どうなる東芝:買収攻勢へ「パンドラの箱」開く、混乱の起点はメンツ重視の上場維持

経済・ビジネス

千駄木 穂波 【Profile】

再建を託されていた車谷暢昭社長兼最高経営責任者(CEO)が辞任に追い込まれ、東芝が大混乱に陥っている。きっかけは、車谷氏と縁が深い英投資ファンドによる東芝買収の提案だ。だが、問題の原点は、米原発事業で巨額の損失を計上した東芝が2017年に強行した第三者割当増資にある。東芝はこの増資で何とか上場を維持できたが、「アクティビスト(物言う株主)」の出資を受けることで火種を抱え込んだ。アクティビスト対応に失敗した車谷氏が退場し、外資ファンドからの買収攻勢という「パンドラの箱」が開いた。

突然の辞任

まずは、東芝で今年4月に何が起きたのか。それを整理してみよう。

車谷社長は14日午前、突然辞任した。東芝が同日開催した緊急記者会見では、「東芝再生ミッションが全て完了し、現在かなり達成感を感じている。3年の激務から離れて心身共に充電したい」とする車谷氏のコメントが代読された。しかし、「達成感」という言葉をそのまま受け止める人はいない。前週に英投資ファンド、CVCキャピタル・パートナーズが東芝を買収し非上場化させる提案をしており、車谷氏との関係が問題視されていたためだ。

東芝の車谷暢昭・社長兼CEO(時事)
東芝の車谷暢昭・社長兼CEO(時事)

物言う株主への対応で苦しむ東芝にとって、CVCの買収提案は一見、「白馬の騎士」と受け取れるものではあった。だが、東芝取締役会の関係者は「CVC日本法人会長から東芝に転じた車谷氏本人が保身のためにCVCを呼び込んだのでないか」と警戒。取締役会でもそうした見方が広がっていた。

実際、車谷氏はアクティビストとの調整に行き詰まっており、取締役会は同氏への不信感を強めていた。事情に詳しい投資銀行幹部は「車谷氏が次の株主総会で取締役人事承認を得られず、退任する可能性は高かった」と断言し、CVCが「東芝にとっての白馬の騎士」ではなく、「車谷氏にとっての白馬の騎士」だったとみている。

大きかった上場維持の代償

それでは、なぜ、東芝はこのような事態に追い込まれたのか。

「数年前に東芝がおとなしく、上場廃止を受け入れれば、こんな醜態をさらすことはなかった」。こう語るのは、2016~17年の東芝の経営危機に関わったコンサルティング会社の幹部だ。

東芝は2006年に54億ドル(現在価値で約5800憶円)の資金を投じて米原子炉製造大手ウェスチングハウス(WH)を買収したが、ほどなくWHの財務面の悪化が東芝を直撃する。当時、買収支援に関わった金融関係者は「国内外の原発ビジネス、輸出推進を模索していた日本政府の意向にも配慮し、東芝は想定されていた価格の2倍近くで買った」と証言し、WH買収が東芝の危機を招いたとみる。

こうした見方を裏付けるように、WH事業では隠れ債務が拡大。曲折を経て、16年に東芝はWHの減損を迫られることになる。本体の粉飾決算騒動で財務基盤が脆弱化していた東芝にとって、減損の打撃は大きく、18年3月期に2年連続の債務超過になれば、東京証券取引所のルールで上場廃止になることが確実な情勢だった。

前述のコンサルティング会社幹部が当時、東芝や政府側に進言したのは「上場廃止して、一から経営再建すべきだ。その後に再上場のチャンスは必ず来る」という内容だったという。だが、名門企業、東芝の経営陣にとって、上場廃止は受け入れられる選択ではなかった。

代わりに選ばれたのが、約60の海外ヘッジファンドを対象にした6000億円の第三者割当増資だ。米金融大手ゴールドマン・サックスが助言した「曲芸的なファイナンス」(大手銀行幹部)が17年12月に実施され、東芝は2年連続の債務超過を何とか回避し、上場維持のメンツを保つことができた。

だが、この増資自体が、古き良き日本企業の典型だった東芝には重い負担となっていく。招き入れた株主の中には、旧「村上ファンド」の流れをくむ「エフィッシモ・キャピタル・マネジメント」(シンガポール)などのアクティビストが含まれていたためだ。東芝は上場維持と引き換えに、アクティビストから厳しく企業価値の向上策を迫られることになった。

アクティビストとの確執

アクティビストの圧力におびえた東芝が、支援を仰いだのが車谷氏だった。

車谷氏は、三井住友銀行副頭取、三井住友フィナンシャルグループ副社長などを歴任。11年の東京電力福島第1原発事故後は、東電の実質国有化対応を金融界側で調整し、首相官邸や経済産業省関係者から信頼を得ていた。

東芝は2018年4月、経済産業省などのアドバイスを受け、三井住友銀を経てCVCに在籍していた車谷氏を会長兼CEO(後に社長兼CEO)として起用。車谷氏は政府のお墨付きの下、「金融のプロ」として、東芝の事業再生に向けて動きだすことになる。

しかし、東芝関係者は、事業再生でも、アクティビストへの対応でも「車谷氏が十分に実力を発揮する場面は少なかった」と指摘する。

車谷氏は、インフラシステムとデータの融合を柱とした5カ年の「ネクストプラン」を策定したが、東芝の連結最終損益は20年3月期には1146億円の赤字に陥った。有力株主の間では「負債を活用して資本の効率を高める努力がなされていない」「日本政府の意向に沿った投資をしがちだ」といった不満がくすぶり続けている。再生プランも不採算部門の縮小や人員の再配置が主軸であり、「株主の後ろ盾がない車谷氏への批判は強まっていた」(東芝幹部)。

東芝を巡る関連年表

2006年1月 米ウエスチングハウス・エレクトリック(WH)を54億ドルで買収
2015年4月 粉飾決算が発覚
2016年 4-12月期にWHの巨額減損を計上
2017年3月末 債務超過5500億円規模に
2017年12月 海外ヘッジファンドから約6000億円を調達
2018年1月 WH関連資産を売却
2018年4月 車谷暢昭会長兼CEOが就任
2019年11月 改正外為法が成立
2020年4月 車谷氏、社長兼CEOに
2021年3月 東芝臨時総会でエフィッシモの調査提案が可決
2021年4月7日 CVCの買収提案が表面化
2021年4月14日 車谷社長が辞任
2021年4月18日 CVCが「暫時検討を中断」とする書面を送付

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ジャーナリスト。国内外で金融、政策形成などを取材。

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