新型コロナウイルス-パンデミックと米中関係

国際・海外

新型コロナウイルスの世界的流行(パンデミック)は、国際関係にも大きなインパクトを与えた。両大国である米国と中国は共に傷を負いながら、対立はさらに深まっている。新しい世界秩序の姿は、米国の一国覇権から、米中のG2、あるいはG0へ向かうのだろうか。

米国に深刻な打撃

今日の世界では主要な問題に関してはほとんどが「米中関係」に収斂(しゅうれん)していく傾向がある。台湾問題、香港問題、北東アジアの安全保障問題など然り(しかり)である。今回のコロナ騒動でも例外ではなかった。

昨年の中国は米中貿易対立の他に、大量の不良債権問題、 民間企業の低迷問題などによって経済的な不況を余儀なくされた。 昨年暮れから今年春にかけての中国での新型コロナウイルス感染の急速な広がりによって、経済停滞は一段と加速し、中国ベースの世界経済の展開は完全に壁にぶつかったと思われた。しかしながら 他方で4月に入り、米中の二つの動きが顕著になり米中の関係および世界情勢の見通しが再度不透明になってきた。

第一はコロナウイルスの感染が一挙に世界的規模に広がり、とりわけ米国における感染拡大はあっという間に進み、世界最大規模の被災国になったことである。米国自身の経済社会面、国際関係などでの深刻な打撃は免れなくなった。

第二には中国の感染がピークを越え、生産再開の宣言を出し、経済再建に動き始め、さらには世界各地のコロナ感染被害に対して積極的な支援活動に取り組み始めたことである。

まず、第一の点から見ておこう。コロナウイルス感染は世界でも約393万人(2020年5月9日現在)を超える広がりを見せているが(死者は約27万人)、米国は1/3近くの約128万人の割合を占めるまでになっている。

そのためおそらくパンデミックが収束の段階になっていったとしても、米国の経済復興は時間のかかることになるだろう。その上この間のトランプ大統領の発言でも分かるように、世界のリーダーとしての自覚は程遠く、アメリカ・ファーストの対応に終始している。他方、中国の方も、昨年12月の時点で「初動」が遅れ、国内のみならず世界へのウイルス感染拡大を引き起こす原因となった。しかし、その後武漢でコロナ対策の病院建設を約10日間で完成させるほどに急ピッチで対策を進め、3月に入りほぼ沈静化に成功したと公言するまでになった。

「中国方式」の優位性をPR

3、4月にかけて米国が国内問題に集中しているうちに、 中国は国内経済再建にとどまらず、全世界を射程に入れてコロナ問題解決のための支援を積極的に展開し始め、さらにはコロナを克服したとして「中国モデル」「中国方式」の優位性を世界に PR しているのである。このような情報戦は、完全に内向きになっている米国のリーダーシップに比べて立場的にはかなり効果的である。これは明らかに戦略的な発想に基づくもので、コロナパンデミックが収束しさまざまな分野での再建が始まる時点で、中国が先んじてイニシアチブを持って世界への影響力を拡大しようとする意図は明確である。さらには聞くところによると、深圳〜広州一帯のハイテク産業地域では、上からの指示によって経済活動の再開が急がれている。

三重苦+コロナに直面する中国

しかし中国のコロナ感染後の経済復興の状態を見てみると、決して楽観は許されない 。中国の1〜3月経済統計によれば、GDPで前年同期比マイナス6.8%と、初めての落ち込みを見せ、さらには国有企業に比べて、民間企業及び外資系企業の生産の減少はかなり深刻である。その上欧米をはじめ世界各国は、依然としてコロナ騒動の渦中にあり社会が停滞している。中国がいくら生産再開に踏み切っても、生産したものを輸出するニーズが激減しているということだ。3月27日の共産党中央政治局会議で、習近平国家主席が繰り返し強調したことは積極的な「内需の拡大」であった。このことはこれまでのような輸出拡大による経済成長の推進という考え方を修正しつつあると読める。

中国は専門家の間でよく言われるように「三重苦」(民間企業の低迷、不良債権の累積、米中経済対決)に苛まれてきたが、加えてコロナ騒動である。コロナウイルス感染はまだ各地で再発の可能性を残しており、予断は許されない。その意味で中国経済が V 字型に回復するといった見方はあまりにも楽観的すぎる。

中国人は「危機をチャンスに」とよく言うが、最近もそのような言い方がなされ、さらに「中国方式によるコロナ対策を」といった景気のいい言葉が氾濫し、あたかも「中国成功物語」 が真実かのような錯覚に陥る。確かに近視眼的に見れば、中国が巧みにそれを押さえ込み、体制を立て直したという見方もあながち間違いではない。そして、このような状況を前提として「米中関係の逆転」という予測がなされるようにもなってきた。しかし他方で、中国自身の経済、社会も大打撃を受けて厳しい局面に置かれており、建て直しには相当の時間がかかることを強調する専門家も少なくない。

中国発のパンデミックというハンディ

さらに認識しておかねばならないことは、中国は世界に対して打ち消すことができない厳しいハンディを背負っている事実である。まずこのパンデミックが中国発であり、大量の中国の人およびモノの移動によって一挙に世界規模に拡散してしまった。特にイタリア、スペイン、英国、フランスなどヨーロッパ諸国は積極的に中国の投資を受け入れ、「一帯一路」戦略に参入したのだが、今回のパンデミックによる大打撃が中国への不信感を募らせることとなったのではないか。仮に中国が支援を行おうとも、事態が一旦収束に向かうならば、これらの国々が中国流の経済発展、とりわけ「一帯一路」戦略に対して以前と同様に積極的に受け入れるだろうか。はるかに懐疑的になり、単純に「中国回帰」ということにはならないだろう。そして中国に依存した経済の復興への強い警戒感、見直しがなされることは間違いない。華為(ファーウェイ)など中国のハイテク技術の導入に対してもおそらくブレーキがかかっていくことだろう。

非難応酬の米中

最後に コロナパンデミック後の米中関係につい見ておく。本来二つの超大国は協力-補完しあって世界的な困難に立ち向かうべきだが、双方は一段と不信感を募り批判の応酬に明け暮れている。とりわけ、(1)発生源をめぐって米国軍が持ち込んだとする中国外交官の説と、それに対する米国高官からの痛烈な反撃。続いて米国当局から、発生源を武漢ウイルス研究所でのコロナの漏えいであると発言し、中国当局は猛反発。さらに(2)WHO(世界保健機関)のテドロス事務局長の中国に配慮した発言をトランプ大統領が批判し拠出金停止を宣言し、これに対してテドロス事務局長は米国政府に反論するなど、国際的な指導体制が全く混乱してしまったことである。欧米諸国の大混乱に加えて、アフリカ・中東におけるコロナパンデミックの進行を考えるなら、世界は極めて無秩序な方向に向かっている。米政治学者イアン・ブレマーは、ここ数年来るべき未来の国際社会を一国覇権でもG2でもないG0の時代と予言してきたが、現状ではまさにG0状況の出現と言うべきであろう。

こうした米中の対立は第二の点とも関連するが、世界のイニシアチブ争い、新しい秩序形成にも影を落としている。2008年12月、世界がリーマンショックに揺れ動いている最中、当時の党中央政治局常務委員李長春は「コミュニケーションの能力によって影響力が決まる。コミュニケーション能力の高い国の文化と価値観が世界を席巻し、その大きな影響力を発揮するのだ」と語っていた(『北京コンセンサス』[ステファン・ハルパー著、園田茂人、加茂具樹訳、2011年、岩波書店])。以後米中は相手への諜報工作、サイバー攻撃を含め熾烈(しれつ)な情報戦争を展開してきた。ハイテク超大国化を狙った「中国2025」計画を巡り、米国は強い警戒感もあらわにし、華為やテンセントに激しい攻撃を仕掛けた。そしてまた今回の新型コロナ騒動でも情報戦は激しく、昨年末には米側諜報部門は、コロナ問題でかなり深部に食い込んだ情報を得ていたと言われる(『朝日新聞』2020.4.12)。

これからの世界は経済低迷が一段と厳しくなっていくことは疑いない。それ故、今は各国ともこれまで以上に救いの手を欲していると思われるが、差し出す手がすなわち=中国では、より多くの国が躊躇(ちゅうちょ)するだろう。もっとも、ヨーロッパの経済再建で、中国拒否、米国傾斜とは言い切れない。日本でさえ、中国の影響力拡大への警戒心は高まっているが、経済再建を全面的な米国依存で進めることは不可能である。とりわけ今回の新型コロナ騒動で中国からの原材料、中間財の輸入がストップしてしまった。完成品輸出に重きを置く日本の製造業は中国抜きにして将来を考えることは不可能であろう。さらにはこれからの有望産業として期待されていた観光業も、中国からの来日がストップで大打撃を受けている。

過去と異なる未来像

ではこれからの世界をどのように見通せばいいのか。米中が何らかの形で手を携え、協調もしくは協力する関係を構築するのは無理なのであろうか。もちろん両国とも全面的な対決は避けるという意向は強い。何よりも世界の GDP の 約40%を占め、両国とも最大の貿易相手国同士という現実は、自らの経済復興、再浮上において欠かすことのできない国となる。その意味ではある程度の協調関係が復活される可能性はある。

しかし2013年に習近平国家主席が提唱したような「21世紀の新しい創造的な大国関係」の構築はほぼ不可能であろう。中国は強い意志を持って米国にチャレンジし続けるだろう。他方米国も、米中関係を「ツキディデスの罠」に例えた米政治学者グレアム・アリソンの主張に見られるように、挑戦者としての中国を強く警戒し、これまで築いてきた世界のリーダーとしての地位を懸命に堅持しようとするだろう。この抗争は経済のみならず軍事安全保障、さらには政治体制のあり方をめぐって一段と鮮明化していくのではないだろうか。安易な予測が許されるとするならば、それはこれから、20~30年は続くのではないか。

もっとも、今回の新型コロナパンデミックの世界的なインパクトを真剣に再考するならば、コロナは容易に国境を越えた。環境汚染もすでに国境を越えている。国境を強化することに躍起になっているのは人間だけかもしれない。米中の関係からだけでなく、もう少し異なった観点から世界の未来を想像し、異なった選択肢を志向しても良いかもしれない。

バナー写真=新型コロナウイルスによる肺炎拡大で、中国武漢から帰国した米国人らが2週間の隔離措置を終え、記者会見を行う米国疾病対策センター(CDC)の関係者ら(AP / アフロ)

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