「INF後の世界」と日米同盟:中国抑止に向け具体的な議論を

政治・外交

2019年8月2日、中距離核戦力全廃条約(INF条約)が正式に失効した。核兵器による攻撃を受けた経験を持つ日本では、同条約の失効は「トランプ米大統領の暴走」「米ロ核軍拡の再来」といったような見方で報じられている。しかし、「INF後の世界(Post-INF world)」をめぐる問題は、中国との「戦略的競争」という文脈の中で捉える必要がある。

発展し続ける中国の中距離ミサイル戦力

米政府は、INF条約からの脱退を決断した理由として、ロシアの条約不履行を挙げている。それは事実であるが、その背景に中国要因があることは否定できない。この問題に深く関与する米政府高官は、筆者に対し「中国の接近阻止・領域拒否(A2/AD)環境に対応し、海空アセットの役割を補完するためには、ロシアが条約を守っていない中、米国だけが条約に留まり続けるメリットを見出すのは難しかった」と述べた。

2017年4月、ハリス太平洋軍司令官(現・駐韓大使)が「中国は2000発以上の弾道ミサイル・巡航ミサイルを有しており、そのうち95%はINF条約加盟国であれば条約違反に相当する」と連邦議会で証言しているように、中国は米ロがINF条約に縛られている間に、中距離ミサイル戦力の拡充を続けてきた。注目すべきはその数量だけではない。10月1日に行われた建国70周年軍事パレードに華々しく登場した“グアムキラー”と称される「東風26」(DF-26)や、極超音速滑空ミサイル「東風17」(DF-17)は、いずれも射程1000〜4000kmの短中距離ミサイルだが、対艦攻撃能力や極超音速滑空能力などの新技術が他国に先駆けて採用されていると見られている。

すなわち、中国にとって中距離ミサイルとは、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発に必要な技術的通過点なのではなく、それ自体の精密打撃能力をもって西太平洋地域での米軍の活動を阻害する、A2/AD能力の中核的要素と位置付けられているのである。

具体化する米国の中距離ミサイル計画

条約失効を受け、米国防省は地上配備型の中距離ミサイル計画を具体化しつつある。巡航ミサイルに関しては、8月18日にトマホークを地上に設置した垂直発射基から撃ち出す試験を実施した。このほか、空中および水上発射型対艦巡航ミサイルとして開発されているLRASMを地上配備型に改修することも検討されている。

弾道ミサイルに関しては、米陸軍が射程499kmの新型戦術ロケットシステムとして開発してきた精密打撃ミサイル(PrSM)を700km程度にまで延伸することが考えられているほか、11月にはかつて廃棄したパーシング2に類似したIRBMの試験を行うことが予定されている。

配備にかかる期間としては、既存の巡航ミサイルを地上配備型に転用するだけであれば試験から18カ月以内に配備が可能とされるが、パーシング2のような弾道ミサイルを開発・配備する場合にはミサイル本体に加えて移動発射台の生産等の事情も勘案して、少なくとも5年程度の期間が必要と見積もられている。

またこれ以外にも、米陸軍は2023年にLong Range Hypersonic Weapon(LRHW)と呼ばれる中距離の極超音速滑空ミサイルを試験する予定であり、これと新型の弾道ミサイルとで発射台やブースターとなる固体ロケットモーターを共用化することも考えられるかもしれない。

西太平洋地域への配備:目的・手段・課題

米国が上記のような中距離ミサイルを配備する場合、射程の性質上、米本土から離れた場所への前方展開が前提となる。西太平洋地域に展開する場合、その目的は(1)戦力投射能力の最適化による航空機・艦艇の運用柔軟化、(2)常続展開による中国への情報収集・警戒監視・偵察活動(ISR)・防空上のコスト賦課、(3)分散化された航空基地に対する制圧能力の補完、(4)海上封鎖能力の補完、(5)同盟国・パートナー国への安心供与、(6)軍備管理のための交渉材料――などがある。

ただし、これらを達成するのに最適な兵器システムの能力、数量、配備方式は必ずしも同じではない。したがって、実行には米国だけでなく、同盟国(受け入れ国)の脅威認識や他の軍事アセットとの連携、内政などを考慮した上で、具体的な議論を深めなければならない。

まず大前提として巡航ミサイルにせよ弾道ミサイルにせよ、それらを500km以上遠方から発射する場合、移動発射台などの目標(time-sensitive targets)を撃破することは困難であろう。巡航ミサイルは命中精度が高い一方、目標に到達するまでに時間がかかり、弾道ミサイルは弾着までの時間が速いものの、発射後に目標が移動してしまった場合は着弾点を再指定できないからである。こうした運用上の制約を踏まえると、米国と同盟国とが検討すべき方策はおのずと絞り込まれてくる。

例えば、南西諸島防衛や台湾有事のようなハイエンド・シナリオでは、人民解放軍は米軍の戦力投射能力と自衛隊の支援能力を低下させるため、緒戦においてサイバー・宇宙・電磁波領域での妨害に加えて、各種ミサイルによる波状攻撃を仕掛けてくることが予想される。

具体的には、防御が難しい弾道ミサイルの連射によって沖縄や本州、グアムの滑走路や港湾施設を攻撃し、より精度の高い地上・空中・海洋発射型の巡航ミサイルを織り交ぜた飽和攻撃によって防空レーダーや基地に留まったままの戦闘機・艦艇などを一定程度無力化し、ミサイル防衛能力にも損耗を強いる。こうして日米の航空作戦・防空能力を低下させた後、航空戦力を投入して第一列島線周辺の航空・海上優勢を確保しつつ、米軍の来援を阻止するというシナリオである。

こうしたシナリオが現実になるのを防ぐには、どのような方策が有効だろうか。専守防衛下(=有事は常に中国側の奇襲で始まる)において、既に2000発近い短中距離ミサイルと500基を超える移動発射台を有するロケット軍のミサイル本体を攻撃し、減殺することは不可能に近い。他方、人民解放軍が第一列島線周辺での航空・海上優勢を獲得するためには、わが方をミサイルで攻撃するだけでは不十分であり、最終的に航空戦力を投入して、常続的に海空域でのプレゼンスを維持しなければならない(この点、損傷した滑走路や代替飛行場での離着陸が可能な短距離離陸・垂直着陸戦闘機F-35Bを一定数導入することは、[それをいずも型護衛艦から運用するかはさておき]中国の計算を複雑化させるという点で適切である)。

つまり、たとえ日米の航空作戦能力に損害が出るとしても、同時に中国の航空作戦能力にも損害を与えることができれば、中国側が航空・海上優勢を確保することもまた困難となる。そしてエスカレーションの先に勝機が見えなければ、中国にとって先制攻撃を仕掛けることの合理性が薄れ、武力行使を決断する閾値(threshold)は高まるはずである。

したがって、日米が第1に追求すべきは中国の航空作戦能力を低下させるための拒否的抑止力として、策源地攻撃用の巡航ミサイルと中距離弾道ミサイルとの最適混合を模索することである。巡航ミサイルオプションは、(1)配備までの時間短縮(18カ月以内)、(2)高い命中精度、(3)弾道ミサイルに比べて低コスト、(4)海洋・空中発射型など組み合わせた多方位・同期・飽和攻撃が比較的容易――といったメリットがある。飛行速度の遅さや1発あたりの打撃力に制限があることを考慮すると、比較的防御の薄い地上に露出しているレーダーや燃料備蓄などを目標として射程750~1000km程度の地上発射巡航ミサイル(GLCM)を南西諸島に一定数、前方展開することが選択肢となる。

一方、弾道ミサイルオプションは、(1)決心から弾着までの迅速性、(2)防空システムに対する高い突破力、(3)速い終末速度と高角度攻撃を活かした高い打撃力、(4)地上配備型であることを活かした長射程化・弾頭重量の増加、(5)極超音速滑空ミサイルなど他のシステムに比べて開発が容易――といったメリットがある。こうした弾道ミサイルの特性は、巡航ミサイルの弱点を補い、少量で相手のセンサーや指揮統制システム、滑走路、弾薬庫などの重要な固定目標への長距離精密打撃(long-range sniping)を可能とするだろう。

射程2000kmの弾道ミサイルの場合、弾着までに要する時間は約13分、射程5000kmでも30分以内に留まる。したがって、射程750~2000km以内の準中距離弾道ミサイル(MRBM)は南西諸島以外にも、九州を含む本州、東南アジアに配備可能である。またより重いペイロードを用いる5000km級の中距離弾道ミサイル(IRBM)は、補給や再装填に要する時間も考慮すれば、グアムの他、アリューシャン列島(シェミア空軍基地)やオーストラリア北部(ティンダル空軍基地)、インド洋(ディエゴ・ガルシア基地)など中国のA2/AD圏の外側に配備する方が効果的である。

第2は、東南アジアから南西諸島、九州に至るラインに、長射程の地対艦巡航ミサイルを分散配備することだ。これは、既に陸上自衛隊が奄美大島に配備し、宮古島や石垣島でも導入を進めている12式地対艦ミサイルが果たしている役割を、日米の地上部隊が拡大・延伸するというものである。

陸自のみならず、米陸軍や海兵隊が射程750km超の移動式対艦ミサイルを機動展開できるようになれば、巡航ミサイルや艦載機を有する中国艦艇の動きに一定の制約を課すことが可能となる。地上配備型中距離ミサイルの活用によって、人民解放軍の活動を制限すれば、その分中国側の攻撃ミサイルの発射回数を相対的に減らすことができ、ミサイル防衛による迎撃効率を引き上げることも期待できる。

政治的に持続可能な配備・運用方式、軍備管理における日本の役割

もっとも、上記の方策を実現にあたっては、兵器のハード面だけでなく、運用や指揮統制、政治的リスクなどのソフト面の課題を克服することも不可欠だ。

第1に、中国の航空基地ネットワークは40カ所以上に分散されており、これらに有効な打撃を与えるためには600発以上の戦術弾道ミサイルが必要になるとの計算もある。そのため、中国の継戦意思を削ぎ、エスカレーションを抑止するために必要となる打撃力――攻撃目標と発射手段、配備位置、補給に必要となる兵站など――について、日米が共同で脅威分析と統合能力評価を実施した上で、不足している能力ギャップを特定し、どのような役割・任務・能力(RMC)の分担を行うのが最適かを事前に調整することが最も重要である。

第2は、地上配備ミサイルの運用に際して、日米の共同作戦図(COP)を共有し、動的な共同目標選定サイクル(dynamic combined / joint targeting cycle)を確立することである。米国のミサイルを日本に前方展開した場合、日本に対する中国の警戒を高めることは否定できない。このリスクを管理するため、配備されたミサイルをいつ、どのように、どの目標に対して使用するかに関する作戦計画立案とその実行プロセスには、日本が主体的に関与する責任と権利を持つべきである。これには、既に実質的な日米共同体制にあるミサイル防衛の運用事例が参考となる。米軍の作戦に自衛隊が主体的に関与することは、後述する政治的リスクを緩和する意味でも有効であろう。

第3に必要なのは、政治的に持続可能な配備態勢である。ここでの要点は、有事シナリオを想定した上で、攻守双方のバランスの取れた同盟の防衛態勢を構築することにより、結果として中国の武力行使を抑止し、紛争を未然に防止することにある。特に、長期の戦略的競争においては、危機・有事だけでなく、平時においていかに低いコストで相手に高いコストを賦課するかが鍵となる。したがって、地上配備ミサイルをめぐる議論を通じて、日米同盟の管理を危うくするような政治的混乱は避けなければならない。

現在米政府は、検討している中距離ミサイルは通常弾頭に限り、核弾頭の搭載は想定していないと繰り返し述べているが、受け入れ国の反対論をあおって世論の分断を促すため、中国やロシアが意図的に不正確な情報を流してくるリスク(世論戦・情報戦)についても注意が必要である(既に、琉球新報がロシア大統領府関係者の発言を引用する形で、米国の”核搭載可能な”中距離弾道ミサイルを沖縄に大量配備する計画がある、という記事を掲載している=2019年10月3日付=)。

また常続配備に伴う政治的コストを緩和する方策として、これらのミサイルの一部を平時にはグアムや九州に配備しておき、日米共同演習などの機会を通じて、危機時・有事に島しょ部への迅速な機動展開を行う訓練を行うことも一案であろう。

第4に、中距離ミサイルが軍備管理に与える影響について、日本も米国とともに当事者意識を持って考え、議論に参加すべきである。「INF後の世界」で主に議論されているのは、核弾頭を搭載しない通常兵器としての中距離ミサイルであるが、将来日本に配備される、あるいは日本が保有するかもしれない中距離ミサイルが中国の戦略核ミサイルを射程に収めることになれば、それは中国の戦略計算に影響を与えるだけでなく、米国の戦略核の配備上限や、その根拠となっているターゲティング戦略にも影響を与え、ひいては新START後の米ロ間の核軍縮交渉にも影響を与え得る。

INF条約の交渉過程において、日本は欧州配備ミサイルの影響がアジアに波及することの重大性を主張し、条約内容=グローバル・ゼロの決定に少なくない影響を与えた。「INF後の世界」においても日本が当事者性をもって議論に参加していく重要性は、抑止・軍備管理・軍縮いずれの分野においても決して小さくはないはずだ。

バナー写真:北京での建国70周年軍事パレードで中国が初公開した中距離弾道ミサイル「東風17」(DF-17)=2019年10月1日(新華社/アフロ)

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