ファイブ・アイズと日本:参加より連携を
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ファイブ・アイズという名前を日本で耳にすることが多くなった。日本の参加が話題になっているからである。ファイブ・アイズとは、米国、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドというアングロサクソンの5カ国によるインテリジェンス協力の枠組みである。
第二次世界大戦中の通信傍受の協力を起源とし、長らく水面下で活動してきたが、次第に表の世界でも知られる存在となった。近年はインターネットを介した通信、デジタル情報の比重が高まっている。加えて、先端技術に関する情報や、より広い意味での対中政策協調の場としてのファイブ・アイズの役割も高まっている。これも日本の参加議論を促す一因であり、ファイブ・アイズとの接近が情報面のみならず、戦略的にも有意義であることを示している。
なお、日本政府がファイブ・アイズへの参加希望を公式に表明したことはない。インテリジェンスというセンシティブな事柄でもあり、関心があったとしてもそうは公言しないのが賢明であるし、「入れて欲しい」という姿勢では足元を見られかねない。
本稿の結論を先取りすれば、日本はファイブ・アイズへの参加を目指すよりも、それとの連携強化を追求すべきだというものである。必要な情報にアクセスするために参加が必要なのか、そして参加可能なのかという基本的な点に関して疑問が存在するからである。さらに、連携強化に向けてもいくつもの課題が存在する。順に見ていこう。
何を期待するのか
ファイブ・アイズに参加を希望する場合、そこで期待されるのは、「インテリジェンスの世界の一流国」の仲間入りといった情緒的なステイタス議論を排せば、第一義的には、よりよい情報へのより迅速なアクセスであろう。インターネットを含む通信傍受によるデジタル情報に関しては、その専門機関であるNSA(国家安全保障局)やGCHQ(政府通信本部)を擁する米英両国が、日本とはけた違いの量の情報を収集している。それらは特に中国や北朝鮮に強みを持っているわけではないが、日本の安全保障にとって有益な情報も含まれるはずである。
もっとも日本の安全保障に直接必要な情報は、日本自らが収集に努めてきたほか、これまでも主に米国との二国間協力によって確保されてきた。これが不十分だったのであれば、まずは日米協力の強化が先である。さらに、日米協力を通じて提供されなかったものが、ファイブ・アイズに入ることで自動的にアクセス可能になると考えるべきでもない。
ただしここでの問題は、ファイブ・アイズがどのような情報を持っているか、外からは全容が分からない点である。そのことは、インテリジェンスの世界の基本であるギブ・アンド・テイクの想定を立てにくくしている。
日本は、ファイブ・アイズ諸国に対し、中国、朝鮮半島、ロシア極東などに関する通信傍受の一部で比較優位を有しているとみられる。ファイブ・アイズ側が日本に接近するのは、それが狙いである。ただし、これは日本にとっては、いわば「虎の子」の情報であり、米国相手であっても、どこまで共有するかについては常に葛藤、逡巡があるといわれる。それを、さらに対象国を広げて共有することには、国内の抵抗も予想される。
また、期待される利益は、ファイブ・アイズへの正式な参加によってのみ実現可能なのか、連携の強化でも可能なのかも考えなければならない。防衛相時代にこの問題に関して特に積極的に発言してきた河野太郎氏は、「加盟するというのとは違う。椅子を持っていってテーブルに座って『交ぜてくれよ』と言うだけの話だ」と述べている(『日本経済新聞』2020年8月15日)。担当者の個人的技量でアクセスをその都度確保するのが連携、自動的なアクセスを確保するのが(正式)参加だといえるかもしれない。
ただし、正式に参加した場合でも、自動的に生じるアクセスがどの範囲に及ぶのかは不明である。そもそもファイブ・アイズ内には、米国を頂点とし、英国が続くというヒエラルキーがあるといわれており、日本が参加したとして、すぐに頂点にアクセスできるわけではないだろう。事実上の「5+1」のような形になる可能性もある。それでは、外部に位置しての連携とあまり変わらないかもしれない。
「参加」は可能なのか
その上で、正式な参加は果たして現実的かという問題がある。手続き的には、ファイブ・アイズの基礎となるUKUSA協定への加入が必要になるが、同協定は存在自体が長らく秘密であったし、それを補完する関連の協定が網の目のように多数存在している。現在の日本の法制度の下で、これらに加入することは現実問題として不可能であろう。
また、ファイブ・アイズは同盟ではないとはいわれるものの、その意味は「同盟以上」ということである。通常の同盟国よりレベルの高い信頼性(trustworthiness)が前提になる。そして、米英間を筆頭に、参加国は互いの情報機関に多くの要員を派遣しあっており、文字通りともに情報を収集し、分析し、そして行動するのである。
しかも、そのファイブ・アイズも自然に成立したものではなく、さまざまな困難を乗り越えて、今日の姿がある。生の情報や分析した成果物の共有の基盤には、共通の言語という要素も存在する。オマンド元GCHQ長官は、「1枚の紙」でファイブがシックスになるのではないと述べている(2020年11月5日IISSウェビナー)。参加国が増えるのであれば、ファイブ・アイズの本質自体が変化するということである。その背景には、日本の参加を議論するのであれば、ドイツやフランスなど、候補国がさらに膨らむという事情もある。
これらを踏まえれば、安易な日本参加論の悪影響が浮かび上がる。第1は、ファイブ・アイズの保守派のあいだでの警戒や懸念を喚起してしまうことである。参加に道を開くことを懸念して、連携に対しても消極的になるとすれば大きな損失である。第2は、参加論がありながらそれが実現しない場合に、日本側で、当初の期待が幻滅に変わり、これもファイブ・アイズと日本との連携に否定的な影響を持つ可能性がある。どちらも逆効果である。
ファイブ・アイズについては、特に英国の政界から、日本への「ラブコール」が相次いでいる。代表的なのは、英議会下院外交委員会のトゥーゲンドハート委員長である。ただしこれは、情報の世界の考えを代表するものではなく、英国のEU離脱を受け、欧州以外の基本的価値を共有するパートナーと関係を強化するという文脈での、すぐれて政治的な言説である。2020年10月に署名された日英EPA(経済連携協定)や、英国のCPTPP(環太平洋パートナーシップ)参加意思も同じ文脈だが、これらとファイブ・アイズへの日本の参加問題を同列に論じることはできない。
連携強化への課題
ファイブ・アイズへの加盟に至らずとも、連携を深める上でも日本は大きく分けて以下の4つの課題を抱えている。
第1は、情報収集体制の見直しである。ファイブ・アイズはデジタル情報を主眼とした枠組みであり、日本に欠けているのは米NSAや英GCHQのような通信傍受の機能である。米CIA(中央情報局)や英SIS(秘密情報部:MI6)のような組織が必要との議論も聞かれる。それ自体は否定しないが、ファイブ・アイズとの連携の観点では、デジタル情報の優先度が高い。しかし、通信傍受に関しては、組織の問題である以上に、通信の秘密などの問題に取り組む必要が生じるため、敷居は高い。
第2に、情報保護体制の強化である。特定秘密保護法の成立など、これまでに進展した部分もあるが、本格的なスパイ防止法や、統一的なセキュリティ・クリアランス(適格性評価)制度の整備などの課題が残されている。国内の一部には、ファイブ・アイズ参加議論をいわば外圧として、スパイ防止法の制定などを進めようとの声もある。
第3に、情報をいかに評価するかという問題がある。というのも、日本の情報評価は極めて保守的で慎重だといわれる。検察が裁判のための証拠を扱う感覚に近いのかもしれない。しかし、外交・安全保障に関する情報は「分からない」が出発点であり、刑事事件で有罪を勝ち取るための証拠のような確度はそもそも期待できない。この点を認識する必要がある。
最近では、英ソールズベリーでのスクリパリ氏毒殺未遂事件(スクリパリ事件)やシリアでの化学兵器使用などの事例がある。ファイブ・アイズ諸国が収集した情報に基づき事実認定する際に、同じ情報を見ながら日本が同じ評価を下せないとすれば、情報共有の障害になる。というのも、情報の共有の背後には、評価の共有への期待が存在するからである。もっとも、米英の情報機関はイラク戦争前のイラクにおける大量破壊兵器に関して重大な判断ミスを犯しており、米英の評価基準が絶対ではない。しかし、評価基準の互換性確保が、情報協力の不可欠の一部である事実は変わらない。
第4に、情報評価のさらに先にある、政策判断と行動である。スクリパリ事件に際しては、ファイブ・アイズ諸国のみならず、多くのNATO(北大西洋条約機構)、EU(欧州連合)加盟国が英国と連帯し、自国駐在のロシア外交官の追放に踏み切った。また最近では、香港における自由の侵害を受け、香港に対する制裁が導入・強化されている。香港問題への対応でまず使われたのもファイブ・アイズの枠組みだった。特に人権侵害に関する問題で、日本だけが行動できないとなれば、先述の信頼性の観点からも問題になる。
これらは、ファイブ・アイズとの連携に限らず、日本におけるインテリジェンスの扱い、さらには外交・安全保障政策の基本的あり方に直結する、いずれにしても避けてとおれない重要な課題である。
バナー写真:ポンペオ米国務長官(左)とグータッチを交わす菅首相=2020年10月6日午後、首相官邸(共同)