迫り来る極超音速ミサイルの脅威 現状では迎撃不可能?
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自民党防衛族が露わにした危機感
日本の弾道ミサイル防衛を24時間365日態勢にするために秋田県と山口県へ配備する予定だった地上配備型弾道ミサイル迎撃システム、イージス・アショアの「配備のプロセスを停止する」と河野防衛相が意向を表明したのは2020年6月15日のこと。そのニュースが日本の防衛関係者に衝撃を与えたのは記憶に新しいところ。
この河野防衛相の「配備停止」の意向を受けて安倍首相は18日、会見で「安全保障戦略のありようについて、この夏、国家安全保障会議で徹底的に議論し、(中略)速やかに実行に移していきたい」と発言。そして6月25日、河野防衛相から「イージス・アショアの秋田、山口配備断念」が正式に発表された。
政府方針を受けて6月30日、与党・自民党の安全保障調査会の下に「ミサイル防衛に関する検討チーム」が発足し、「ミサイル防衛に関する検討チームの設立について」という文書が配布された。
しかし、驚くべきことに同文書には、イージス・アショアの配備停止の原因となったブースター落下問題に関わる文言はなく、むしろ「我が国を取り巻く安全保障環境は、(イージス・アショア導入が閣議決定された=編集部注)2017年当時より厳しさと不確実性を増している」と周辺情勢の悪化を強調。「各国は従来のミサイル防衛システムを突破するようなゲームチェンジャー(状況を一変させるようなもの=編集部注)となりうる新しいタイプのミサイルの開発を進めている」と危機感を露わにしたのである。
2019年に激変した日本周辺のミサイル情勢
自民党の文書に表れたこの危機感の背景には一体、何があるのか。実は2019年に日本を取り巻くミサイルの脅威が飛躍的に増大していたのである。
陸上自衛隊のイージス・アショアは弾道ミサイル迎撃専用の装備だ。弾道ミサイルはロケットで打ち上げ、噴射終了後、放物線を描いて標的の上に落ちる。したがって、レーダー等の高性能センサーで飛翔途中まで捕捉・追尾し、そのデータを高速コンピューターで処理すれば、弾道ミサイルの未来位置を予測でき、その軌道で迎撃する。これが弾道ミサイル防衛の前提だ。
ところが2019年5月、7月、8月に北朝鮮が試験発射したKN-23型短距離弾道ミサイルは、防衛省によれば、①上昇時の機動、②低空軌道によるレーダー回避、③ステルス性が高く、小さいレーダー反射、④終末段階で機動(軌道を変更)するロシアの短距離弾道ミサイル、イスカンデルと外形上の類似点があるという。防衛省が指摘しているのは、露イスカンデル・システムで発射可能な9M723短距離弾道ミサイルのことだろう。
さらに防衛省は、北朝鮮自ら「容易ではないであろう(中略)低高度滑空跳躍型飛行軌道」と発表したことに注目し、ミサイル防衛網を突破することを企図していると分析した(防衛省「北朝鮮による核・弾道ミサイル開発について」2020年4月)。
北朝鮮のKN-23型短距離弾道ミサイルの推定射程距離は、日本に届き難い射程とはいえ、北朝鮮は日本のミサイル防衛網の突破が可能な不規則軌道のミサイルを開発しているというのだ。
加速するロシアと中国の極超音速兵器開発
そればかりではない。19年8月2日には米露の間で締結されていたINF条約が失効した。INF条約は米露両国が核と非核を問わず、射程距離500~5500kmの地上発射型弾道ミサイルと巡航ミサイルの開発・生産・配備を禁止した条約で、日本にとっては、旧ソ連及びロシアが日本を射程とする地上発射弾道ミサイルや、巡航ミサイルを削減する役割を果たしてきた。このINF条約が失効したことによる影響は大きい。
米国トランプ政権がINF条約からの半年後の離脱を表明したのは、19年2月1日のこと。その主な理由は二つ。➀ロシアのSSC-08巡航ミサイルの射程がINF条約違反の疑いがあると米国側が見なしたこと、②INF条約に加盟していない中国が大量の地上発射INF射程兵器を保有していることだった。
一方、ロシア側は米国の離脱表明を受け、プーチン大統領が射程距離1600km以上の海洋発射型巡航ミサイル、カリブルNKの地上発射型と地上発射型極(ごく)超音速ミサイルを開発することを承認した。これにより弾道ミサイルだけでなく、将来、日本を射程としうる巡航ミサイルも登場する可能性が否定できなくなった。
さらに10月1日、中国の建国70周年を祝う国慶節において、過去最大規模となる軍事パレードで推定射程距離1600~2400km、ミサイル防衛突破を意図したとみられるDF-17極超音速滑空兵器の自走発射機x16輌が披露された。DF-17は既に配備しているとの見方もある。この射程ではグアムやハワイには到達不可能だが、日本を射程とするには十分だ。
中国の極超音速ミサイルは戦略核システムの一つ
米戦略コマンドはDF-17を「戦略“核”システム」の一つと分類している。中国のメディアによると、DF-17ミサイルの弾頭部のHGV(極超音速滑空兵器)は、最高到達高度が60kmとも100km程度とも言われ、到達最高高度からの降下後の滑空高度は60km以下で、イージス・アショアで使用されるSM-3ブロックⅡA迎撃ミサイルの推定最低迎撃高度70kmを下回る。しかも、DF-17のHGVは極超音速で機動するため、SM-3ブロックⅡA迎撃ミサイルによる捕捉・迎撃は容易ではない。
ロシアは既にTu-22M3爆撃機やMiG-31戦闘機の改造機に搭載可能なキンジャール極超音速ミサイル、軍艦や潜水艦に搭載するツィルコン極超音速ミサイル、SS-19大陸間弾道ミサイルに搭載された極超音速滑空兵器アヴァンガルドを開発、または配備している。
前述の自民党の「ミサイル防衛に関する検討チームの設立について」には、「中国やロシアなどは極超音速兵器の開発を進めており、北朝鮮も通常の弾道ミサイルよりも低空で飛翔し、変則的な軌道で飛翔可能とみられるミサイルの発射実験を行っている。(中略)従来のミサイル防衛で念頭に置かれていた弾道ミサイルのみならず、極超音速の巡航ミサイルといった新たな経空脅威への対応も喫緊の問題となっている」という文言があり、事態を深刻に捉えていることが透けて見える。
「極超音速兵器」とは何か
では、この中国とロシアが開発を進めている「極(ごく)超音速兵器」とはどんな兵器なのだろうか。極超音速とはマッハ5を超える速度のこと。極超音速兵器はマッハ5を超える速度で飛翔し、弾道ミサイルのような単純な放物線ではなく、不規則に機動するミサイルのことで、現時点では大まかに、「極超音速滑空体」と「極超音速巡航ミサイル」の2種類に大別される。
「極超音速滑空体」は弾道ミサイルと同様、ロケットで打ち上げられ、噴射終了後、切り離された先端部は噴射しないが、爆弾を内蔵し、極超音速で滑空するグライダー(滑空機)となる。グライダーなので機動が可能。単純な放物線を描くのではなく、軌道も不規則に変えられる。したがってセンサーで追尾しても、未来位置を予測することは極めて困難になると予想される。
一方、「極超音速巡航ミサイル」は一般的に、スクラムジェット・エンジン等で極超音速を維持しながら、軌道を変えることができるため、こちらも未来位置の予測が難しく、従来の弾道ミサイル防衛のシステムでは迎撃が困難だ。
つまり、北朝鮮の弾道ミサイル対処をにらんで日本の弾道ミサイル防衛の中核となるはずだったイージス・アショアのシステム構成は、2018年までに決定したのだが、北朝鮮が開発中のミサイル防衛網突破を目論む不規則弾道ミサイルや、ロシアと中国が配備する極超音速兵器の登場により、日本を取り巻くミサイル情勢はそのわずか1年後にイージス・アショアでは対応が困難なほどに進化してしまったということだ。
米国の新システムとの連携を視野に入れた動き
この状況を踏まえ、自民党のプロジェクト・チームが1カ月余りの論議を経て8月4日、政府に提出した「国民を守るための抑止力向上に関する提言」には、「(1)イージス・アショア代替機能の確保、(2)極超音速兵器や無人機のスウォーム飛行等、経空脅威の増大・多様化に対応するため、地上レーダーや対空ミサイルの能力向上等の更なる推進、米国の統合防空ミサイル防衛(IAMD)との連携確保、極超音速兵器などの探知・追尾のため、低軌道衛星コンステレーション(多数個の人工衛星を協調動作させるシステム=編集部注)や滞空型無人機の活用」などが盛り込まれた。
イージス・アショアの代替機能について具体的なイメージが浮かぶ記述はなかったが、弾道ミサイルを捕捉する現在の静止衛星軌道の米早期警戒衛星システムではなく、弾道ミサイルよりも低い高度で軌道を変えながら飛翔する極超音速ミサイルを捕捉・追尾するセンサーとして、大量の小型衛星から成る「低軌道衛星コンステレーション」の検討が明記されたのは注目される。米国が極超音速ミサイルを捕捉・追尾するための新しい早期警戒衛星システムとして、HBTSS(極超音速及び弾道追尾宇宙センサー)計画等を進めているのをにらんだものかもしれない。
再浮上した敵基地攻撃能力の保持
低軌道衛星コンステレーションで極超音速ミサイルを捕捉・追尾できれば、極超音速ミサイルの迎撃に資するだけでなく、ミサイル攻撃からの避難の予測、どこから発射されたか、誰が発射したかを知る一助となるかもしれない。それが分かるようになったら、どうするのか。自民党の提言には気になる文言がある。
「憲法の範囲内で、(中略)専守防衛の考え方の下、相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上」という一文だ。
自民党はこれまでも敵基地攻撃能力の保有を議論しているが、政府は、日本は専守防衛の「盾」に徹し、打撃の「矛」は米軍に委ねるとの役割分担のもと、保有してこなかった。国家安全保障会議は現在、この与党の方針を受けて論議を重ね、外交・防衛の基本方針となる「国家安全保障戦略」の改定や、防衛力整備の指針となる「防衛計画の大綱」などの見直しも進めているが、政府の方針は20年9月末にも示される見通しだ。
はたして東アジアを取り巻く急速なミサイルの脅威の高まりに対して、どのような方針を示すのか。また、極超音速ミサイル対策はもちろん、「相手領域内で弾道ミサイル等を阻止する能力」についてもどう対応するのか、注目される。
バナー写真:2019年10月1日、中国建国70周年記念の軍事パレードで披露された極超音速兵器DF-17(新華社/共同イメージズ「新華社」)