コロナ禍に学ぶ、新しい社会『New Normal』

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コロナ禍の収束がいまだ見込めない中、世界は「グリーン・リカバリー(緑の回復)」や「ビルド・バック・ベター(より良い復興)」と呼ばれる新たな経済・社会の在り方を模索し始めている。元の世界へ戻るオールド・ノーマルでなく、新しい社会ニュー・ノーマルをどのように目指していくのか。環境政策の専門家、京都大学名誉教授の松下和夫氏が、コロナ後の社会を読み解く。

コロナ禍の教訓

新型コロナウイルスは、各国で多くの人命と健康を奪い、経済に深刻な打撃を与え、私たちの生活を激変させた。すでに感染者は世界で1千万、そして死者は50万人を超えている(2020年7月5日現在)。

健康と安全な生活は、健全な地球環境によって支えられている。ところが、経済活動のグローバリゼーションによって加速される気候危機や森林破壊が生態系を混乱させ、未知のウイルスが発生・まん延し、感染症のリスクを高めている。2000年以降だけでも、SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)、そして新型コロナウイルスと、3度も感染症が世界に広がっている。これら感染症は、過度な開発や気候変動などによって自然環境が破壊され、人と野生動物の接触の仕方が変わったことで誕生したと考えられている。さらに、グローバル化によって人や物が高速で移動することにより、世界中に瞬く間に感染が広まった。 

また、大気汚染と新型コロナウイルスとは密接な関係があり、粒子状物質(PM2.5)などの大気汚染物質に長期間さらされた人は、新型コロナウイルスによる死亡率が高くなるという米国での研究結果も出されている。 

このように、新型コロナウイルス感染症拡大は、自然の喪失の危機、人間の生存の危機、そしてこれらの危機に対して社会と政府の準備ができていなかったことなどの複合的な危機がもたらした状況であり、それらの危機が不平等と格差によって増幅している。 

コロナ危機は、科学の知見に基づき正確にリスクを把握し、それに備えることの重要性を示した。他方、科学が伝えるところによれば、気候変動がもたらす被害は、コロナ危機の被害よりはるかに甚大かつ長期に及ぶ。これを防ぐため、今回の危機に学び、脱炭素社会への早期移行が必要だ。ところが、コロナ禍により気候変動問題への取り組みが後回しにされることも危惧されている。新型コロナウイルスと気候変動問題はいずれも人類の生存に関わり、国際社会が協調して取り組むべき重要問題なのだ。 

感染症などの専門家は、現在の世界における経済体制の在り方に根本的な原因があるため、新型コロナの問題が収束したとしても、次々と新しい感染症が生じる可能性が高いと指摘している。長期的な視点からパンデミック(世界的大流行)が起こりにくく、同時に気候変動の危機を回避できるような経済や社会の在り方を模索していく必要がある。

望まれる「緑の復興」

新型コロナの問題が広がる中で、世界的に二酸化炭素(CO2)排出量などが減少し、大気汚染も改善した。これを一時的な現象で終わらせるのではなく、以前よりも持続可能な経済体制につくり変えようという議論が、国連や欧州などで進んでいる。「グリーン・リカバリー(緑の回復)」や「ビルド・バック・ベター(より良い復興)」などと呼ばれるものだ。国連事務総長や国際エネルギー機関(IEA)事務局長、そしてグローバル企業の最高経営責任者(CEO)をはじめとする各界のリーダーは、「目指すべきは原状回復ではなく、より強靭(きょうじん)で持続可能な“より良い状態”への回復である」と訴え、経済対策を脱炭素社会の実現に向けた契機とすべきだと提言している。欧州連合(EU)は新型コロナウイルスによる景気後退にもかかわらず、「欧州グリーンディール」(経済や生産・消費活動を地球と調和させ、人々のために機能させることで、温室効果ガス排出量の削減に努める一方、雇用創出とイノベーションを促進する成長戦略)を堅持し、着実に推進することを明らかにしている。

現在、各国政府はコロナ危機からの回復に向け、所得補償や休業補償などの緊急対応策の実施と並行し、中長期的な経済対策の検討を進めている。コロナ禍不況から回復を目指す経済対策規模は歴史的にも最大級で、その内容が今後の社会構造に大きく影響を与える。そのため「コロナ禍不況から緑の復興(グリーン・リカバリー)へ」との機運が世界的に高まっているのだ。

そもそも気候変動対策は、持続可能なエネルギーへの転換、エネルギー効率改善、資源効率改善、物的消費に依存しないライフスタイルへの転換など、より質の高い暮らしにつながり、人々の幸福に貢献する経済システムへの転換を目指すものだ。

気候変動対策としての財政出動は、持続可能なインフラの整備、新技術の開発など、将来への投資として捉えられ、より大きな経済的リターンが期待できる。しかし復興策が、化石燃料集約型産業や航空業界への支援、あるいは建設事業の拡大といった従来型の経済刺激策にとどまってしまうならば、短期的に経済は回復しても、長期的な脱炭素社会への転換や構造変化は望めない。従って新型コロナウイルスによる経済不況からの脱却を意図した長期的経済復興策は、同時に脱炭素社会への移行と転換の実現に寄与するものでなくてはならない。「昔と同じ元の世界へ戻る(Old Normal)」ではなく、「新たな社会(New Normal)」への移行が必要だ。

熊本大雨被害  球磨川が氾濫し水に漬かった熊本県人吉市の市街地=2020年7月4日午前11時50分(共同通信社ヘリから)(共同)
記録的な熊本の大雨被害。球磨川が氾濫し水に漬かった熊本県人吉市の市街地=2020年7月4日 (共同)

コロナ禍後の「新たな社会(New Normal)」とは

EUグリーンディールで注目すべき点は、単に環境のために経済活動を規制するという発想ではなく、環境対策をすることで、地域の気候変動や感染症などへの耐久性を高め、持続可能でより質の高い経済発展を目指すとしていることだ。コロナ禍が起きても、この流れは止まるどころか進化しようとしている。

今回は新型コロナにより、既存の経済システムを停止せざるを得なくなった。壊れた組織を直す際に、単に元に戻すのではなく新しく作り直すチャンスと捉えるのが「グリーン・リカバリー」だ。このチャンスに、お金と資源と人材を地域で循環させて、できるだけ自立して安定した暮らしを実現することを目指している。今後、グローバル化については、一定の歯止めも必要となってくるだろう。

新型コロナウイルス対策により経済の停滞・縮小が起きたが、一方で対策を通じて新たに起こった、在宅勤務、時差通勤、遠隔会議などの経済活動・日常生活の変化は、環境負荷の少ない経済活動・ライフスタイル・ワークスタイルの導入につながる面もある。また、一部の都市では自転車利用の拡大が進み、自転者道整備の機運が高まっている。さらに農産物などの食料をできるだけ地域の生産者と連携して地産地消と地域自立を目指す動きも広がっている。

このように、地域にある資源を活用してより多くの雇用を地域で創出し、質の高い暮らしと人々の幸福に貢献する経済システムへの転換が必要だ。できるだけ新しい技術を生かしながら、モノやサービスの利用に伴うライフサイクルにわたる省エネ・省資源化を図る自立・分散型の地域社会(地域循環共生圏)づくりが重要なのだ。

一方、個別の日本企業には、頑張っているところもたくさんある。例えば自社の電力を100%再生可能エネルギーにすると宣言する「RE100」に加盟する企業も増え、世界全体の235社中34社が日本企業だ(2020年6月6日現在、リコー、サントリー、イオン、花王、ソニー、富士フイルム、日本電気、オリックスなど)。しかし、国としての方向性が明確に示されないと、日本企業が国際社会のリーダーシップをとれない。日本政府はパリ協定に基づく温室効果ガス削減目標の強化(2030年までに40〜45%削減、2050年までに炭素中立(※1))、国内での石炭火力新設中止、海外の石炭火力に対する公的資金支援の停止、再生可能エネルギー普及の加速を行うべきだ。

コロナ禍からの教訓を踏まえ、石油や石炭などの化石燃料を使わない脱炭素で持続可能な社会への速やかな移行を進めることが日本および世界の目指すべき方向だ。この移行は、経済、社会、技術、制度、ライフスタイルを含む社会システム全体を、炭素中立で持続可能なかたちに転換することを意味する。それが、民主主義的でオープンなプロセスを経て着実に進められなければならないのは言うまでもない。

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(※1) ^ 一連の人為的活動を行った際に、排出される二酸化炭素と吸収される二酸化炭素が同じ量である、という概念。

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