2つの米中対立:中国の進める国際公共財建設の意味
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国際公共財と覇権
近代以来のグローバル化の基礎的な国際公共財の提供においては、主にイギリスが、そして20世紀半ば以降はアメリカやソ連が大きな役割を果たしてきた。しかし、21世紀に入り、中国がその分野での存在感を増してきている。地球上の、また長期的な観点から見た米中対立の根幹は、まさにこの点にあると筆者は考える。
大英帝国の形成過程で、イギリスは電信用の海底ケーブルを世界各地で敷設し、また航海のための税関システムや検疫制度、そしてロンドンのシティを中心にする決済網や、グローバル通貨としてのポンドなど、ハード、ソフト双方にわたる国際公共財を世界に提供していった。その役割はアメリカに引き継がれ、インターネット・ケーブルやGPSのための衛星システムなどもアメリカが主導的に提供してきた面がある。グローバル・ガバナンスに関わる諸領域も、国際連盟や国際連合に関わる専門家が大きな役割を果たしたとはいえ、基本的に欧米先進国出身者の集団がそれを主導してきた。これらの国際公共財の提供には、多くの財政支出とヒューマンリソースを必要とするが、これらは同時に諸「帝国」の覇権の源泉でもあった。
重要なことは、19世紀から20世紀にかけてこのような国際公共財の提供者は、基本的に西側先進国、少なくともソ連を含めた先進国が担ってきたと言えることだ。そして経済協力開発機構(OECD)や先進7カ国(G7)がリベラル・デモクラシーや、法に基づく秩序を尊重してきただけに、こうした国際公共財は先進国の主導する既存の国際秩序の基盤となってきた。だからこそ、その公共財は既存の秩序の理念の下で運用されてきたのであった。
中国は現在、一面で既存の国際公共財に裏打ちされた秩序の中でアメリカと対峙しつつ(第一の対立)、他方で既存の国際公共財とは異なる国際公共財を新たに建設し始め、全く別の世界を作り出そうとしているのではないか(第二の対立)と筆者は考えている。このような分類で全ての説明がつくわけではないが、一つの観点として記しておきたい。
中国を既存の世界秩序へと誘う試み
中国はこれまで欧米先進国が提供する国際公共財を利用し、既存の秩序のルールに半ば従いながら経済発展してきた。異なる面から見れば、中国はグローバル化の恩恵を受けながら発展してきた、とも言えるだろう。その発展の過程で中国は既存の秩序に敵対せず、また明確に反対したわけではないが、自らの不利益になるものは加わらなかったり、中国に特有の事情(国情)を理由にして、特例とされることを求めたりした。そうした意味で、中国は既存の秩序や公共財のフリーライダーであった。だが、アメリカをはじめとする先進国は中国のこうした姿勢を容認した面がある。アメリカが長らく採用していたエンゲージメント政策は、まさに中国を次第に既存の秩序に組み込んでいくためにレールを引き、そこに誘っていくような政策であった。
しかし、経済発展を成し遂げて世界第2の経済大国に躍進した中国は、アメリカや先進国の思惑通りには動かなかった、と言えるだろう。2016年にはアメリカを中心とする安全保障や西側の価値観を批判し、全面的にではないにしても、既存の世界秩序にはくみさないことを明言し、自らが新たな国際秩序を生み出すと言いだしたほどである(※1)。17年秋の19回党大会で習近平が改めて提唱した新型国際関係は、先進国が重視するリベラル・デモクラシーなどには依拠しない、経済的利益に基づくウィンウィン関係を基礎にした中国型の国際秩序観を示したものであり、一帯一路はその実験場とされたのだった。
中国の仕掛ける国際公共財のデカップリング
中国が世界第2位の経済大国、第3位の軍事大国へと躍進し、既存の秩序に挑戦しようとしているとはいっても、その挑戦は国連、あるいは世界貿易機関(WTO)、世界銀行、国際通貨基金(IMF)などにおける中国の存在が大きくなるという、いわば既存の秩序空間での中国の役割、存在の変容だけを指すのではない。むしろ深刻で重大なのは、中国が新たな国際公共財の提供者となって、独自のネットワークを構築しようとしている、ということだ。いわば、国際公共財のデカップリングを中国がアメリカなどの先進国に対して仕掛けているということである。具体的には以下の通りである。
第1に、携帯端末のGPS機能などさまざまな位置情報に直結している衛星網である。江沢民政権期末期から胡錦濤政権期に進められた衛星「北斗」の打ち上げによって、2012年からシステムが実用化された。そして18年12月末には全世界向けにサービスを開始した。新型肺炎が流行した中でもこの計画は継続され、20年3月9日に西昌衛星発射センターから54基目となる北斗システム測位衛星が打ち上げられた。その数は西側先進国による衛星全体にも匹敵するほどになってきており、例えば日本を含む東アジアの空では中国の衛星が最も多いとされる。19年6月の第10回中国衛星測位年次総会での報告によれば、中国の携帯端末の7割は北斗を使用しているという。その北斗に対応した中国製の携帯端末は中国国内だけでなく、一帯一路空間、そして世界へと広がっている。
第2に、海底ケーブルである。インターネットに活用される海底ケーブルはグローバル化の極めて重要な基盤である。電信からインターネットへと至る海底ケーブル網は、当初イギリスにより、その後フランスなどの欧州諸国、そしてアメリカなどが関与し、大容量通信を可能とするに至った。中国は、とりわけ習近平政権になってからこの海底ケーブル敷設への意欲を見せはじめた。特にチャイナ・ユニコム(中国聯合網絡通信)が主導する国際プロジェクトAsia-Africa-Europe 1は、アジア、アフリカ、欧州を結ぶケーブル敷設の国際プロジェクトであり、中国の海底ケーブルへの関心と意欲を如実に示す代表的な例だ。この他にも、17年には華為海洋網絡(ファーウェイ・マリン・ネットワークス)がアフリカと南アメリカ間の海底ケーブルの敷設に乗り出した(※2)。日本周辺でも、14年8月にKDDIが中国電信などと日米間海底光通信ケーブル FASTER の共同建設・投資に関する協定を締結している。目下、中国企業による海底ケーブル網が世界を覆っているわけではない。だが、中国は一面で先進国と共同し、既存の公共財の補強強化を行いつつ、他面で単独でその敷設を進めている。
これらの新たな国際公共財網に加え、中国製の携帯端末の普及、拡大もある。華為、小米、Oppoなどの携帯端末のシェアはサムソン、アップルに次いで、世界第3位から5位を占める。これらの携帯端末は、中国の提供するインフラにもひも付けられたものであり、また同時に新たに開発される5G対応にもなっていて、技術面での優位性も一定程度あるものだ。
「中国の空間」形成のもたらす衝撃?
これらの国際公共財や端末の形成、拡大が果たして中国の思惑通りになるのかどうか、現段階では、依然未知数だ。だが、新型肺炎で中国経済が大きな打撃を受けようとも、これらの国家プロジェクトへの資源の傾斜配分は継続されるだろう。
他方、アメリカや他の先進国はこの中国発のデカップリングの問題に気づいており、フェイスブック、グーグルと鵬博士電信伝媒集団股份(Dr. Peng Telecom&Media Group)が進めてきた太平洋横断型のケーブル敷設計画であるパシフィック・ライト・ケーブル・ネットワーク(Pacific Light Cable Network, PLCN)計画について、米司法省が許認可を与えない可能性が出ている。この鵬博士電信が、中国有数の通信プロバイダであることが問題なのであろう。また、オーストラリアも、パプアニューギニアの海底ケーブル網を中国が敷設したことを警戒し、またいったん華為が請け負ったソロモン諸島-シドニー間の敷設計画を白紙に戻させ、オーストラリア政府が敷設するとしたのだった。
このように中国が建設を進める国際公共財や端末が警戒されるのは、中国単独で敷設したものであればその圏内のものを外から見られず、合弁であれば情報が中国側によって傍受されたり、サイバー攻撃を受けたりするのではないかという懸念もあるからだろう。また、もう一つの問題は、中国の建設する国際公共財や端末の使用、運用方法が先進国のそれとは異なっている、ということなのだろう。中国の敷設する国際公共財の空間では、プライバシーよりも「国家の安全」が重視されたり、またアリペイを経由した送金網が形成されたりしている。またデジタル人民元が普及するなどして、銀行を通じた海外送金制度やドルによる決済網それ自体が挑戦を受けることも考えられる。新型肺炎への対処方法についても、中国は自らの対策の有効性を訴え、諸外国への支援を申し出ている。それもまた中国の国際公共財に基づく、中国モデルの輸出につながるのか否か、継続的な考察が必要となろう。
バナー写真:2018年11月19日の、中国版GPS「北斗」を搭載したロケット打ち上げ=中国四川省の西昌衛星発射センター(新華社/アフロ)
(※1) ^ 川島真「習近平政権の国際秩序観–国際政治は国際連合重視、国際経済は自由主義擁護−」(SSDP安全保障・外交政策研究会ウェブサイト、2019年11月)参照。
(※2) ^ 華為海洋網絡(ファーウェイ・マリン・ネットワークス)は、華為とイギリスのグローバル・マリン・システムズとの合弁会社。華為は2019年6月にアメリカの禁輸措置を受け、この企業の51%の株式を、同じく海底ケーブル関連のグローバル企業である江蘇亨通(Hengtong)光電に売却した。