入管難民法「改悪」から問い直す外国人労働者の受け入れと排除

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板倉 君枝(ニッポンドットコム) 【Profile】

政府の新たな入管難民法改正案では、「送還忌避者」の長期収容問題の改善策は示されず、難民申請者も3度目の申請以降は送還可能となる。国際人権基準を満たしていないと国連から批判される日本の入国管理・難民認定政策の背景を探る。

鈴木 江理子 SUZUKI Eriko

国士館大学教授。博士(社会学)。専門は移民政策・労働政策・人口政策。NPO法人「移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)」副代表理事。主著に『アンダーコロナの移民たち』(明石書店、近刊)、『新版 外国人労働者受け入れを問う』(岩波書店)、『日本で働く非正規滞在者』(明石書店)など。

「半減計画」から始まった排除

1980年代後半、バブル景気の深刻な人手不足を背景に就労資格を持たない外国人が急増し、建設現場や工場、飲食店などで働き、日本社会を支えた。

「不法」就労者の急増を受けて、外国人労働者の受け入れを巡る活発な討議がなされた結果、いわゆる「単純労働者」は受け入れないという閣議決定がなされ、1989年12月に、入管法が改正された(翌年6月施行)。同改正入管法で、就労に制限のない在留資格「定住者」が創設され、かつての日本人移民の子孫である日系3世(とその配偶者および未婚未成年の子)に「定住者」が付与されることになった。

規制強化された入管法が2000年6月1日から施行されるため、その前に本国への帰国を求め、手続きに押しかけた外国人就労者(1989年5月30日東京・大手町の東京入国管理局/時事)
1990年6月1日から規制強化された入管法が施行されるため、その前に本国への帰国を求め、手続きに押しかけた外国人就労者(1989年5月30日東京・大手町の東京入国管理局/時事)

「政府の公式方針としては、専門的・技術的労働者のみを『フロントドア』から受け入れるとしましたが、実際に労働市場が必要としているのは、いわゆる『単純労働』を担う労働者です。『バックドア』からの非正規滞在者に代わる『単純労働』の担い手として、『サイドドア』(労働者としての受け入れではないが、合法的に就労が可能)から、日系人、研修生・技能実習生などの受け入れを創設・拡大しました。建前では『バックドア』の労働者を認めないとしながらも、しばらくの間は『必要悪』として、非正規滞在者の存在が一定程度黙認されていました。“緩やかな排除” の時代です。それゆえ、89年改定入管法施行後も非正規滞在者は増え続け、92年にはおよそ30万人にも達していました。バブル崩壊により、その数は減少に転じましたが、2000年代初めには、25万人以上の非正規滞在者がいました」(鈴木教授)

非正規滞在者に対する摘発が厳しくなったのは、2003年12月に発表された「半減計画(5年間で『不法』滞在者を半減することを目標とした計画)」からだ。「その背景は、バックドアからサイドドアへの労働力置換が進んだこと―つまり、非正規滞在者の労働力が『不要』になったこと―と、政府内でフロントドアからの受け入れ拡大の議論が始まったことです。“緩やかな排除” から “徹底的な排除” への転換によって『不法』残留者数は22万人(04年)から15万人(08年)へと激減しますが、一方で、この時期、在特も積極的に活用され、5年間で5万人近くが正規化されました」

法務省は06年に「在留特別許可に係るガイドライン」を公表し(09年改訂)、日本人や永住者等との婚姻、子どものいる長期滞在家族などの事情が積極要素として示されている。ところが、近年、ガイドラインが必ずしも尊重されていない。「以前ならば在特が認められていたような事例でも認められず、退令が発付されています」

さらに東京五輪を控え、15年以降から仮放免の運用が厳格化された。それまで仮放免者の就労は実質的には黙認状態だったが、入国管理局長名で出された仮放免者への「動静監視の強化」の通達の下に、入管職員が突然自宅を訪問するなど監視が強化され、就労が発覚して収容される人が増えたという。

本人の「責任」だけではない

「送還忌避者」の中には、合法的に入国・滞在していたのに、日本社会の受け入れ態勢の不備によって、在留資格を失ってしまった外国人もいると鈴木教授は指摘する。 

「例えば、搾取的な状況に置かれた技能実習生が、耐え切れず逃げ出したことでオーバーステイになってしまう。本人の責任というよりは、受け入れ制度や劣悪な労働環境が問題ではないでしょうか」

十分な環境整備を怠り、問題が起きれば本人のみに責任を帰す。適切な受け入れ環境が整備されていない故に、困難な状況に置かれている日系人の子ども・若者もいる。「いまでこそ外国ルーツの子どもに対して、日本語教育をはじめとしたさまざまな支援が、地域や学校、文科省などでも取り組まれています。しかしながら、ニューカマーの子どもたちが増え始めた90年代の頃は、学校も地域社会も、異なる言葉や文化を持つ子どもに対する受け入れ環境が十分に整っていなかった。いじめを経験し、学習機会を奪われたまま成長した若者が、日本社会での居場所を見つけようとする中で、犯罪に巻き込まれてしまうケースもあります。刑務所に入って罪を償っても、刑罰法令違反は退去強制事由に該当するため、退令の対象になってしまいます。日本で育ったにもかかわらず、送還された若者もいます。罪を償ったのに、さらに、ここから出ていけという二重の刑罰を与える必要があるでしょうか」

2019年4月の入管法改正では、在留資格「特定技能」を創設し、外国人単純労働へのフロントドアを開いた。日本語教育学習を含め、受け入れ態勢をどう整備していくのか、技能実習制度をどのように改善して特定技能制度に統合していくのかは、まだ不透明だ。現状では、コロナ禍で解雇や雇止めをされた技能実習生に対して、職種の変更、在留期間の延長を認めている。

一方、帰れない事情を抱え、収容や仮放免という不安定な「仮の状態」に置かれている人たちは、コロナ禍で支援者も経済的に困窮する中で、一層、困難な状況に陥っている。

「多くの人たちにとって、合法的な滞在資格を持たない外国人の窮状は『他人事』かもしれませんが、この社会に生きる同じ人間として、もっと関心を持ってほしい。帰れと言われても帰れない事情に、しっかりと耳を傾けてほしい。帰れないのは本人たちだけの責任ではなく、必要な労働者をフロントドアから受け入れてこなかったこの社会、迫害を受ける恐れのある者を難民として認めようとしない日本社会にもあるのですから」

バナー写真:2015年当時、在留資格を求めて都内で抗議デモを行う難民申請者たち(2015年9月9日/REUTERS)

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出版社、新聞社勤務を経て、現在はニッポンドットコム編集部スタッフライター/エディター。

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