新型コロナウイルス-パンデミックと米中関係

国際・海外

天児 慧 【Profile】

新型コロナウイルスの世界的流行(パンデミック)は、国際関係にも大きなインパクトを与えた。両大国である米国と中国は共に傷を負いながら、対立はさらに深まっている。新しい世界秩序の姿は、米国の一国覇権から、米中のG2、あるいはG0へ向かうのだろうか。

「中国方式」の優位性をPR

3、4月にかけて米国が国内問題に集中しているうちに、 中国は国内経済再建にとどまらず、全世界を射程に入れてコロナ問題解決のための支援を積極的に展開し始め、さらにはコロナを克服したとして「中国モデル」「中国方式」の優位性を世界に PR しているのである。このような情報戦は、完全に内向きになっている米国のリーダーシップに比べて立場的にはかなり効果的である。これは明らかに戦略的な発想に基づくもので、コロナパンデミックが収束しさまざまな分野での再建が始まる時点で、中国が先んじてイニシアチブを持って世界への影響力を拡大しようとする意図は明確である。さらには聞くところによると、深圳〜広州一帯のハイテク産業地域では、上からの指示によって経済活動の再開が急がれている。

三重苦+コロナに直面する中国

しかし中国のコロナ感染後の経済復興の状態を見てみると、決して楽観は許されない 。中国の1〜3月経済統計によれば、GDPで前年同期比マイナス6.8%と、初めての落ち込みを見せ、さらには国有企業に比べて、民間企業及び外資系企業の生産の減少はかなり深刻である。その上欧米をはじめ世界各国は、依然としてコロナ騒動の渦中にあり社会が停滞している。中国がいくら生産再開に踏み切っても、生産したものを輸出するニーズが激減しているということだ。3月27日の共産党中央政治局会議で、習近平国家主席が繰り返し強調したことは積極的な「内需の拡大」であった。このことはこれまでのような輸出拡大による経済成長の推進という考え方を修正しつつあると読める。

中国は専門家の間でよく言われるように「三重苦」(民間企業の低迷、不良債権の累積、米中経済対決)に苛まれてきたが、加えてコロナ騒動である。コロナウイルス感染はまだ各地で再発の可能性を残しており、予断は許されない。その意味で中国経済が V 字型に回復するといった見方はあまりにも楽観的すぎる。

中国人は「危機をチャンスに」とよく言うが、最近もそのような言い方がなされ、さらに「中国方式によるコロナ対策を」といった景気のいい言葉が氾濫し、あたかも「中国成功物語」 が真実かのような錯覚に陥る。確かに近視眼的に見れば、中国が巧みにそれを押さえ込み、体制を立て直したという見方もあながち間違いではない。そして、このような状況を前提として「米中関係の逆転」という予測がなされるようにもなってきた。しかし他方で、中国自身の経済、社会も大打撃を受けて厳しい局面に置かれており、建て直しには相当の時間がかかることを強調する専門家も少なくない。

中国発のパンデミックというハンディ

さらに認識しておかねばならないことは、中国は世界に対して打ち消すことができない厳しいハンディを背負っている事実である。まずこのパンデミックが中国発であり、大量の中国の人およびモノの移動によって一挙に世界規模に拡散してしまった。特にイタリア、スペイン、英国、フランスなどヨーロッパ諸国は積極的に中国の投資を受け入れ、「一帯一路」戦略に参入したのだが、今回のパンデミックによる大打撃が中国への不信感を募らせることとなったのではないか。仮に中国が支援を行おうとも、事態が一旦収束に向かうならば、これらの国々が中国流の経済発展、とりわけ「一帯一路」戦略に対して以前と同様に積極的に受け入れるだろうか。はるかに懐疑的になり、単純に「中国回帰」ということにはならないだろう。そして中国に依存した経済の復興への強い警戒感、見直しがなされることは間違いない。華為(ファーウェイ)など中国のハイテク技術の導入に対してもおそらくブレーキがかかっていくことだろう。

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早稲田大学名誉教授。同大学現代中国研究所顧問。専門は現代中国論、アジア国際関係論。1947年、岡山県生まれ。一橋大学社会学研究科で博士号取得。琉球大学助教授、共立女子大学国際文化学部教授、青山学院大学国際政治経済学部教授、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授などを歴任した。

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