現役医師からの問題提起=コロナの時代に「健康第一主義」を問い直す

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板倉 君枝(ニッポンドットコム) 【Profile】

コロナ禍は私たちの行動や意識に影響を与え、日常生活を変えた。これから長期にわたってコロナと共存しなければならないからこそ、ある程度のリスクを覚悟し、「生活を大事にする」という観点を忘れてはならないと説く医師の大脇幸志郎さんに話を聞いた。

大脇 幸志郎 ŌWAKI Kōshirō

1983年大阪府生まれ。東京大学医学部卒。出版社勤務、医療情報サイト運営の経験ののち医師。著書『「健康」から生活をまもる 最新医学と12の迷信』、訳書『健康禍 人間的医学の終焉と強制的健康主義の台頭』。共に2020年、生活の医療社から刊行。

相互監視が行き着く果て

大脇さんが本を書いたのも、シュクラバーネクの遺作を4年がかりで翻訳したのも、決して医学的な見地から現代の「健康第一主義」に反論しようとしたからではない。「いつの間にか忘れてしまった当たり前のことを思い出す」きっかけにしてほしいという強い願いからだ。

インタビューの際に言及したのは、ミシェル・フーコー『監獄の誕生』、サミュエル・バトラーの『エレホン』(Erewhon)、イヴァン・イリッチ『脱病院化社会』など過去の思想家たちの著作だ。

「医学は、医者にとって都合よく振る舞うように人々を洗脳してしまうと彼らは警告しました。自らの意思で行動しているのだと思い込ませ、相互監視させる窮屈な状況を生んでいることに警鐘を鳴らしたのです」。いままさに、そういう窮屈な世界になっているのではないかと、大脇さんは危惧する。 

『エレホン』(新潮社)
『エレホン』(新潮社)

「例えば、『エレホン』が病気になることが犯罪として罰せられるディストピアを描いたように、健康至上主義は、一つ間違えば、全体主義に行き着きます」

自著『「健康」から生活をまもる』では、ナチスや大日本帝国における健康の強制や優生思想の恐ろしさに一章を割いている。少し極論ではないかと思うかもしれないが、歴史の教訓は忘れるべきではないと大脇さんはいう。ナチスはたばこやアルコールの害にも容赦なかった。アルコール中毒患者を見せしめのために、強制収容所に送ったりもしている。国民が健康になれば国が強くなるという発想からだ。現代の私たちの周りでなされていることと似ていないかと、大脇さんは問い掛ける。

本書ではまた、初代厚生大臣・木戸幸一の1938年の言葉を引用している。「国民各自が自己の身体は自分だけのものではなく国家のものである…国家のために之を鍛錬し、之を強化し…」と続く一節だ。一方、2003年に施行された健康増進法第2条は、こう書いている。「国民は、健康な生活習慣の重要性に対する関心と理解を深め、生涯にわたって、自らの健康状態を自覚するとともに、健康の増進に努めなければならない」。健康は努力して達成するもの、健康維持が国民の義務だとする姿勢は共通しているのだ。 

「病気になりたくない」という呪い

大脇さんが医大を出た後で、出版社や医療情報サイトで仕事をしたのは、医療を離れた立場から現実を見直したかったからだ。だが、経歴を生かして臨床医学の現場から学びたいと、3年前に医師になった。

高齢の患者が多い現場で、高齢化社会をどう生きるか、どう病気と向き合うかを考える機会が多いと言う。「健康問題をいくつも抱えながら長生きするということをどう肯定するか、社会全体でどう支えるかは、私たちが考え続けなければならない問題です。健康で長生きしたいと思っても、人は絶対に病気になる。“あの人のように病気でみじめな老後はご免だ”と思っても、明日はわが身なのです」

だからこそ、「病気で体はボロボロだけど、それでも生活が楽しい」という「ファッション」をつくりたいと言う。

「健康に関しては、自分のしたいようにしてくださいと言いたい。健康を宗教ではなく、ファッションにしたい。真面目に考え出すと、たとえ専門家の意見でも、ちゃんとエビデンスに照らし合わせて、正しいかどうか判別しなければとつい考えてしまいますが、そこは真面目にならなくていい。例えば、納豆をたくさん食べたら何かの病気にかかりにくくなるというエビデンスがあるとしても、その効果は取るに足らないほどわずかです。結局、好きだから食べる、嫌いだから食べない。それでいいのです。同様に、大した害がないものに目くじらを立てる必要もない。好きなように、“いいとこ取り”をして、自分のファッションで、食べたいものを食べてほしい」

「病気になりたくない」と自分に掛けた呪いを解いて、生活を楽しんでほしい―それが大脇さんの究極のメッセージだ。

バナー:大脇幸志郎さん(撮影=ニッポンドットコム/2020年10月、東京都港区)

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出版社、新聞社勤務を経て、現在はニッポンドットコム編集部スタッフライター/エディター。

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