「大阪都構想」否決:問われる維新の存在意義
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高支持率下での投票でも否決
2020年11月1日、大阪市の市民はこの5年間に2度目となる「大阪都構想」をめぐる住民投票に臨んだ。争点は、大阪市を廃止して府と統合するかどうか。市の24の区を4区に再編し、府の特別区となるかどうかの賛否が問われた。結果は、反対が50.6%と僅差で上回り、再度の否決に。投票率は前回を4.4ポイント低い62.4%だった。
都構想を推進してきた日本維新の会(以下、維新を表記)にとっては大きな打撃だ。この10年間旗印に掲げ、実現を訴え続けてきた政策に有権者は「NO」を突き付けた。党の存在意義さえもが問われる事態だ。
維新の大阪での地方政党である「大阪維新の会」で代表代行を務める吉村洋文・大阪府知事は、3度目の住民投票はないと明言。党代表の松井一郎・大阪市長は、この事態の責任を取るとして、2023年4月の任期満了で政界を引退すると表明した。
「否決」の結果を招いた要因については、いくつかの点を挙げることができる。まず、今回は都構想への支持を表明していた公明党だが、出口調査の結果をみると、支持者の半数以上が反対票を投じた。党の方針に党員・支持者が従わないというのは、公明党では非常に例外的なことだ。
さらに、今回は維新とそのリーダーを支持する層にも、「大阪市がなくなる」(大阪府・市が合併する)ことに躊躇する人が存在した。住民投票当日のNHKの出口調査によると、73%の市民が大阪市政、大阪府政の行政運営に、ともに「満足している」と回答している。しかし、維新支持者の中でも、約1割が都構想に反対票を投じている。この点は5年前の住民投票と違う現象だ。
事前の世論調査を見ると、新型コロナウイルス感染防止に向けた取り組みが評価されるなどして、吉村知事の支持率が非常に高かった。今回の住民投票は、皮肉にも維新のこれまでの様々な「成功による犠牲」となり、否決されたと言えるかもしれない。
「大阪府と大阪市が競い合い、二重行政の弊害がでる状況は『ふし(府・市)あわせ』だ」―維新は都構想の推進に当たり、このように説明してきた。しかし実際は、この「分裂状況」はすでに解消されている。2011年から現在まで、大阪府知事と大阪市長のポストはいずれも維新が握っているからだ。
現在の吉村府知事と松井市長は実際に連携を取りながら政策を進めており、維新は大阪府と大阪市が既に「バーチャル都構想」状態にあると主張する。2025年万博の誘致、大阪市営地下鉄の民営化とサービス向上といったテーマで府と市は協力し、大阪市立大学と大阪府立大学の合併構想も進められている。
有権者は、都構想によるメリットが明らかでない中、抜本的な機構改革というリスクを取ろうという気持ちにはならなかったのだろう。
都構想の実現がどの程度大阪の経済的発展を促進するのか、また行政の効率化につながるのか。住民投票を前にして、維新の説明と反対勢力(自民党、共産党など)の主張は全く異なっていた。大阪市を廃止し4つの特別区を創設することについて、維新はそのメリットとして、住民により近い立場できめ細かい行政サービスが展開できると主張した。しかし、反対派は、単に市の予算や権限が府に吸い上げられるだけで、行政サービスは低下すると訴えた。
また、都構想を支持する人々は、維新がこれまで大阪府・市で積み上げてきた実績―府の抱える負債の圧縮や行政サービスの向上、就業者の増加、犯罪対策など―を理由に挙げた。一方、反対派は2010年~16年の大阪府の実質GDP(域内総生産)の伸びは全国平均を下回っていることや、大阪から東京に本社を移転する動きが依然続いているなどマイナス要素を指摘した。
いずれにしても新型コロナウイルス感染症の世界的な流行により、今後の経済状態は全く不透明なものになり、有権者にとっては都構想が実現したとしてもその5年後の地域がどのような状況にあるのかさえ想像がつかない。維新はこれまで、地域経済の起爆剤としてインバウンド観光客の増加やカジノ・リゾートの建設を挙げていたが、状況は一変した。
国政政党としての維新の未来
もともと維新にとって、「都構想」そして大阪改革というテーマは、元来掲げていた大きな目標の一部分に過ぎなかった。2012年、橋下徹(当時の大阪市長)と松井一郎(大阪府知事)が国政政党として維新を結党した際は、日本の政治制度そのものの「グレートリセット」を掲げた。明治維新の「維新」という言葉を前面に出し、「自立する国家、地域、と個人」を訴えていた。
具体的な政策としては道州制の採用、地方分権の推進、参議院の廃止、憲法改正などがあった。
当時、橋下への国民の支持は高く、2012年12月の総選挙では54の議席を獲得。比例代表では全体の2割の得票があった。しかし、その後は党内の分裂や所属議員のスキャンダルなどで、大阪以外の地域では急速に党勢が衰退した。党所属の衆議院議員は現在13人。20年10月時点での政党支持率は、NHKの調査で1.0%、時事通信の調査で1.7%にとどまっている。
国政レベルでの失速の大きな原因は、政権与党との明確な「対立軸」を示せなかったことにあろう。多くの有権者にとって、維新は自民党とそれほどの違いのない「補完勢力」とみなされた。維新自体は、与党の政策には「是々非々」で対応していると主張する。だが、橋下や松井が菅首相と親しい関係にあるのは広く知られている。安倍政権時代には、維新は憲法改正で与党に協力することを期待し、自民党はその見返りとして大阪都構想をめぐる特別法制定や、カジノ・リゾートの立地推進、大阪万博の誘致などで支援した。
地域政党ブームの先頭に
維新が地域政党として一定の成功を収めるほど、国政政党としての力は衰退しているようにも感じる。党としてこれほど注力した「都構想」の実現が挫折したことで、今後どのやって全国的な支持を得ていくのかが問われることになる。
当初、維新は大阪で「成功モデル」をつくり、それを各地に広げることで全国レベルでの党勢拡大を狙っていた。これは硬直化した地方の政治に風穴を開ける、実現可能な新たなアプローチとして評価するべきだろう。
カリスマ的な候補を地方の首長選挙に出馬させ、その地域の既存の利権構造などを鋭く批判して勝利を収める。首長就任後は歳出の見直しや公務員・議員の賃金カットを行い、高校の授業料補助拡充など、子育て世代向けの行政サービスを拡充する。そして地方議会にも勢力を伸ばし、国政選挙につなげていく。
しかし結果的に、この戦略は大阪とごく限られた地域でしか成功しなかった。「政治を変えたい」という無党派層の意識、そしてメディア対策に精通した橋下のような政治指導者の存在がないと熱気は生まれない。橋下の言う「ふわっとした民意」は、維新の大阪での成功を全国展開する追い風にはならなかった。
維新をモデルにしたような地域政党はその後、名古屋市の「減税日本」、東京都の「都民ファーストの会」が結成されたが、いずれも全国的な政党には育っていない。維新はかつて国政での存在感を高めようと石原慎太郎・元東京都知事の率いる太陽の党と手を組んだが、その後に起きた党内対立で大きな打撃を受けた。最近でも、小池百合子・東京都知事が主導した「希望の党」との連携が失敗に終わっている。結果的に、地域政党(大阪維新の会)設立からのこの10年間で、維新は国政選挙を戦うような政治基盤を大阪以外の地域に築くことはできなかった。
維新のリーダーらは今も、故・堺屋太一氏の掲げた「開国」と日本の変革実現を目標にしていると思われる。しかし、大阪都構想の実現がその一歩になるとしても、10年という時間は長すぎるように感じる。
世界に目を向けると、新しく誕生した政治勢力が非常に短期間で政権を手にする例が出てきている。フランスのマクロン大統領が率いる「共和国前進」は、結党から1年余りで議会の過半数を獲得した。イタリアの「五つ星運動」も国政選挙を初めて戦ってから5年で第1党になり、政権与党となっている。
都市型政党は限界
維新は、今回住民投票で否決された「都構想」を推進すべき根拠として、大阪が日本の「副首都」になり、災害時などに東京のバックアップ機能を担うという点を挙げていた。しかし、現在の大阪は経済規模では愛知県に先を越され(2018年の都道府県別GDPで大阪は3位)、人口でも神奈川県を下回る。これらの指標では日本第2の都市ではなく、副首都としての必然性に大きな疑問符が付く。
「都構想」を実現し、大阪が「第2の首都」となれば、それが地方分権の推進や「道州制」実現に向けた一歩になっていたかもしれない。しかし、政治システムの「グレートリセット」は、国政を掌握する政治勢力を持ち、かつ世論の強力な後押しがなければ実現は難しい。単なる大都市部での合併や再編だけでは「東京と地方の格差」、とりわけ過疎問題など、日本の政治が直面する根源的な問題には全く対処できない。
この点でも、「大阪の地位向上」に注力する維新の現在の政治姿勢では、他の地域で支持を広げることは難しいだろう。「身を切る改革」と規制緩和、そしてインバウンド観光とカジノ・リゾートに頼る経済成長という政策パッケージは、既に都市部の有権者にさえ持続可能性の低いものと見えつつある。ましてや地方では魅力的な政策と受け止められないだろう。
現在の日本に必要なもの、それは経済活動、人口、そして政治における力のバランスを再配分してかつ持続可能な成長につなげるような、東京と主要な地方都市、その他の地域が合意して結ぶ「盟約」(Compact)だろう。都市部と地方の有権者との正反対の利害の溝を埋め、自民党がこれまで形成してきた中央―地方の不健全な依存関係の代替案を提示することが野党の役割だったはずだが、これまで誰も説得力のある議論を提示できていない。
本来は、維新こそがこの役割を担うべき存在ではなかったのか。もちろん、ポピュリストでトップダウン型の政党だとの痛烈な批判もある。しかし、有権者の関心をくみ取り、大阪の選挙では過去10年間で支持を積み上げてきたのも確たる事実だ。今回の住民投票は否決されたが、選挙を通じて大阪を変革してきたことについて、維新は称賛に値する。
有権者を分断・二極対立に陥らせることなく、政治参加の機会を増やしてきたことも重要な成果と言える。維新や新たな勢力が今後、大阪でこれまで展開してきた粘り強さや説得力、プラグマティズムに基づいた政治を国政の場で再現できれば、われわれは日本の本当の“維新”を目にすることができるかもしれない。
原文=英語
バナー写真:住民投票結果を受け、記者会見する松井一郎大阪市長(右)と吉村洋文大阪府知事=2020年11月1日夜、大阪市北区(時事)