コロナの夏を乗り切れ!技術の粋を集めた匠たちの「夏マスク」
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寒河江から新たなニット文化を発信
「和紙で作ったマスクと聞くと、硬そうなイメージを持たれる方が多いかもしれません。でも、われわれの衣料用和紙糸はそうしたイメージを覆す品質に仕上がっています」。山形県寒河江市の紡績・ニット会社「佐藤繊維」の4代目社長、佐藤正樹さんは、こう言って胸を張った。
雪深い山形県では、昔は冬場に養蚕が行われていた。明治に入ると、国策として毛織物業が推進され、やがて紡績・ニット産業が花開く。全盛期400あった工場は、価格競争で中国やベトナムに敗れて20まで減ったが、「寒河江から世界に向け、今まで誰も考えつかなかった斬新なニットを発信したい」と意欲を燃やし続けているのが佐藤さんだ。
高品質かつ独創性に富む佐藤さんの糸は、世界の高級ブランドからも高く評価され、指名買いされている。『抗菌 洗える和紙ニットマスク』もそうした佐藤さんの「こだわり」から生まれた。今年1月、マスクの需給がひっ迫していることを知るや、「われわれの得意とするニットで、高機能の家庭用マスクを作ろう」と立ち上がった。
市販されている洗えるマスクは、大半が綿素材。吸水性がいい半面、乾きづらく雑菌が繁殖しやすい。これから暑くなることを考え、通気性と速乾性がある和紙に着目した。
「ただ、従来の和紙糸の場合、紙を細長く裁断(スリット)してから、撚(よ)って糸にするので硬さを感じてしまう。そこで肌触りを良くするため、紙をスリット状にした後、撚らずにクシャクシャにし、ポリエステルと撚り合わせて柔らかくした」
本マスクでは1m2で12gという極薄の和紙を採用。ニットウエアをつくる無縫製編み機を使い、顔を包み込むように立体加工を施す。こうして完成した和紙マスクは、家庭用洗濯機でのテストで、300回程度洗っても型崩れしないことが実証された。
佐藤さんには、今回のコロナ禍で開眼したことがある。それは、日本のニット産業が持つ将来性だ。「マスク文化は、日本だからこそ作れる新しい文化。それを和紙という日本の伝統素材を用いて、欧米の技術をリメイクした製造技術で編み出した。マスクの他にも、日本ならではの文化を見出し、新たな需要をゼロから掘り起こしていきたい」
古都の家内制手工業が生み出す「美肌マスク」
一方、耳掛けのひもまで100%シルクの家庭用マスク『フェアリーシルクマスク』を開発し、敏感肌の女性を中心に人気を博しているのが、京都市伏見区の京都シルク化工だ。
独特の光沢と滑らかな質感を持ち、古来より衣類の材料として珍重されてきた絹。美肌効果があるとされるのは、蚕が体内で作り出すタンパク質を主成分としているため。夏涼しく、冬は暖かい触感も特徴だ。
「京都の舞妓さんが古くなった着物の切れ端で肌を磨き、“あか抜け”していくという話をヒントに1985年、日本で初めて絹のタオルを考案したのが弊社の始まり。当時まだシルクはとても高級品で、もったいないと言われました」と語るのは、専務取締役の吉田千惠さん。
創業以来、看板商品の『シルク洗顔パフ』をはじめ、絹の持つ自然の力を最大限生かした商品づくりに専念。世界遺産・醍醐寺から徒歩10分にある工房の広さは30坪。5人の職人が一つ一つ丁寧に作り上げる、まさに京都伝統の家内制手工業だ。
「以前、就寝時の喉の乾燥を防ぐナイトマスクを製造していたことがあり、『コロナで毎日不織布マスクをつけるようになって肌荒れに悩まされていたのが、シルクマスクを下に重ねることで改善しました!』とお客様から喜ばれたのが、さらに高機能のマスクを開発するきっかけでした」
天然水を使った反応染から生まれたデニムマスク
「岡山デニム」と呼ばれるほど同県産のデニムは有名だ。古くから藍染織物の産地として知られた井原地区(井原市周辺)と児島地区(倉敷市)には、世界トップクラスの品質を誇るデニム生地の工場、ジーンズの縫製・加工工場が集積している。その井原地区で『洗えるデニムマスク』をリリースし、ジーニスト(ジーパン愛用者)以外からも注文が殺到しているのが、1961年創業の青木被服だ。
「通常、デニムは色落ちを楽しむものですが、マスクはその逆。できる限り色落ちしにくいデニムの開発に努めました」と話すのは、専務取締役兼デザイナーの青木俊樹さん。30回ほど洗っても新品に近い状態を保つという。
3月中旬、取引先の銀行の支店長から「デニム生地で洗えるマスクを作ってみては」と提案され、開発に着手した。デニムの中でも軽く、通気性に優れる薄手のデニムシャツ(シャンブレーシャツ)用の生地を使用。最初は立体型(三角帽子型)の設計だったが、プリーツ型に変更した。プリーツ型は立体型と比べ工程数がはるかに多く、デニム素材で仕上げるには高度の縫製技術が求められる。だが、妥協せずに究極のマスクを作りたかった。
井原デニムの特徴は、生地のきめ細やかさと色合いの滑らかさ。マスクにもそれが生かされている。上品な質感の秘密は、糸の段階から染料を浸透させ、色合いを保持する「反応染め」。染色用の水は、小田川上流の天然水だ。「染色後も工場から排出される水は厳しい環境基準に守られ、井原の野菜や米の栽培に利用された後、川に戻ります。持続可能な仕組みで作られたサスティナブル(持続可能)なデニムマスクです」
“Qちゃん”の足元を支えた技術が息づく
新型コロナウイルスは日本経済を直撃し、アパレル業界もレナウンが経営破綻するなど屋台骨が揺らいでいる。極めて厳しい状況の中、一筋の光と言えるのは、それまで生地を供給するだけだった地場企業が、製品を作って直接消費者に売る楽しさに気づいたことだ。その好例が福井県鯖江市に本社を構える八田経編(たてあみ)である。
世界でも数少ない高密度のダブルラッセル編機で緻密に編み上げる八田経編の技術は、業界でも評価が高い。シドニー五輪女子マラソンで日本人史上初の金メダルに輝いた高橋尚子、続くアテネ五輪で日本人連覇を達成した野口みずき、両選手のシューズのメッシュ素材は同社が手掛けたものだ。
こうしたトップランナー向けシューズ用や高機能裏地のスポーツ素材、自動車用シート材など幅広い分野において経編の可能性を追求し続けてきた。『イーナマスク』は1949年の創業以来、黒子に徹してきた同社が、これまで培ってきた経編技術を製品という形で、直接消費者に届ける初のブランド商品となった。
「コロナ前から、消費者に何かを売りたいという構想が社内にあり、会社の存続を懸けて何かできないか、と考えを巡らせた時、社員向けに作って好評だったマスクが目に留まった。立ち止まる時間はなかった」と開発責任者(営業部)の佐保頌子さんは振り返る。
撚糸から縫製まで完全「メイド・イン・福井」。しっかりとした厚み(1.7mm)とハリ感が口元とマスクの間に適度な空間を生み、呼吸や会話がしやすいのが特徴だ。さらに通気性を高めた真夏用マスクを開発中で、6月末ごろにリリース予定という。
生産拠点は廃校の体育館
能登半島中部に位置する石川県中能登町。廃校になった旧越路小学校の体育館の館内に、軽快なミシンの音が響き渡る。ソーシャルディスタンスが確保された作業場には、20台のミシンが配置され、丸井織物の社員約40人が生地を切り、アイロンをかけ、ゴムを通した『ひんやり夏用マスク』の袋詰めに精を出している。
合繊織物でトップシェアを占める丸井織物だが、八田経編同様、これまで製品を作って売った経験はなかった。「中国にも工場がある関係で1月には感染状況を把握し、夏には熱中症対策のマスクが必要になると判断した」と同社経営企画室の岡島彩さん。初動の速さが功を奏した。
月産5000枚の予定が、4月前半にホームページで売り出すや、1カ月も経たずに2万枚の注文が押し寄せ、土日もフル稼働。売り上げは当初予想の5倍に達した。気象庁の長期予報によると、今夏の平均気温は東・西日本とも高いとあって目下、冷感度をさらに高めたマスクの開発を急いでいる。
商品名 | 会社 | 価格(税込) | 電話番号 |
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抗菌 洗える和紙ニットマスク | 佐藤繊維 | 1枚2970円 | 0237・86・3134 |
フェアリーシルクマスク | 京都シルク化工 | 1枚2750円 | 0120・469・041 |
洗えるデニムマスク | 青木被服 | 1万4300円(10枚セット) | 0866・ 62・1105 |
イーナマスク | 八田経編 | 1枚1088円 | 0776・73・1291 |
ひんやり夏用マスク | 丸井織物 | 1枚1980円 | 0120・86・4321 |
バナー写真:「洗えるデニムマスク」の製造光景、デニム生地の裁断以外は、すべて手作業だ=青木被服提供