日本のコロナワクチン接種はなぜ遅いのか?
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米バイデン大統領は2020年12月に接種
「コロナ危機」を乗り切るにはワクチンだ、と判断した世界各国の動きは早かった。国別の累計接種回数は、2021年1月26日現在、一番多いのが米国で2184万回。20年12月14日に接種を開始し、バイデン次期大統領(当時)はその1週間後に接種を受けて、安全性をアピールした。
2番目に多いのは中国で1500万回。中国は自国製のワクチンを提供する「ワクチン外交」を、東南アジア諸国をはじめ世界で展開している。
3番目が705万回の英国で、英王室は1月9日、エリザベス女王夫妻がワクチン接種を受けたことを発表した。
4番目のイスラエルは383万回で、人口100人当たりだと42.3回で突出して多く、人口比では世界で最も接種率が高い。ネタニヤフ首相が2020年12月19日に自ら「接種第1号」となり、3月半ばまでに国民の半数超えの接種を目指している。
このほか、1月前半までにドイツ、イタリア、ロシア、インド、インドネシアなど世界各国でワクチン接種が始まっている(接種回数のデータは、日経電子版「チャートで見るコロナワクチン 世界の接種状況は」1/26更新から)。
新型コロナウイルスの全遺伝子配列が20年1月には公表されていたので、米英の製薬大手が早くも試験用ワクチンの生産に着手。特に米国は100億ドル(約1兆400億円)の予算をワクチン関連に投入し、短期間で大量に合成できるウイルスの遺伝物質を使った新技術でスピード開発を進めた。
日本が使用を予定している米製薬大手「ファイザー」、英「アストラゼネカ」、米「モデルナ」の3ワクチンは、20年12月から米欧などで相次いで承認され、接種が行われている。
ワクチンの有効性について、ファイザーとモデルナ社は90%を超える有効率が見られたと発表した。接種した集団の発症率が接種しなかった集団の発症率よりも90%低く、発症リスクは10分の1になり、極めて効果があるとしている。
感染症専門医が指摘する「日本が遅れた理由」
では、なぜ日本の接種がこんなにも遅れているのか。聖マリアンナ医科大学感染症学講座の教授で、同大学病院感染症センター長、國島広之氏はその理由について3点を指摘した。
まず、「日本人が従来からワクチンの安全性や有効性について慎重な国民性であること」だ。
ワクチンの接種で感染症の発生や重症化を防ぐ免疫ができるが、好ましくない有害な反応の「副反応」が起きることがある。今回の「コロナワクチン」の副反応では、軽いものとして接種後に筋肉痛、頭痛、倦怠(けんたい)感などがあり、重いものには急な血圧低下や呼吸困難などを引き起こす「アナフィラキシー反応」というアレルギー症状があったと報告されている。
多くの国は、ワクチンには副反応のリスクなど不明な点があるものの、感染拡大を収束させるメリットの方が大きいと判断して早めの承認を進めた。
しかし、ファイザーやモデルナのワクチンは、ウイルスの遺伝情報を加工する新しいタイプのワクチンであるのに加えて、安全性などを調べる臨床試験(治験)の対象がほとんど白人で、アジア系が少なかった。
このため、日本の厚労省は20年12月18日にファイザーからワクチンの製造販売の承認申請を受けたが、事前に同10月から国内で日本人160人(20~85歳)を対象に、接種しても安全かを確認する治験を実施。21年1月中に主なデータがそろってから最終判断を行うことにしており、「海外に遅れていても、安全性を重視」という姿勢を貫いた。厚労省は使用予定の3ワクチンについて、海外で使用されている実績も考慮して審査期間を短縮できる「特例承認」を適用し、通常よりは早い実用化を目指している。
ワクチンをめぐって日本では近年、子宮頸(けい)がんワクチンの副反応が問題となり、国と製薬会社に損害賠償を求める訴訟が起きた。コロナワクチンに対する厚労省の慎重な審査は、「もし後で副反応が出た時に、十分な審査を怠ったと批判されるのを恐れているから」とも言われている。
朝日新聞の世論調査(1月25日朝刊掲載)によると、「ワクチン接種が無料でできるようになったら」の問いに、「すぐに受けたい」は21%、「しばらくは様子を見たい」が70%、「受けたくない」が8%だった。やはり国民は、コロナワクチンにも慎重であるようだ。
感染症ワクチン開発企業の減少
日本のワクチン接種遅延の理由として、専門医の國島教授が指摘した2、3点目は、「感染症などの希少医薬品を開発できる製薬企業やベンチャー企業が日本に少ない」「新規医薬品の治験に関わる医療機関の体制が弱い」ことだ。
日本は50年ほど前まではワクチンの研究や製造が盛んだったが、その後は接種対象だった子どもが減り、また接種をめぐる訴訟も続いたため、ワクチン業界が弱体化してしまった。特に感染症は突然、流行し、製薬企業がワクチンを開発して実用化できるまでに流行が終息してしまうこともあるので、感染症ワクチンを手掛ける企業が極めて少なくなってしまった。
こうして国内使用の半分以上は輸入ワクチンとなった。コロナワクチンも結局は、外国頼みとなったのだ。ワクチンの確保が遅れれば、また国民への接種時期が遅れることになってしまう。
日本国内でも数は少ないが、コロナワクチンの開発は行われている。ベンチャー企業「アンジェス」、大手の塩野義製薬が臨床試験(治験)の段階まで来ており、第一三共なども国産開発を続けているが、実用化で他国に後れを取った。しかし、国民の健康や安全を確保するためには今後も国産ワクチン製造は不可欠で、政府がこうした開発企業を支援していく必要がある。
日本のワクチンの治験体制は弱いが、特に今回のような緊急性を要する場合、もっと柔軟に、迅速な審査を可能とするシステムを作っていくことが必要だ。ましてや今年は東京オリンピック・パラリンピックの開催イヤーで、他のどの国にも増して早急に新型コロナを終息させる責任がある。安全性との兼ね合いもあるが、今後は通常の審査過程の一部を省略するなどの検討も進めていくべきだろう。
ノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥、大村智、大隅良典、本庶佑の4氏が1月8日、2度目の緊急事態宣言が首都圏に出されたことを受け、政府に要望する5項目の声明を発表したが、そこにも同じ内容がある。
「ワクチンや治療薬などの開発原理を生み出す生命科学や産学連携の支援を強化」「ワクチンや治療薬の審査と承認は、独立性と透明性を担保しつつ迅速に行う」の2項目だ。
今後もウイルスとの闘いが続き、また、新しいパンデミック(感染症の世界的大流行)も起こるだろう。日本が国産の安全性が高い「日の丸ワクチン」で闘えるようになるまでに多くの課題があることを、今回の「ワクチン接種の遅れ」が教えてくれた。
バナー写真:2020年12月21日、医療従事者(右)からコロナウイルスワクチン接種を受ける米国ジョー・バイデン次期大統領(当時) AFP=時事