警察だけでは防げない―ストーカーを「無害化」するための治療を

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板倉 君枝(ニッポンドットコム) 【Profile】

20年にわたりストーカーたちと向き合ってきたカウンセラーが、「ストーカー規制法」の限界を指摘し、ストーキングはカウンセリングや治療によってやめさせることができると訴える。

小早川 明子 KOBAYAKAWA Akiko

NPO法人「ヒューマニティ」理事長。1959年愛知県生まれ。ストーカー問題、DVなど、あらゆるハラスメント相談に対処している。主な著書に『ストーカー 「普通の人」がなぜ豹変するのか』(中公新書ラクレ、2017年)、『「ストーカー」は何を考えているか』 (新潮新書、2014年)等。

画期的な治療法との出会い

「今まで向き合ってきたストーカーのうち、カウンセリングやセラピーで9割は立ち直らせることができましたが、あと1割の人たちには効かなかった。この1割の人たちが無害になるための方法論を考えなければいけないということが大きな課題でした」

2013年に千葉市にある下総精神医療センターの平井愼二医師と出会い、新たな地平が開けた。平井医師は、自分が開発して同センターで実施している「条件反射制御法」がストーカー治療にも適用できると断言した。薬物乱用や病的賭博、アルコール依存など、行動制御能力の障害によるさまざまな依存症に対する治療法である。13週間の入院中に、一連のステップを踏む “脳トレ” によって「逸脱した反復行為」への欲求を低減させ、行動を制御できるようにしていく。

平井医師から「治します」と最初に言われた時には、小早川さんは半信半疑だった。だが、「ストーキングをやめられない、死ぬしかない」と苦しんでいた20代の女性を試しに入院させたところ、退院した時には相手に対するとらわれがすっきり消えていた。

14年以降、下総精神医療センターと連携し、20名を超える「デンジャー」と「ポイズン」のストーカーたちの入院につなげ、そのほとんどがストーキングから「足抜け」できたと言う。警察、司法との連携が成功した事例では、脅迫罪で起訴されたストーカー男性の弁護士と相談し、平井医師を身元引受人として入院させることを条件に保釈を申請、病院までは警察官も同行した。その後執行猶予付きの判決を受けた男性は、相手に対する固着が消え、新たな生活にかじを切ったと言う。

「今の医療界では、ストーカー=行動制御能力の障害=を精神疾患と見なさず、治療ではなくカウンセリングの領域だとすることが多いのです。加害者も自分は病人じゃないと思ってしまう。精神疾患の一つだという認識を共有する必要があります。その前提で、裁判で治療命令を出すなど、司法制度も変わっていってほしい」

SNSが生み出す新たなタイプのストーカーたち

近年、SNSでやり取りはしたが面識もない相手からストーキングをされているという相談や、中高生のストーカー案件が増えたという。今後、SNSが浸透する学校現場でのストーカー教育が必要だと小早川さんは指摘する。「ストーカー事件が起きた時、教師がしっかり対応できるようになる必要がありますし、生徒たちがストーカーにならないように、ケーススタディーでストーカー行為を疑似体験させるなどの活動を考えるべきです」

警察庁によれば、警察に寄せられたストーカー被害の相談件数は12年から18年まで6年連続で2万件を超えた。

「SNS全盛の今、ストーカー事件は今後も増えていくでしょう。加害者が『リスク』から『ポイズン』になるまでの過程も速まっている印象があります」と小早川さんは言う。「早急に条件反射制御法による治療を普及させていきたい。世界に先駆けた画期的な治療法ですから」

取材・文=板倉 君枝(ニッポンドットコム編集部)

バナー写真:NPO法人「ヒューマニティ」理事長の小早川明子さん(2019年7月東京都内で撮影)

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出版社、新聞社勤務を経て、現在はニッポンドットコム編集部スタッフライター/エディター。

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