米中激突の危機高まる南シナ海、カギを握る台湾

国際

南シナ海における米国と中国の角逐が激しくなってきた。中国の南シナ海の違法な権益主張に対して米国は「自由航行作戦」、空母打撃群訓練を展開、2020年8月には中国が弾道ミサイルを4発発射し、あからさまな挑発行動に出てきた。今や「ホットスポット」と化してきた南シナ海の対立の背景には何があるのか。

中国の意志を表明したミサイル発射

南シナ海における自国の「権益」への米国の挑戦に対しては絶対に引かない、という中国の強い「意志」を表明したものと受け止められているのが2020年8月26日、中国軍が南シナ海に向けて4発の弾道ミサイルを発射した一件だ。

中国の「挑発」に対して米国防省は翌27日、「南シナ海の紛争地域で軍事演習を実施することは、緊張緩和や安定維持に対して逆効果だ。中国の行動は南シナ海を軍事化しないという公約とは対照的」と声明で非難。9月9日には、ポンペオ国務長官も、南シナ海を巡る中国の権益主張を「違法だ」と改めて主張した。また、9月17日に米国務省次官が台湾を訪問すると、18~19日に台湾海峡の中間線を越え、中国軍の爆撃機や戦闘機、哨戒機の延べ35機が台湾の防空識別圏に侵入した。

米中対立がエスカレートし、両国の軍事的さや当てが続けば、偶発的な衝突も否定できない。なぜ南シナ海が「ホットスポット」になっているのか。それは南シナ海を中国が掌握するか否か、に米国の「本土防衛」がかかっているという逼迫した状態になってきているからだ。詳しくは後述するが、まずは今回の中国のミサイル発射について検証してみる。

中国はどんなミサイルをどのように発射したのか。中国「人民日報」系の英字紙「Global Times」(2020/8/27付)によれば、「DF-26Bは北西部の青海省から発射され、もう1つのDF-21Dは東部の浙江省から発射され、両者は海南省とパラセル諸島の間の海域に着弾。消息筋は、ミサイル発射は中国が紛争地域である南シナ海への(他国の)アクセスを拒否する能力を改善することを目的としたと述べた」と報じた。

発射したミサイルはグアム・キラーと空母キラー

DF-26Bと DF-21Dはどちらも移動式発射機を用いる。DF-26Bは射程4000kmの地上・海上標的攻撃用の核・非核両用中距離弾道ミサイルで、「グアム・キラー」(グアム島には米軍基地がある)と呼ばれるが、対艦弾道ミサイルでもあると分類されている(「The Diplomat」2020/8/27付)。DF-21Dは射程約1800kmの準中距離対艦弾道ミサイルで、「空母キラー」とも呼ばれる。

弾道ミサイルは通常、動かない固定目標を狙う兵器とされるが、対艦弾道ミサイルは弾頭部がそのセンサー等で標的の艦船を探し、動く艦船に向かって突っ込んでいくもので、西側には存在しないカテゴリーの兵器だ。

DF-26BとDF-21Dは射程が2倍以上も異なる水上標的攻撃用のミサイルだが、中国「Global Times」が指摘したように、南シナ海の特定エリアにどちらも撃ち込んだのならば、米国の空母打撃群などによる「南シナ海へのアクセスを拒否する能力」を見せつけようとしたものとみられる。

米軍の軍事行動に対するけん制

米国は南シナ海へのアクセスとして、これまで、いわゆる「航行の自由作戦」を実施してきた。2015年に2回、16年に3回、17年に6回、18年に5回、19年に7回、20年は8月27日までに7回を数えている。

また、これとは別に、20年4月に空母セオドア・ルーズベルトの空母打撃群、7月には空母ロナルド・レーガンと空母ニミッツの2個空母打撃群、それに米空軍のB-52H大型爆撃機1機が同時に南シナ海で異例の演習を展開した。

「Global Times」は「米国が中国を標的とする南シナ海での軍事活動を増加させる時、人民解放軍は強力な対抗配備と米国の圧力を薄めるための演習を実行しなければならない」と、ミサイル発射は米国への「けん制」とも受けとれる報道をしている。

では、米国の安全保障戦略にとって南シナ海とは、どんな意味を持つのであろうか。2020年8月末に発行された米議会報告「U.S.-China Strategic Competition is South and East China Seas」は「南シナ海の中国の基地とそこから活動する部隊は、中国の新たなSSBNからなる戦略的抑止部隊の要塞(=活動中の聖域)を南シナ海に創出するのに役立つ」と分析している。

中国による南シナ海の「要塞化」を警戒する米国

SSBNとは戦略核弾道ミサイルを搭載した戦略ミサイル原潜のこと。米議会報告が南シナ海における中国のミサイル原潜の展開を重視しているのは、南シナ海には戦略核兵器の問題も絡んでいるためであろう。

中国の重爆撃機は航続距離8500km以上のH-20 型ステルス爆撃機を開発中と伝えられるが、2020年8月現在では、米本土に到達する重爆撃機は存在しない。つまり米国本土にとっては、中国の重爆撃機による脅威は当面ない。

ではICBM(大陸間弾道ミサイル)はどうか。一般的にICBMの発射装置は2種類あり、一つは縦穴にミサイルを収め、巨大な蓋をするサイロ型。もう一つが車両や列車に搭載する移動式発射機型だが、どちらも偵察衛星等のセンサーの発達により、平時から場所を割り出される可能性が高いため、一般論だが、ICBMの発射機は敵の戦略核兵器の標的となりやすく、抑止可能だ。

建国70年の軍事パレードに登場した潜水艦発射弾道ミサイル「JL-2」2019年10月1日、北京の天安門前 共同
建国70年の軍事パレードに登場した潜水艦発射弾道ミサイル「JL-2」2019年10月1日、北京の天安門前 共同

しかし、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を搭載したSSBN(戦略ミサイル原潜)ならば、海中にいて、敵国による先制攻撃を免れやすく、SLBMによる反撃に転じられる。中国は6隻の晋級SSBNを建造。1隻あたり最大12発のCSS-N-14(JL-2)SLBMを搭載できる。中国の次世代の096型 SSBNは新型のSLBM、JL-3を搭載すると伝えられており、2020年代初頭に建造を開始する可能性がある。

JL-2は射程7400km以上のSLBMだが、「JL-2の現在の射程限度により、中国が米国の東海岸をターゲットにするなら、晋級SSBNはハワイの北や東の海域で活動する必要がある」(米国防省「中国の軍事力2020」)。中国の原潜がハワイ近郊で活動するのを米国が見過ごすはずはないので、現状では中国のSLBMが米国本土を射程にするのは困難だ。

米国にとっては「悪夢」となる中国のミサイル開発

しかし、2018年11月以来、試験発射が続けられているJL-3型SLBMとなると、事情は異なる。JL-3は射程が1万2000~1万4000kmとされ、096型原潜に最大24発搭載可能とも報じられている(「人民日報」2015/2/26付)。したがって「中国がJL-3などのより長射程のSLBMを配備できるようになれば、中国海軍は(中国の)沿岸海域から米国を標的とする能力を獲得する」(米国防省「中国の軍事力2020」)ことになる。

つまり、将来、JL-3/096型ミサイル原潜が配備されるようになれば、米国にとっては大きな脅威となり、中国にとっては米本土への打撃力という強力な抑止カードを持つことになるのだ。

では、米国を標的とするために、096型ミサイル原潜が展開すると想定される「(中国)沿岸海域」とは、どこを指すのだろうか。

中国が面する海は大きく分けて、黄海、東シナ海、南シナ海の三つ。黄海の平均水深は50m弱。東シナ海もほとんどが水深200m未満とされる。晋級ミサイル原潜が中国沿岸から黄海や東シナ海を経て、太平洋に出ようとしても、日本の薩南諸島と琉球諸島が壁のように連なり、沖縄・嘉手納基地には米海軍最新の潜水艦ハンター、P-8A哨戒機、海上自衛隊のP-3C哨戒機が那覇基地に展開し、眼を光らせている。つまり黄海や東シナ海沿岸はミサイル原潜展開には向いていない。

南シナ海北部の中国・海南島の楡林湾に停泊する中国海軍潜水艦

中国が南シナ海を「聖域化」したい理由

一方、南シナ海には水深2000~4000mの海域が拡がっている。中国のSLBMを搭載した晋級ミサイル原潜の基地が南シナ海北部の海南島の楡林湾にあるのは、このことと無縁ではない。

この海域に他国の潜水艦、水上艦、哨戒機が入れないようにすることができれば、中国のミサイル原潜のための「聖域化」も可能だ。中国が南シナ海の島嶼(とうしょ)や人工島に滑走路やレーダー、対空装備、港湾施設等を建設して基地化しているのは、ミサイル原潜の聖域確保のためと考えれば平仄(ひょうそく)が合う。

南シナ海の海中からJL-2を発射しても、米本土には届かないが、日本はもちろんグアムも射程内に入る。そして将来、南シナ海にミサイル原潜の聖域が誕生すれば、潜行中の096型ミサイル原潜からJL-3で米本土西海岸等を射程範囲にできるようになる可能性が高い。

つまり、096型/JL-3開発プロジェクト及び、それと並行した南シナ海でのミサイル原潜の「聖域化」を中国が押し進めるのは、米本土を射程内に捉えることを念頭に置いたものと考えられ、米軍の南シナ海エリアでの「航行の自由作戦」や米軍とその同盟国との共同演習は、同エリアの“聖域化阻止”行動とも解釈されよう。

南シナ海を巡る米中の激しいせめぎあいは、米国にとっては近い将来の自国の本土防衛のため、中国にとっては米国本土を射程内に収める自国の戦略核強化のため、お互い引くに引けないものになりつつあるのではないか。

もし近い将来、中国がJL-3ミサイルを搭載した096型ミサイル原潜を完成し、南シナ海に米国とその同盟国が手出しできないような「ミサイル原潜の聖域」が完成したら、米国はどうするのか。この観点から注目されるのが台湾である。

台湾にある巨大レーダーの正体

台湾北東部新竹市の標高2500m級の樂山(ルーサン)には、民間衛星画像でもわかる巨大な建造物がある。これは台湾空軍の「安邦計画」に基づき、1200億円もの巨費をかけて建設され、2012年末に完成した世界最高水準の早期警戒用のフェイズドアレイ・レーダーのアンテナである(「中央社」2013/1/3付)。

台湾北東部新竹県の標高2500m級の樂山(ルーサン)にある巨大なレーダー。アンテナの一辺は約30mとも

2000年に台湾に譲渡された米軍の戦略早期警戒レーダー、AN/FPS-115 Pave Pawsのコンポーネントを使用した世界屈指の高性能レーダーで、米国防省の資料によると、「防空及びミサイル防衛能力」を台湾に付与したという。興味深いのは米国と通信、データリンクでの共通性がうかがえることだ。

Pave Pawsは1970~80年代に米国で開発、主としてSLBM対策用のレーダーで、米空軍宇宙コマンドの資料(2019年7月更新)によれば、「監視態勢を維持しながら、複数の標的を追尾できる」という。

このレーダーがミサイルの発射を探知できる距離は約5000kmで、特に詳細に捕捉・追尾できるのが2000km以上とも報じられている。樂山から2000km余りなら、南シナ海のほぼ全域をカバーできるので、このレーダーによる各種ミサイルの捕捉・追尾のデータがリアルタイムで米国側に渡されるのかどうかが注目されるところだ。

南シナ海から米本土に向かって飛翔する潜水艦発射弾道ミサイルを捕捉できれば、米国は迎撃ミサイルによる迎撃を試みるとともに、自らの戦略核兵器で反撃を試みるかもしれない。

しかし、台湾・樂山の巨大レーダーが機能しない、または、そのデータがリアルタイムで米軍にこないとなれば、米国側の迎撃、反撃の能力が減じることになりかねない。

米国にとって台湾・樂山のEWR/SRPは将来、突然、南シナ海の海中から米本土に向かって飛翔する潜水艦発射弾道ミサイルを捕捉・追尾するのに欠かせない監視の「目」であり、どうしても防衛しなければならない戦略設備となる可能性が高い。となると、米国にとって台湾・樂山は米本土防衛の最前線という位置づけになり、台湾を守らなければ、中国に対する「抑止」が成立しないことにもなりかねない。

急速に軍備の結びつきを強める米台

トランプ米政権は台湾軍強化のための装備売却に前向きだ。例えば2019年8月20日に米政府は台湾にF-16 C/Dの最新型、F-16Vブロック70型機66機と関連機材を輸出することを公表。さらに20年8月28日には、台湾にアジア初のF-16戦闘機の整備・修理・分解検査(MRO)センターが発足した。

このMROセンターの発足にあたり、蔡英文総統は「台湾の航空戦力を高め、自衛能力を強化し、国内防衛産業を世界に展開するためのマイルストーン」と位置づけた。つまり、台湾軍のF-16だけでなく、他国のF-16の整備、修理を引き受けることも目指すということなのだろう。

アジアのF-16運用国がこの台湾MROを利用するようになれば、台湾と国交のない多くの運用国と台湾の関係も微妙に変わってくるかもしれない。

米国と台湾間の軍備的関係の急速な深化、中国機による台湾の防空識別圏への侵入など、このところ米中の間での軍事的な動きが活発化している。今は、鞘当てでも、いつなん時、中国と米国の間で、偶発的かつ深刻な事態に発展しても不思議ではなく、それには南シナ海情勢が深く関わっている。

バナー写真:2020年7月5日、南シナ海で行った空母ニミッツとロナルド・レーガンの2隻の合同演習でニミッツのデッキから飛び立つ戦闘機 共同通信イメージズ「ZUMA PRESS」

台湾 南シナ海 軍事 人民解放軍 米中対立