本当はどうなる?年金問題

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老後の不安は国民的課題だ。私たちは公的年金だけで暮らしていけるのか。いけないとすれば、65歳の年金支給開始までにどのぐらいの資金を用意しておくべきなのか。

貯蓄取り崩し

まず、調べたいのは、老後の貯蓄取り崩しは実際にはどのくらいの金額に上るのかという点だ。前提として夫婦2人で公的年金を主な収入源とする世帯をイメージして考える。使用する統計は、総務省「2014年全国消費実態調査」(5年ごとの調査の最新分)。65歳以上の無職世帯(年金生活世帯)の年齢階級別データが、総務省「家計調査」よりも詳細に分かる。

その中の2人以上世帯では、世帯主年齢65~69歳は月平均の家計収支の赤字が60276円だった(図表1)。この5年間累計では362万円の赤字となる。この年代の貯蓄残高は平均2254万円であり、退職金で蓄えられた部分は大きいだろう。しかし、70~74歳になると、貯蓄残高平均は1994万円と258万円も減っており、貯蓄の大きな取り崩しが予想されている。

(図表1)無職世帯の家計収支(円/月平均)

  世帯主の年齢
  65~69歳 70~74歳 75~79歳 80~84歳 85歳以上
可処分所得(A) 210,631 207,918 205,244 212,291 220,730
消費支出(B) 270,907 250,791 222,279 218,826 211,400
収支(A-B) ▲ 60,276 ▲ 42,873 ▲ 17,035 ▲ 6,535 +9,330
貯蓄残高(万円) 2,254 1,994 1,812 2,172 2,109

出所:総務省「全国消費実態調査」(2014年)、2人以上世帯

節約効果

さて、注目してほしいのは次のデータだ。月平均の赤字幅は年齢を追うごとに小さくなり、85歳以上になると月9330円の黒字に転換する。これに伴って貯蓄残高は75~79歳に最低になった後は、いったん拡大する。

このデータは、65~69歳の家計赤字(月60276円、年72万円)が30年間ずっと継続するわけではないことを示している。もし、その水準の赤字が30年間続くと、不足幅は2170万円にまで膨らんでしまう。高齢者夫婦はそんな赤字を続けることはせず、年を重ねるごとに支出額を減らしていき、平均値では85歳以上になると貯蓄を取り崩さなくても済むように対処している。また、65歳以上の単身世帯の収支(図表2)は、80歳以上でも黒字になってはいないが、加齢とともに赤字幅が減っている。

(図表2)無職世帯・単身世帯の家計収支(円/月平均)

  世帯主の年齢
  65~69歳 70~74歳 75~79歳 80歳以上
可処分所得(A) 105,822 115,291 123,482 135,255
消費支出(B) 165,543 150,918 143,980 150,065
収支(A-B) ▲ 59,721 ▲ 35,627 ▲ 20,498 ▲ 14,810
貯蓄残高(万円) 1,522 1,291 1,388 1,509

出所:総務省「全国消費実態調査」(2014年)、単身世帯・男女平均

高齢の年金生活世帯が、どの品目の支出を節約しながら赤字幅を小さくしているのかを調べると①洋服など被服・履物費②自動車等関係費③旅行など教養娯楽サービス費-の主に3つ。食料費などは削りにくいのだろう。

結果として85歳以上の貯蓄残高は2人以上世帯で平均2109万円、80歳以上の単身世帯で1509万円(男性1652万円、女性1443万円)となる。無論、80歳になって1500万~2000万円の貯蓄残高があっても、全て生活資金に充てるものでなく、病気や介護費用、住宅リフォームへの備えも必要だろう。65~84歳までの家計収支の赤字に備えようとすれば、累計で760万円を受給開始時に用意するという見方はできる(運用益などは考慮せず)。

公的年金、実質的に20%カットも

ここまでの話は、最近の統計に基づく見解だ。もし、現在の公的年金が将来にわたって減額されると、上記の金額は変わってしまう。つまり、今後の年金調整によって老後に必要な準備資金は増えていくことになる。

現役世代の何%程度の年金をもらえるかを示す数値として、「所得代替率」という指標がある。前回(2014年)の年金財政検証では、年金受給世帯(厚生年金と基礎年金)の所得代替率は現役男子(手取り月収34.8万円)の62.7%だったが、これを段階的に減らし、将来は50%近くにしようとしている。これを基に計算すると、年金受給世帯の収入が14年の21.8万円から、将来は実質的に17.4万円へと約20%減少することになる。

つまり、このくらい受給額を切り詰めなくては、厚生年金の財政は安定しないと考えられているのだ。支給額が通期にわたって1%減らされると家計の赤字累計は50万円ほど膨らむと見られるから、20%カットだと赤字が1000万円ほど拡大、老後の準備資金は一段と膨らむ。

もっともある程度の年金調整は不可避だ。既に日本の高齢比率(総人口に占める65歳以上人口の割合)は27%で世界一。50年頃には38%まで上昇する見通しであり、これまでの年金制度は維持不可能なのだ。だから、今のままの制度を守るのではなく、どのような改革をするかが問題になる。04年改正で決まったマクロ経済スライドというルールによると、毎年の年金額の実質調整幅は、支出増につながる平均余命の伸びと、収入減をもたらす年金加入者(被保険者)の減少で決まる。15年度は余命の伸びによる0.3%と加入者減による0.6%の計マイナス0.9%の調整が行われた。それでも調整スピードは現実よりもかなり緩やかだ。

確かに今後65歳以上人口は伸びにくくなり、上昇率が年1%未満に落ちていく(図表3)。しかし、15~64歳の人口も年0.5~1.7%のペースで減少していき、加入者数は下押しされる。

こうした要因に対応していくには、女性とシニアの就業率上昇や厚生年金の適用対象の拡大によって、加入者数を支えることが考えられる。その場合、なるべく正社員のキャリアを維持しながら、働き続けることが、保険料収入の押し上げ効果を大きくする。また、一人当たりの賃金(生産性)を引き上げていけるかも鍵になる。

財政検証の信頼性

政府は2004年改正のときに「100年安心」をうたい文句にして、マクロ経済スライドを導入した。それに従って年金を調整すると、100年間の長期シミュレーションで厚生年金の積立残高がプラスを維持できるということを示した。ただ、年金制度の維持ができるという意味で「100年安心」なのであって、年金生活者の家計収支の赤字幅が小さくなるという話ではないのだ。

筆者が真剣に吟味したいと考えているのは、マクロ経済スライドを使って100年間の年金積立残高がプラスだとしたシミュレーションである。まず、現時点で直近14年の財政検証のシミュレーションをみてみよう(図表5)。そこでは14~17年は赤字で、18年以降から黒字になる見通しだった。

(図表5)財政検証による厚生年金の収支シミュレーション
《2014年の財政検証、出生・死亡は中位推計、経済前提ケースA》

年度
(西暦)
保険料率(%) 収入合計(A)(兆円) 支出合計(B、兆円) 収支(A-B) (参考)積立金
残高(兆円)
  保険料収入 国庫負担 運用収入
2014 17.474 42.5 30.5 9.5 2.3 46.6 ▲ 4.1 172.5
2015 17.828 45.1 31.7 9.9 3.2 48.0 ▲ 2.9 169.6
2016 181.182 47.3 33.2 10.2 3.6 49.2 ▲ 1.8 167.8
2017 18.3 49.8 34.8 10.4 4.3 50.2 ▲ 0.5 167.3
2018 18.3 52.3 36.3 10.6 5.1 51.2 1.1 168.4
2019 18.3 54.7 37.8 10.8 5.9 52.1 2.7 171.1
2020 18.3 57.2 39.3 11.0 6.7 53.1 4.1 175.2

(注)経済再生ケースに沿った年金収支の見通し。勘定の範囲には、厚生年金基金の代行部分、共済年金を含んでいる。
(出所)厚生労働省

ところが、14~17年の実績は早くも黒字転換していた(図表4)。現実はシミュレーションを3兆~7兆円も上回ったことになる。この期間は、団塊世代が65歳になる時期とも重なっていて支出額が伸びるはずだったが、むしろ、予想外に保険料の方が大きく伸びた。14年からのベースアップの再開と就業者の増加が寄与したためだ。就業者の増加に関しては、女性の寄与も目立っていた。結婚・出産などで若い頃に退職する人がそのまま正社員の形態で残ることで、給与増の効果がより大きくなったとも考えられる。

(図表4)厚生年金収支の推移(兆円)

  収入計(A) 支出(C) 収支
(A-C)
純収支
(A-B-C)
  保険料
収入
国庫
負担
運用
収入
積立金
からの
受入(B)
05 32.3 20.1 4.5 1.8 6.2 37.6 1.0 ▲ 5.3
06 32.1 21.0 4.8 2.6 3.4 34.4 1.1 ▲ 2.3
07 32.1 22.0 5.2 1.7 4.0 35.1 0.9 ▲ 3.0
08 32.4 22.7 5.4 1.8 3.4 36.1 0.3 ▲ 6.3
09 34.3 22.2 7.8 0.0 3.8 38.8 ▲ 0.8 ▲ 4.5
10 34.1 22.7 8.4 0.3 6.3 40.1 0.3 ▲ 6.1
11 34.8 23.5 8.5 0.1 5.6 39.7 0.6 ▲ 4.9
12 35.3 24.2 8.1 0.6 3.9 38.8 0.4 ▲ 3.5
13 37.0 25.0 8.3 1.9 2.2 38.9 0.3 ▲ 1.9
14 41.3 26.3 8.8 3.0 - 39.5 1.8 1.8
15 45.2 27.8 9.2 - - 42.9 2.3 2.3
16 48.8 29.5 9.2 - - 45.7 3.1 3.1
17 48.0 30.9 9.5 - - 46.4 1.6 1.6

(出所)厚生労働省

支出面でも13年、16年と厚生年金の報酬比例部分の支給開始(男性)が61歳、62歳へと繰り上がった(25年には65歳支給に移行)ことが抑制効果をもたらした。このデータをみる限りは、財政検証は必ずしも実勢を正しく反映していないようにみえる。

ほかにも課題がある。それは経済成長・物価上昇の前提である。いくつものケースを用意しているが、いずれも14~23年にかけては、政府の「中長期の経済財政に関する試算」を使っており、名目賃金の増加率は前年比1~4%増と高い。実際の14~18年は0.3~0.8%の伸びだったから、そうした前提で導かれた収支見通しはかなり現実と乖離(かいり)する。足元では賃金が想定ほど伸びないのに、なぜか保険料収入が増えている。だから、名目賃金が本当に1~4%も伸びると、保険料収入はもっと劇的に増えそうだ。こうした点は、財政検証の収支見通しの計算が本当に妥当なものかどうかを考えさせる。

私たちがすべきことは何か

私たちの老後は、年金給付水準を実質20%程度も切り下げていくような調整を実行すると、今考えられているよりも老後の家計収支の赤字が増えていくだろう。65~69歳の毎月の赤字が大きくなれば、その間は就労して収入を稼がざるを得なくなる。そうした生活リスクに対処するには、人生後半のライフデザインを若いうちから考えておく必要がある。身近なファイナンシャルプランナーに相談したり、節約術や家計簿管理に親しんだりしておくことが対処法としてあるだろう。そうしたスキル向上は、利殖のノウハウを勉強する以上に重要だと思う。

サラリーマンの場合、60歳までに定年退職するのではなく、60~64歳まで雇用を継続するケースが増えている。しかし、60歳以降は給与水準が著しく下がるのが一般的だ。そうした状況にならないためには、40・50歳代の頃から人生後半のキャリアデザインをしておき、給与が減らない工夫・選択肢を用意しておかなくてはいけない。

しかし、自分のキャリアを能動的に描くことが難しい人も多くいる。例えば、就職氷河期と呼ばれる時期に社会人になった「ロストジェネレーション」の人々だ。非正規雇用で働き続けて、65歳から国民年金だけで暮らすことは厳しい。現在、月6.5万円の水準でどのくらいの生活ができるか。持ち家のない場合、物価の高い東京圏で暮らす場合、高齢になった親を介護しないといけなくなった場合…。さまざまな制約が加わってきた時、彼らの老後はかなりの困難に直面するだろう。

写真:PIXTA

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