケでも「両岸の平和と両岸関係の安定した発展を促す」という表現を使うなど、この表現は一見、中国を刺激しない柔軟な表現にもとれる。
こういった、いわゆる「台湾条項」をめぐる戦後の日本の対応は、一見矛盾するような日米同盟と日中提携を両立させてきた歴史でもある。日本は1969年11月の日米共同宣言後も中台問題の「平和的解決」という言葉を使ってきた。96年の日米安全保障共同宣言では、日米安保条約の適用範囲を極東からアジア太平洋地域に拡大した。さらに、それに続く日米防衛協力の指針(ガイドライン)の見直し、その後の日米同盟の再定義過程で台湾有事はHidden Agenda(懸案事項)であり続けたが、日米首脳間の公式文書で「台湾」に言及しなかった。
台湾問題言及に込められた意味
しかし、今回は首脳共同宣言で台湾問題を言及した。しかも「(台湾の)安全の維持」より一歩踏み込んだ「(台湾の)安全の重要性」と一歩踏み込んだ言葉を使用している。これは、「両岸問題の平和的解決を促す」という付け加えられた言葉を併せて考えると、平和的な解決であれば認められるが、武力統一は認めないという強い宣言とも受け取れる。
そのために、バイデン大統領は6月9日から8日間の欧州歴訪を行った。民主主義同盟を再活性化することで、対中封じ込めを行うことに狙いがあった。まず英コーンウォールでのG7サミット(先進国首脳会議)に先だち、「特別な関係」である英国のボリス・ジョンソン首相と「新太平洋宣言」を出した。「大西洋憲章」は第二次大戦中、当時のチャーチル英首相とルーズベルト米大統領による戦後処理に関する宣言であり、民主主義体制の基礎となった。
その後、バイデン大統領は台湾に関する「台湾海峡の平和と安定」という同じ表現を日米首脳会談、米韓首脳会談、G7サミットでも使い、中国に警告を発した。そして最後に、バイデン大統領は欧州歴訪の「総仕上げ」としてロシアのプーチン大統領と6月16日に会談した。中国包囲網に集中するため、ロシアとの関係安定化がどうしても必要であった。そして、バイデン大統領は10月に予定されている習近平国家主席との会談に臨む。
民主主義同盟の復活がなるかどうかは、そのシステムへの参加国(G7、NATO、それにインド、韓国等)がどれだけ本気で参加するかどうかにある。特に、イタリア、ドイツ、韓国などの国は中国とかなり深い関係にあり、どう民主主義同盟に貢献させるかが鍵となる。
経済安全保障と軍事的抑止
台頭する中国に対して民主主義同盟ネットワークを再構築して「封じ込め」を狙うのがバイデン政権の「大戦略」だとするならば、それを実行するための「戦略」は第一に外交・安全保障政策目標を経済手段で達成する経済安全保障、第二に軍事的抑止にある。そして、その両者のクラッシュポイントが台湾となる。
バイデン大統領は大統領就任早々の2月24日に「サプライチェーンを見直す大統領令」を出し、半導体などを重要部材とした。具体的には中国のチョークポイントである半導体のサプライチェーンを同盟国とともに構成して、中国をデカップリングすることが目的にある。
半導体はスマートフォン、自動車、近代兵器製品などに用いられ、産業競争力や安全保障に大きく影響する。そして半導体の工場立地別の2020年の生産能力シェアは台湾がトップであり、韓国、日本、中国、米国と続いている。
もし台湾を中国に完全に牛耳られれば、米国にとっては致命傷となる。逆に、米国が台湾を押さえれば、中国を半導体で制することができる。つまり、台湾は米中衝突の舞台となっているわけである。
また、日米首脳共同宣言でバイデン政権から課せられた課題は、日本が経済安全保障を率先して行うことである。この点、中国を米国の定める「ルール化」に従わせる一助を担うことになろう。
しかし、アメリカの「ルール化」が日本の国益にマッチしない場合もでてこよう。それをどうするかがポイントとなる。日本企業の中国への依存度は高く、日本独自の国益に基づく経済安全保障上の「ルール化」が必要となるはずである。そのためには、日米間のルール化交渉がまず必要となり、そのうえで日本独自の経済安全保障政策が展開されるべきであろう。
日本はどこまで関与するのか
バイデンの第二の戦略は中国に対する軍事的封じ込めにあり、具体的には第一列島線(沖縄からフィリピンを結ぶ)の内側に中国を封じ込めることである。その中でも台湾は米軍にとり第一列島線上にある戦略上の要石である。米インド太平洋軍デビッドソン司令官が、米上院軍事委員会で「今後6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性がある」という衝撃的な発言を3月9日にしたのは周知の事実である。
台湾を中国に制覇されれば中国海軍は第一列島線を突破し、太平洋に自由に航行ができるようになる。そうなれば、横須賀基地を母港とする空母ロナルド・レーガンにとっては、その目の前に中国漁船や中国海警局巡視船、さらに潜水艦が現れ非常な脅威にさらされる。また、佐世保を母港とする海兵隊の強襲揚陸艦「アメリカ」にとってもしかりであり、在日米軍の再編が考えられるかもしれない。
しかし、台湾有事の場合、米国は台湾を死守するであろうか。この点、昨年に国防総省とランド研究所の台湾をめぐる中米戦争のシミュレーションで、「米国の負ける可能性が高い」というショッキングな報告が出ている。中国の軍備強化に対し、米国だけでの抑止は困難となっており、バイデン政権はクワッド(米日豪印)に加えて英国、フランス、ドイツといったNATO諸国にも応援を依頼する戦略をとる。
また、中国は地上発射式中距離弾道ミサイルを日本に向けて1250基以上保有しているが、米国はゼロである。このため、米国は中距離核戦力(INF)全廃条約を2019年9月に破棄し、対中ミサイル防衛網をつくることを目論んでいる。
デビッドソン司令官はPDI(太平洋防衛イニシャティブ)に基づき、南シナ海や台湾海峡で軍事的圧力を増す中国への抑止力強化を狙い、「第一列島線」に地上配備型ミサイル網を構築すべきと強調した。その一環として日本列島にミサイル網が張り巡らされれば、台湾への抑止効果が格段上がることとなる。しかしながら、地元がその展開を認めるかどうか大きな課題となろう。
元来、台湾をめぐる日本の対応は、1969年の日米首脳共同宣言以降は変化していなかった。すなわち、台湾有事の際には「事前協議」が日米間で必要とされるが、「もし台湾有事のときに在日アメリカ軍の出撃を拒否するように中国側が申し入れてきてもこれに応じることはない」という取り決めとなっている。このため、台湾有事は日本有事となるわけであり、時間的ロスはないというのがこれまでの解釈である。
ところが、今回の日米共同宣言で日本は台湾防衛へさらなるコミットメントしたことになるが、どこまで貢献できるのであろうか。台湾有事の際には存立危機が認められるのか、集団的自衛権が行使されるのかも問われよう。
バナー写真:海上自衛隊のイージス艦「こんごう」(手前)と米海軍第7艦隊の指揮艦「ブルーリッジ」(奥)の共同訓練=2021年3月29日、東シナ海[米第7艦隊提供](時事)