足元の教育が危ない―大学入試改革よりも公教育の立て直しを

社会 教育

政府が推し進めていた大学入試改革が土壇場で頓挫した。「入試を変えれば教育が変わる」という発想自体が間違いだと批判する教育社会学者に、混迷する入試改革の背景と教育現場が直面する危機について聞いた。

中村 高康  NAKAMURA Takayasu

東京大学大学院教授。専門は教育社会学。1967年生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。博士。著書に『暴走する能力主義』(ちくま新書、2018年)ほか。

入試を変えれば教育が変わるという幻想

特に英語入試改革の動きで浮き彫りになったのは、小中高教育への波及効果を期待する政府、産業界の思惑だった。だが「入試を変えれば、それに呼応して受験対策も変わる。例えば入試でスピーキング能力を測ろうとすれば、受験スピーキングのコツなどをうたう動きが必ず出てきます」と中村氏は指摘する。「それは本来の “使える英語” でしょうか? 結局当初の思惑とはかけ離れてしまう可能性が高い」

「考える会」ではセンター試験を当面は継続することを訴えているが、センター試験のマークシート式の限界は認識している。「現状では教員の数や分野が限られているため、個別の大学入試問題をうまく作れない大学が多い。だからこそセンター試験をうまく活用する一方で、推薦やAO(Admission Office)入試など別建てのルートを維持する必要があります」

推薦やAO入試(=高等学校における成績や小論文、面接などの総合的評価に基づき入学の可否を判断する方法)は一部の生徒—例えば、一発勝負の試験では緊張してしまう生徒や「進路多様校」(=進学者が少ない学校)の生徒—に大学進学のチャンスを提供している。

実際、文科省によれば、2018年度の大学入学者のうち、AO・推薦経由は過去最高の45.2%、私立大では半数以上を占める。また、難関大学の入試では、高学力の競争になるため、そもそも単なる知識の詰め込みでは歯が立たない。すでに現状が知識の暗記・再生に偏っているとは言えない状況なのだ。

そもそも、中教審答申がうたった「高大接続改革」の下で本来目指すべきなのは入試改革ではなく、「教育によって丁寧に個々の状況に応じて高校を大学につなぐ」ことだと中村氏は指摘する。

「いまでも、AOや推薦で入学が決まった生徒が高校在学中に補習を受けたり、大学の学習にうまくつながるような課題を与えられたりするケースもあります。AOで入学してそれなりに頑張って卒業したいと思っていた学生でも、仮に入試でスピーキング能力を測ると決めれば、進学を諦める子だっているでしょう。可能性の芽を摘むことになりかねない。受験生に大きな負荷をかける入試改革をするのではなく、もっと教育的なサポートを行うべきです」

義務教育が危ない

大学入試改革に翻弄(ほんろう)されるよりも、政府は教育現場で何が起きているかを把握して対策を講じるべきだと中村氏は強く言う。

「今は正規の教員が足りない状況で、非正規の教員が増えています。病気で休職中の担任の補充ができずに1学期間その状態が続いたとか、先生がいなくて成績がつけられないなどの事例があります。実際、都内のある小学校でも学級崩壊が起こり、担任の先生が辞めてしまった後の補充ができない。臨時の先生もすぐ辞めてしまい、副校長が授業してもうまくいかなかった。その状態が続き、隣のクラスにも波及して学年全体が混乱を深めることになりました。教育委員会や校長に先生の補充を要請しても、教員の数が足りないからできないと言う。全国的に、義務教育が機能していない深刻な状況があちこちで生まれています」

一方、子どもの数が減少していることから、政府は教師の数を増やすどころか減らしたいというのが本音だ。「こんな状況で教育改革を進めようとしても、現場にそんなキャパシティーはない。教員数を増やさなければ、教育システムの土台が危ないという事態を認識すべきです」

2020年4月からは小学校で英語が必修化される。「いままで英語を教えていなかった教師に英語を突然教えさせる無謀なシステム。実施するなら海外研修の予算や専任の英語教師を用意する、あるいは中学校の英語の先生に十分な手当を付けて小学校で教えてもらうなど、しっかりとした方策を立てるべきでしょう。しかし片手間の研修程度は実施しても、お金のかかることは一切しない。このまま教員になりたい人が減っていけば、質の問題も出てきます」

一方、長時間労働が問題となっている公立校教員の働き方改革の一環として、19年12月に改正給特法(改正教職員給与特別法)が成立した。繁忙期の勤務時間の上限を増やす代わりに、夏休みなどの間に休日のまとめ取りを可能にする。

中村氏は嘆く。「現場の先生から厳しい批判があります。夏休み中の勤務時間を短くすることで調整ができるような状況ではないというのです。もしそうであれば、これも他の改革と同じ。結局、改革全体の方向性が現実離れしているのです」

バナー写真:大学入試センター試験の会場に向かう受験生ら=2019年1月19日、東京都文京区の東京大学(時事)

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