「効率の追求」から「快適さの追求」へ ワーケーションが示唆するポスト・コロナのオフィス
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新たなオフィスの潮流「ワーケーション」
「効率の追求」から「快適さの追求」へ。コロナ禍で日本企業のオフィスのあり方が変わろうとしている。
変化を象徴するキーワードは「ワーケーション」だ。ワーク(仕事)とバケーション(休暇)を組み合わせたアメリカ生まれの造語で、風光明媚(めいび)なリゾート地に滞在し、現地での生活や観光を楽しみながら働くことを意味する。2000年以降、アメリカのIT企業を中心に始まった働き方が今、日本でも新たな潮流になりつつある。
三重県は今年5月、伊勢志摩国立公園など県内の観光地にインターネット環境を整備したワーケーションの拠点を開設すると発表した。廃校になった校舎や古民家などをオフィスとして使えるようにして、今秋から首都圏の企業を中心に誘致する。
そこでの働き方はこんなイメージだ。平日は広いオフィスで担当業務をこなしたり、社内のウェブ会議に参加したり、チームメンバーと空気のきれいな戸外で打ち合わせをしたりする。休日には家族や恋人とともに観光地を回ったり、山登りやキャンプなどのアクティビティーを楽しんだりする。
滞在は休日を挟んだ数日間でもいいし、プロジェクトが終了するまでの数週間でもいい。宿泊施設やオフィスを転々としながら、地域を巡りつつ働くことも可能だ。三重県では来年度には大阪や愛知の企業にも対象を広げ、年間約100件の受け入れを目指すという。
コロナ禍で広がるテレワークが新たなオフィス需要を創出
他の自治体に先駆けてワーケーションの誘致に乗り出していた和歌山県でも、新たな取り組みが始まった。今年2月、阪急阪神東宝グループで不動産開発を手がけるオーエスが南紀白浜(白浜町)で施設の整備に着手し、官民一体の動きが本格化しているのだ。
施設には複数のオフィスを設け、入居企業の社員に美しい風景を満喫してもらうため、屋上に海が見えるテラスを作るという。
白浜町では三菱地所が昨年、町の施設を借りてワーケーションの誘致を始めており、2019年度にはNTTコミュニケーションズなど3社が契約した。新たな施設の開設で、南紀白浜で働く社員は今後さらに増えるに違いない。
自治体や企業がワーケーションに力を入れ始めたのは、コロナ禍が普及を後押しすると見ているからだ。
市中での感染リスクが高まった今年3月以降、在宅勤務などのテレワークを導入する企業が急増した。7都府県に緊急事態宣言が発出された4月、NTTデータ経営研究所が全国のホワイトカラー約1200人を対象に調査したところ、テレワークに取り組む企業は39.1%と、1月の調査(18.4%)の2倍超に達した。
テレワークが新常態になれば、勤務地の選択肢は広がり、風光明媚なリゾート地で働きたいニーズが一気に顕在化する、というわけだ。
「社員のコミュニケーション不足」もオンラインで解消できる
ワーケーションは単に勤務地を多様化するだけにとどまらず、日本企業のオフィスのあり方を大きく変える可能性を秘めている。そこには日本企業のオフィスに欠けていた重要な要素があるからだ。
コロナ禍以前、日本企業がオフィスのあり方を決める上で最も重視してきた尺度は「効率」だった。社員を定時に出社させ、間仕切りのない部屋で一緒に働かせたのは、上司が部下を管理したり、社員同士が意思を伝え合ったりするのに都合がよかったからだ。
本社機能を東京に集中させたのも、企業や官公庁が軒を接していれば、営業や陳情などの訪問を効率的にこなせるからだ。
その代償として社員は満員電車での長時間の「痛勤」や、1人当たり6平方メートル(2坪弱)程度と言われる狭いオフィスでの「三密勤務」を強いられてきた。
しかしコロナ禍をきっかけに「集中」によって得た「効率」はテレワークでも実現できるとわかってきた。それどころかテレワークの効率性に気づき、コロナ終息後もこれを継続するという企業さえ出てきている。
日立製作所は5月下旬、国内社員の約7割に当たる約2万3000人を対象に「コロナ終息後も在宅勤務を標準とし、出社は週2日から3日にとどめる」と発表した。社員1人1人の職務を明確にし、勤務時間ではなく、成果で評価する人事制度を導入すれば、働きぶりが見えない在宅勤務でも生産性は落ちないとの判断だ。
それだけではない。「新たな発想を生んだり、社員同士の連携を円滑にしたりする社員同士の交流が減ってしまう」という、これまで指摘されてきたテレワークの弱点も、工夫次第で乗り越えられる可能性が見えてきた。
GMOインターネットグループは5月下旬、拠点ごとに順次導入していた在宅勤務を制度化し、週1日から3日の在宅勤務を原則とする方針を打ち出した。6月下旬からグループ各社で始め、コロナ終息後も継続する。その際、懸念されたのは社員同士の雑談などインフォーマル(非公式的)なコミュニケーションの減少だったが、それは杞憂(きゆう)だったという。
オンラインでのランチ会など社員同士の交流の場が自然に生まれたのだ。GMOは今後、社員による自発的な交流をさらに支援していく方針だ。
「オフィスはどうあるべきか?」再考を迫られる企業
テレワークの広がりは「効率的に働く」を追求したオフィスのあり方に再考を迫っている。企業は「オフィスとはどうあるべきか?」を再定義しなければならなくなってきたのだ。
では「効率」に変わる要素とは何なのか? 2000年代以降、アメリカのIT企業がいち早く着目し、今、日本企業が意識し始めているのは「快適さ」の追求だ。
人は環境への満足度や幸福度が高いほど生産性が上がり、良い発想が生まれるという。アメリカでの実証研究ではそれを示す事例がいくつも確認されている。日本でも日立製作所の研究チームが電話対応を行うコールセンターのスタッフたちの「幸福度」と製品の「受注率」には正の相関関係があること、つまり「幸福度」が上がれば「受注率」も上がることを実証した。
リゾート地に滞在し、現地での生活や観光を楽しみながら働くワーケーションは、「快適さ」によって社員の満足度、幸福度を上げようという試みに他ならない。導入した企業が画期的な新製品や新サービスを開発するなどの成果を上げ、1994年以来、先進7カ国中で最下位を続けている日本のホワイトカラーの生産性(時間当たりの売上高)が少しでも高まれば、「効率」から「快適さ」への変化には加速度がつくに違いない。
ワーケーションだけではなく、スポーツやレクリエーション施設、映画館などの文化施設を備えたオフィスも次々に生まれるだろう。
ぜひそうなってほしいと思う。コロナ終息後のオフィスの姿は、日本企業の未来を示しているのだから。
バナー写真:オフィスでもソーシャルディスタンスの確保を求められることで、ワーキングスタイルの変革が迫られている(PIXTA)