バイデン氏が自衛隊トップに語った「日米同盟の重要性」
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2時間待ち続けてくれたバイデン副大統領
河野克俊氏は統合幕僚長に就任した翌2015年の7月、米軍制服組トップのマーティン・デンプシー統合参謀本部議長の公式招待で訪米した。核兵器を管理しているネブラスカ州の「戦略軍」司令部を視察して、翌日にはノースカロライナ州の海兵隊基地に移動し、それからジョー・バイデン副大統領を訪ねてワシントンD.C.のホワイトハウスに行く予定になっていた。
ところが、ノースカロライナの基地からワシントンに向かう搭乗機の米軍機が故障して、予備機を急きょ、ワシントンから呼び寄せることになった。河野氏は「副大統領は忙しい方だから、お会いするのはキャンセルかな」と思ったが、ホワイトハウスに連絡すると、バイデン氏からは「いやいや、待っているから」という返事が届いた。
ワシントン近郊のアンドルーズ空軍基地に着くと、今度はオバマ大統領がちょうど国内出張のため離陸する時間と重なり、機内で足止めとなった。大統領専用機(エアフォースワン)が離陸するまで、飛行場に駐機した飛行機から出ることは禁じられているためだ。
「結局、当初の予定より約2時間遅れの見込みとなり、機内からホワイトハウスに連絡してもらうと、副大統領はそれでも待っているというのです。今度こそキャンセルだろうと思っていたので、驚きました。それで結局、予定通りホワイトハウスでバイデンさんと会うことになったのです」
「私が自衛隊トップと会うことが中国へのメッセージ」
佐々江賢一郎駐米大使と合流して副大統領室に向かったが、これだけ遅れたのだから短時間の表敬訪問に終わるだろうと覚悟していた。しかし、会議室に通されて、日本側は河野氏と佐々江大使、米側はバイデン氏と副大統領補佐官による2対2の日米会談となった。自衛隊トップが副大統領と会談するのは初めてのことだった。
日米同盟の重要性を中心に話したが、バイデン氏は力を込めてこう発言した。
「米国副大統領の私が日本の自衛隊制服組トップのあなたと会うこと自体が、中国に対する強いメッセージになる」
当時は中国による南シナ海の軍事拠点化が問題となっており、日米同盟が軍を含めて緊密、強固であることを示し、中国をけん制するという意味合いがあったのだ。河野氏は「中国に対する脅威の認識をバイデン副大統領はしっかり持っている方だと思った。だから、長時間遅れた私を待っていてくれたのでしょう。日本に対しても非常に良い感じを持っておられた」と話す。
この会談の前年、ロシアがウクライナのクリミアに侵攻した。欧米では、もっぱらロシアに対する警戒心が高まっていた時期なので、河野氏は米側が中国の脅威にどれだけ関心を持っているのか気になっていた。しかし、バイデン氏に関してその心配は無用だった。
人間味あふれるその素顔
もう一つ、河野氏に感銘を与えたのはバイデン氏の人柄だった。バイデン氏はこの会談の2か月前に長男のボー氏(当時46歳)を脳腫瘍で亡くしていた。河野氏はバイデン氏にお悔やみの言葉を述べたが、まだ悲しみが癒えていなかったはずのバイデン氏は、そんなそぶりは全く見せず、気丈に振る舞った。
「私を本当に歓迎してくれまして、非常に人間的に魅力のある方だと感じました。今でも人格的に尊敬されているのは、よく理解できます」と河野氏は語る。
バイデン氏は1972年、29歳の若さでデラウェア州選出の上院議員に初当選した。だが、その翌月に最初の妻と3人の子どもが乗った車が事故に遭い、妻と長女を失い、幼かったボー氏ら2人の息子が重傷を負った。息子たちを世話するため、バイデン氏はワシントンまで毎日、片道2時間かけて通勤した。ボー氏は後に政治家を志し、デラウェア州の司法長官となり、民主党の若手として期待されていた。
余談になるが、ボー氏が州司法長官の仲間として父に紹介したのが、カリフォルニア州のカマラ・ハリス司法長官だった。これが今回の正副大統領の組み合わせのきっかけとなったのだ。ボー氏がハリス氏の仕事ぶりを高く評価していたことが、副大統領候補選出の決め手になった。バイデン氏は大統領就任式の前日、地元デラウェア州での壮行会であいさつし、「ボーがこの場にいないことだけが残念だ」と述べながら涙した。
「トランプ前大統領は同盟国に対して一方的な負担を強いることがあったが、バイデン大統領は同盟国を大事にすると言っている。ただ、米国に任せてくれとは言っていない。同盟国と一緒にやりましょうと言っているので、同盟国もそれ相応の役割、負担を担ってください、ということになるだろう。そういう意味では、対日関係は大きくは変わらないと思う」
「トップダウンのトランプ前大統領と違い、バイデンさんはおそらくいろんな人の意見を聞いて政策などを決断していくでしょう。ある意味、妥協するところも出てくる可能性もある」
深刻さを増す対中国で日米関係をどう構築するか
日中両国がにらみ合う尖閣諸島の問題は、中国が周辺海域で活動する「海警局」に武器使用を認める「海警法」を2021年1月に成立させるなど、深刻さを増している。
「場合によっては、日本の海上保安庁の巡視船に対して、中国側が武器使用する可能性も出てきた。日中両国の外交関係上、中国が軽々にこの法律を使うとは思わないが、そういう状況になったことは、日本も深刻に受け止めなければならない」
「バイデン大統領は1月28日に菅首相との電話会談で、米国の対日防衛義務を定めた日米安保条約第5条が尖閣に適用されることを述べた。ただ、この条文は『日本の施政権下にある領域で武力攻撃を受けた時』に日米共同で対処すると定められている。日本がしっかりと尖閣を守っていないと、施政権を失った竹島のように日米安保条約の適用外になってしまう」
「バイデン大統領にはぜひアジア太平洋を重視して、対中国問題に取り組んでほしい。今、中国が向かっている方向は我々が望んでいる方向ではなく、経済的に力をつけてくると、ますます攻撃的になるでしょう。対中国で、日米同盟をいかに機能させるか、バイデン政権はそこに焦点を当ててもらいたいと思います」
2011年の東日本大震災では、被災5カ月後に米国高官として初めて現地に入り、宮城県の仮設住宅で遠巻きにしていた被災者に近づき、励ましたバイデン氏。「非常に人間味のある方」と河野氏が評する大統領と共に、日米の新時代が始まった。
バナー写真:2015年7月、米国公式訪問で当時のジョー・バイデン副大統領(右端)を表敬した河野克俊統合幕僚長(当時、左端)。左から2人目は佐々江賢一郎駐米大使(当時) 統合幕僚監部提供