新型コロナでテレワーク拡大:働き方改革でセクハラ・パワハラからの脱却を
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ハラスメント不祥事は組織の危機
2020年3月、人気ブランド「アースミュージック&エコロジー」などを展開するアパレル業界大手、ストライプインターナショナルの創業者・社長の石川康治氏が、「世間を騒がせた」ことの責任を取って辞任した。同社の複数の女性社員に対してLINEでデートやホテルに誘うなどのセクハラ行為をしたと報じられたことが原因だ。ストライプは2018年石川氏のセクハラ疑惑に関する「査問委員会」を開催していたが、ハラスメント行為は認めず、石川氏への「厳重注意」のみにとどめていた。「男女共同参画会議」の委員を務め、女性登用にも積極的だった有名企業トップによる不祥事と同社のハラスメント対応に、ブランドイメージは大きなダメージを受けた。
「同社は長時間労働で『ブラック企業大賞』を受賞したこともありましたが、労働環境を改善して見事にブラックから脱したと高い評価を得ていました」とジャーナリストの白河桃子氏は言う。「第2のユニクロといわれていた急成長企業の創業者・CEOがセクハラ問題で辞任したことにショックを受けて、気を引き締めた経営者も多いのではないでしょうか」
ハラスメントはもはや「個人の問題」として片づけるべきではなく、企業イメージの低下や組織のリスクマネジメントの一環として取り組むべき問題になったのだ。
財務事務次官のセクハラ辞任を契機に
2018年4月、日本におけるセクハラ問題の「分岐点」となる事件が起きた。『週刊新潮』が福田純一財務事務次官のテレビ朝日女性記者へのセクハラ事件を報じたことから、事務次官は事実上更迭された。
白河氏は言う。「財務省は記者会見で『セクハラ行為があったとの判断に至った』と発表し、セクハラ被害は人権侵害であると認めて謝罪しました。それまでは、仕事ができる人がハラスメントをした場合、有能だからと見逃されることが多かった。それが一転して、ハラッサー(=ハラスメントをする人)は有能でも組織にリスクをもたらす有害な人材として組織から出されることになると、この事案によって初めて公に示されたのです」
同年5月、女性ジャーナリストたちが「メディアで働く女性ネットワーク」を発足、多くのメンバーがセクハラを受けてきた現状が浮かび上がった。「女性記者たちの多くは、『職場や取材先でのセクハラを処理できてこそ一人前』と思っていたといいます。そのことが後輩記者たちの被害を生んでいるという反省の念に突き動かされ、“#MeToo”の連帯が生まれました。当時の野田聖子総務大臣・女性活躍担当大臣は彼女たちの声を直接聞きたいと希望し、私が仲介役となって女性記者、経営者たちとの非公式の協議の場を設けました」
その後野田氏のイニシアチブで、新たに中央省庁の課長級以上にセクハラ研修の受講を義務付けて意識改革を図ることなどを中心にした「セクハラ緊急対策」がまとまった。さらに、セクハラ、パワハラに関する法改正の動きも加速した。
白河氏は数々の取材を通じて、セクハラがある場には必ずパワハラがあることを実感した。「男性はパワハラ、女性はセクハラにあっている職場が多い。そもそも日本にはハラスメント行為自体を禁じる法規定がありませんでした。男女雇用機会均等法では、事業主に防止措置が義務付けられていますが、セクハラ自体がいけないとは明記していなかった。パワハラに関しては、措置義務さえなかったのです」
2019年5月、国内では初のパワハラ防止法が国会で成立。パワハラ防止の取り組みを企業に初めて義務付けた。男女雇用機会均等法、女性活躍推進法もハラスメント対策強化の方向で改正された。パワハラ、セクハラ、マタニティーハラスメントは行ってはならないと明記した上で、ハラスメントの被害を相談した労働者の解雇など不当な取り扱いを禁止し、自社の労働者が他社の労働者にセクハラを行った場合の協力なども定めた。相談窓口設置などのパワハラ対策が、2020年6月から大企業、22年4月中小企業で義務化される。
企業風土は変わるのか
ハラスメントに関する法整備は一歩進んだが、罰則規定はなく、企業に「ハラスメント指針」を作ることまでは義務化されていない。これでハラスメントを生む企業風土は変わるのだろうか。
「ハラスメント全般に対して、加害者を異動させるなどすでに厳しい対応を取っている企業もあります。概して外資系グローバル企業は人権問題に敏感なので、ハラスメントを行えば懲戒免職になり得るという条件で入社させるところも多い。ある企業では、ニューヨーク証券取引所上場企業の基準に準拠して、『お疲れさま』と女性の肩に手を置く行為も懲戒処分に相当すると決めているそうです。一方、ここまで詳細なハラスメント指針を持つ日本企業はまだ少ないのが現状です」
ハラスメント対策を徹底するには、まず会社の経営トップが組織内のハラスメント撲滅をはっきりと宣言することだ。「例えばコンサルティング会社のアクセンチュアでは、社長のイニシアチブで働き方改革の一環としてハラスメント防止に取り組んでいます。社内で相談するとどこにつながるか不安で言えないという声が上がったことを受けて相談窓口を社外にも設けたほか、四半期ごとに働き方改革の進捗(しんちょく)を測るためのアンケートを全社員対象に実施、その中に『ハラスメントを許す風土がありますか』とチェックする項目を設けています。調査結果に基づいて、明らかに個人やチームにトラブルがあり、それがハラスメントを含む場合は専門家が深く関与して、改革をするケースもあります」
同質性の高さがハラスメントを生む
共感力がなく、伝統的な男尊女卑の考え方、優越感や独裁的な考え方を持ちやすい人がハラッサーになりやすい。そして「同質性」の高い組織、社会がハラッサーを許容してきたと白河氏は指摘する。
「多様性・女性の活躍推進をうたっても、24時間、365日のコミットメントを求めれば、その働き方ができる人だけが意思決定層に上がり、組織は同質性の塊になってしまう。ハラスメントがあっても対応策が取られない状況になりがちです。男性女性にかかわらず、仕事以外の役割を経験している人が増えることで、組織風土は変わります。例えば、子どもが生まれても仕事だけで父親の役割を果たさない男性は、社会の一面しか見えない。また、子育て両立支援制度(長い育休や時短)を女性だけに手厚くしても、結局家庭では女性に家事育児が偏り、仕事に復帰すると『マミー・トラック』(昇進・昇格から外されるキャリアコース)で差別されます。男女どちらでも子育てに向き合った人たちが意思決定層に入ることで、組織は変わります。ただ、いまは意思決定層に女性を増やすことが重要な局面です。懲戒を決める場に女性が3人以上いれば、セクハラ対応も変わってくるのではないでしょうか」
白河さんは、同質性のリスクは、新聞・放送などのオールド・メディアで顕著だと指摘する。「ビジネスの世界は経済的合理性やグローバルな要請もあるので変わらざるを得ない。一方メディアでは、『24時間報道が基本』と信じて突っ走ってきた同質性の高い男性たちがニュースの価値判断をしています。例えば2016年の『保育園落ちた、日本死ね!』と書かれたブログが話題になって政策課題となった保育園の待機児童問題も、私の知る女性記者たちはその何年も前から記事にしたいと訴えていた。でも、子育て経験のない男性デスクにことごとく却下されたそうです。もっと早く記事にしていれば、政府の施策ももっと進んでいたのではないでしょうか。メディアのニュース判断が偏っていれば、社会・文化風土は変わりません」
新型コロナで働き方のパラダイムシフト
ハラスメントをなくすには、職場の多様性を推し進めて同質性のリスクから脱出すること、そのためには働き方にも多様性を導入することが必須だ。
「長時間労働が是正されない職場にはハラスメントがあります。会社に長時間縛り付けること自体がハラスメントですから。フレックスタイムやフリーアドレス(社員が自由に働く席を選択する職場環境)、あるいはテレワークによってハラスメントから逃れられた人もいるでしょう。顔を合わせなければ、ハラスメントを受けるリスクも減るからです。いま、新型コロナの緊急事態ですが、そのせいで働き方のパラダイムシフトが起きています。強制的なテレワークへの転換により、経験値を増やした人が多くなることは画期的です」
政府は東京五輪・パラリンピックの際の混雑解消を期待してテレワークを推奨したが、「そもそもテレワークは危機管理の一環として広がるものです」と白河氏は言う。「例えば、フランスでも大気汚染がひどかった時に交通制限をしたことで、テレワークが進みました。日本では東日本大震災の際にテレワークを導入した多くの企業が、コロナ危機でも震災時の経験を踏まえて迅速にテレワークを実施しています」。今回初めてテレワーク導入を急ぐ企業も多い。経団連が3月9日に公表した調査では、企業の7割弱が「実施、もしくは実施予定」と回答している。政府の緊急事態宣言で、テレワークへの取り組みは加速するだろう。
「働き方改革は暮らし方改革でもあることが、今回の在宅ワーク一斉推奨で可視化されたのではないでしょうか。父親が子供のことに関わるきっかけにもなるかもしれません」
バナー写真:PIXTA