新型コロナ騒動から考える日本人の「ヘルスリテラシー」

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新型コロナウイルスを巡って情報が氾濫する中で、医療・健康情報の信頼性を評価し、自分で判断するスキルが問われている。「ヘルスリテラシー」を推進する中山和弘・聖路加国際大学教授に話を聞いた。

中山 和弘 NAKAYAMA Kazuhiro

聖路加国際大学教授。専門は保健医療社会学、看護情報学。博士(保健学)。市民・患者・医療者は正しい情報に基づいた意思決定ができているか、医療現場で患者中心の適切な支援がなされているかなどが調査研究のテーマ。毎日新聞でコラム「健康を決める力」を連載中。

デマの拡散と偏った情報発信

「新型ウイルスは熱に弱いので、お湯を飲むといい」「漢方薬が予防に効果がある」「納豆やヨーグルトを食べると免疫力が高まる」から「厚労省がマスク不足に対応し、日の丸を冠したマスクを生産」まで、ネットやソーシャルメディア(SNS)では科学的根拠のない予防法やフェイクニュースを含むさまざまな情報が飛び交っている。

感染の拡大とともに海外でもデマは拡散され、正しい情報発信の強化や、情報の信頼性を見極めるスキルが問われている。特に日本では、「新型コロナ発生以前から、米国の疾病対策センター (CDC) に相当する機関がないことや国民に分かりやすく健康情報を伝える公的機関が不十分なこともあり、正しい医療情報が入手しにくいと言われていました」と中山和弘教授は指摘する。

日本で初の患者が報告された1月16日以降、メディアの情報発信の方向性にも疑問を感じたと言う。「厚労省が比較的早い段階で、こまめに手洗いをすることが効果的など、日常で実践できる情報をツイッターで発信したことは評価できます。一方、メディアでは増え続ける感染者、死亡者の数字だけが大きく報道されてきた。情報は意思決定のために提供するものです。リスク情報は対処できるならリスクを減らせますが、対処できないなら単なるストレスになってしまう。同様に、トイレットペーパーがどこでも売り切れだと伝えれば、消費者に “いま買わなくては” という気持ちにさせるだけ。リスク・コミュニケーションがよく分かっていないと思いました。新型コロナでは退院した人たちもがいるのだから、感染者・死亡者数だけではなく、そちらの数字も平行して発信して、偏らない情報を出していくことが大事です。また専門用語ではなく、一般に分かる言葉で伝えることが不可欠ですね」

情報評価のポイントは「か・ち・も・な・い」

偏った情報やデマに踊らされずに自分で判断、行動するためには、日頃から「ヘルスリテラシー」(健康に関するさまざまな情報を入手し、理解し、評価して活用=意思決定する能力)を高めておく必要がある。日本人のヘルスリテラシーは他の国と比べて高いのか、低いのか。中山教授は2014年、ヨーロッパで開発された一般人対象のヘルスリテラシーの尺度を使い、日本との比較調査をした。この調査では、健康情報の「入手」「理解」「評価」「活用」の4つの能力を「ヘルスケア(病気や症状のあるとき、医療の利用場面など)」「疾病予防(予防接種や検診受診、疾病予防行動など)」「ヘルスプロモーション(生活環境を評価したり健康のための活動に参加するなど)」の3領域で測定する。47の質問項目を使い、20〜69歳の日本人1054人に調査を実施し、ドイツ、オランダ、スペインなど欧州8カ国の調査結果と比較した。

例えば、ヘルスケア情報の入手に関して、「気になる病気の治療に関する情報を見つけるのは」という問いに対し、「とても簡単」「やや簡単」「やや難しい」「とても難しい」という選択肢で答える形式だ。調査の結果、「難しい」(「やや難しい」+「とても難しい」)と回答した日本人の割合は、全項目で欧州8カ国の平均の割合を上回った。中でも、インターネットなどのメディアから得た病気に関する情報が信頼できるかを判断するのは「難しい」と回答したのは、欧州平均の49.7%に対して日本は73.2%だった。 

もちろん、平時の調査であるため、いまの「パンデミック」状況下で調査すれば欧州の結果も違ってくるかもしれない。だが、日頃ネット情報に頼りながらも、信頼性を判断するのは難しいと思っている日本人が多い傾向は分かるという。

中山教授は、集めた情報が信頼できるかどうかを見極めるための5つのポイントをキーワード「か・ち・も・な・い」で覚えることを推奨する。

  • いた人はだれですか?=信頼できる専門家か。インターネットの匿名情報に注意
  • がう情報と比べましたか?=他の情報は違うことを伝えているかもしれない
  • とネタ(根拠)は何ですか=根拠がなければ、個人の意見や感想かもしれない
  • んのために書かれたものですか?=ただの宣伝かもしれない
  • つの情報ですか?=情報が古くなっているかもしれない 

こうした確認のないまま情報がSNSなどで共有されていくので、間違いやデマがあっというまに拡散されてしまう。「とネタ(根拠)」としてリンクを張れるのが利点なのに、リンクがなかったり、あっても見ないまま拡散される。

信頼できる総合サイトがない

日本には医療・健康情報を市民に分かりやすく発信するヘルスコミュニーションの専門家がいないと中山教授は指摘する。「健康情報をどう伝えるかには国際的に研究の蓄積があり、例えば米国では体系的に医療分野のコミュニケーションの専門家を育成しています。でも、日本にはそうした育成システムがない。新型コロナに関しても、感染症の専門家と生活者の間をうまく橋渡しするヘルスコミュニケーションの専門家がいないので、情報が分かりやすく伝わりません」

また、分かりやすく信頼できる健康情報を市民向けに提供する総合的なサイトも不足している。例えば、米国立衛生研究所(NIH)の下部組織である国立医学図書館(NLM)が一般向けに開設したMedline Plusは総合的な情報を提供し、アルファベット順に分かりやすく解説する「Medical Encyclopedia」(医学百科事典)のセクションもある。情報源としてCDCや米食品医薬品局(FDA)などの国立機関や代表的学会にリンクを張っている。さらに専門的な情報が欲しいなら、NLMが運営するPubMedというサイトで世界各国の論文を無料で検索できる(日本語の論文の多くは検索対象外)。日本には健康科学・医学系の論文を無料で検索できるサイトもない。

いま、世界保健機関(WHO)のサイトでは新型コロナに関する情報発信に注力している。だが国連公用6カ国語の運用のため、日本語のセクションはない。そんな中で、日本では専門家が「個人の責任」で一般に分かりやすい言葉で情報を総合的に伝える動きもある。3月16日、京都大学の山中伸弥教授が新型コロナウイルスに関する情報サイトを開設、あくまでも「個人の責任で行っており、京都大学やiPS細胞研究所は関与しておりません」と記している。サイトではコロナウイルスの特徴を分かりやすく解説し、関連論文やデータ、これまでの報道にリンクを張っている。また、「今後の対策のため、早急に証拠(エビデンス)の収集が必要な事項」「証拠があり、正しい可能性が高い」「正しい可能性があるが、さらなる証拠が必要」「正しいかもしれないが、証拠が不十分」「証拠が乏しい」など、関連情報をその時点での信頼性の高さによって分類して紹介している。「多くの専門家が、現状を見かねて個人で情報発信してくれることは大変貴重です」と中山教授は言う。「しかし、そうせざるを得ない状況がずっと続くのは問題だとも発信してもらいたい」

意思決定のスキル

ヘルスリテラシーが高いとは、正しい情報を入手して最終的に自分の健康に関わる意思決定ができるということだ。「日本人は欲しい答えだけを探す傾向があります。選択肢を比較して考える思考力がないと、いくら正しい健康情報があっても選べません。意思決定ができないということは、自分の価値観が明らかになりにくく、自分らしい生き方を見いだしにくいということ。ヘルスリテラシー向上のためには、子どもの頃から健康教育を行い、自分の価値観で健康やライフスタイルを決めることを学ぶ必要があります」 

医療現場では患者の意思決定への支援が必須だが、現時点では十分に行われていないと中山教授は指摘する。「日本では、専門的判断は医者任せという傾向が強かった。医者も自分たちが決定するものだと思っていました。本来は患者中心の医療、すなわち患者が情報に基づいて自分の価値観に合った意思決定ができる医療を目指すべきです。そのためには、治療に関する意思決定を支援するための選択肢を提示し、それぞれの長所、短所を中立的に説明する必要があります。医者の説明が難しくて患者が理解できない場合、看護職が支援できなくてはならない。現状では看護師はまだ意思決定支援のスキルを学んでいる途上だと思います」

欧米では国際基準に基づき患者を支援する「意思決定ガイド」(Decision aids)が作られている。中山教授は日本でも活用できるものを、いくつもの共同研究によって開発中だ。例えば乳がん手術で乳房を温存するか残すかなど、本当に難しい決断をしなければならないときに、それぞれの選択肢の長所・短所を数値化していく(優先度をつける)仕組みだ。意思決定のプロセスを可視化することで、本人が納得する意思決定を支援し、周囲もその人の価値観を共有すれば、その後の医療ケアでも患者の価値観を尊重できる。

「それぞれが情報を得た上で自分の価値観に基づいて意思決定し、そのプロセスを“見える化”して共有することはヘルスリテラシーだけでなく、民主主義社会として理想的な姿です」と中山教授は言う。「いまは新型コロナ流行の異常事態ですが、さまざまな感染症とは今後も長い付き合いですし、私たちは慢性疾患の時代を生きています。長いスパンの意思決定を他の人たちにも見える形で共有すれば、社会に役立つ。多くの患者がブログを始めるのも、自分の記録を広く共有することで、同じ問題を抱える人たちを助けたいからです。SNS も本来は助け合いのための情報共有ツールとして活用するものです。答えを与えるためではなく、選択肢を示すための情報提供と、自分の価値観に基づいた意思決定を目指して、情報を出す側も受け取る側も変わらなければなりません。その意味で、いま日本は岐路に立っていると言えます」  

(参考サイト)「ヘルスリテラシー 健康を決める力

バナー写真:下校前に手を消毒する小学校の児童=2020年2月大阪市内(時事)

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