「伝統」の進化を目指して“科学”に挑む京都老舗料亭の料理人たち

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伝統とは変化を拒絶することではないという信念を持つ京都の老舗料亭の料理人たちは、科学的アプローチで日本料理のさらなる可能性を追求している。日本の食文化を研究する米国人学者が、「日本料理ラボラトリー」の取り組みを紹介する。

変化し続けることで伝統を守る

「食感」をテーマにした際の試食品の数々/提供=龍谷大学
「食感」をテーマにした際の試食品の数々/提供=龍谷大学 

ラボに参加する料理人たちは、変革を否定はしない。事実、下口英樹氏(「平等院表参道 竹林」)は「京料理は革新的である。振り返って見ればクラシックとなる」と述べている。「変革と遊び心は、最初から京料理の一部だった」というのが、その意味するところだ。ラボの他の料理人も、伝統についてはおおむね彼と同様の見方をしている。中村氏は、過去の変革も、ひいては過去との決別も「ひっくるめたものが伝統だ」と言う。自分の料理を時代遅れでつまらないと思われたくないなら、料理人は常に変化を目指すべきだという。

こうした伝統観は、ラボの2015年度シンポジウム向けに下口氏が創作した料理にも表れている。白子をバターと豆乳を原料とするベシャメルソースであえ、「器」に見立てた柚子(ゆず)の皮に入れて供するもので、「日本料理の国境線」という同年のラボのテーマをよく捉えていると評判になった。バターたっぷりのフレンチ風ソースを使うことで日本料理の境界線を広げる一方で、一口ごとに漂う柚子の残り香によって日本料理の領域にとどまっていると評価された。

下口英樹氏(「平等院表参道 竹林」)の試作料理。白子をフレンチ風ソースであえ、ユズの器に入れた
下口英樹氏(「平等院表参道 竹林」)の試作料理。白子をフレンチ風ソースであえ、ユズの器に入れた

公開シンポジウムで提供して好評を博したからには、きっと自店のメニューにも加えただろうと思うかもしれない。しかし数カ月後に下口氏に聞いてみたところ、竹林ではこの料理は出せない、出すとしたらバターをカットするなど大幅に修正しないと無理だという答えだった。単品料理としては評価されたが、バターたっぷりなので懐石フルコースの一品にはなりえない、後に続く料理の微妙な味や風味を堪能できなくなってしまうからだという。「将来の日本料理ならこういうのもありかもしれませんね」と下口氏は付け加えた。

今年、ラボが選んだテーマは「品位」である。つまり、洗練された優雅さ、上品さの追求だ。メンバーの料理人たちは、2020年2月に自分たちの“実験結果” を京都で披露することになっている。どんな試作料理が生まれるか、興味は尽きない。

(原文は英語。バナー写真は「日本料理ラボラトリー」のシンポジウムで試食料理を準備する参加者たち/提供=龍谷大学)

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