日本の著作権法:権利保護とともに利活用を促進する制度を
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2018年12月30日、環太平洋11カ国におけるモノ、サービス、投資等の自由化を目的として、「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」(通称 TPP11)が発効した。また、これに伴い、同日、日本の著作権法が改正された。
米国のTPP離脱後、TPP11においては、著作権の「保護期間の延長」、「技術的保護手段」などの一部項目は凍結された。しかし、今回の著作権法改正では、これらは引き続き改正項目とされるなど、いわば日本独自の改正も含まれている。
著作権の保護期間を原則「死後70年まで」に
今回の著作権法改正は5項目であり、概して著作権の保護強化を図るものだ。まず改正項目をざっと見てみよう。
(1) 保護期間の延長
著作権の保護期間は、原則「著作者の死後50年まで」から、原則「死後70年まで」に延長された。また、実演家やレコード製作者の権利の保護期間も、同様に、50年から70年に延長された。なお、映画の著作物の保護期間は、従前どおり「公表後70年まで」である。
(2) 著作権等侵害罪の一部非親告罪化
著作権侵害は刑事罰の対象である。法定刑は、個人は10年以下の懲役・1000万円以下の罰金、法人は3億円以下の罰金と、他国と比べても重い。だが親告罪であって、刑事裁判を行うには、著作権者等による刑事告訴が必要である。今回の改正は、海賊行為のような正規品市場に影響のある罪質が重い行為について非親告罪化するものである。
(3) 法定損害賠償制度
著作権を侵害された著作権者は、侵害者に損害賠償請求できる。著作権者はその際、損害額の立証が必要であり、立証は容易ではない。このため、著作権法には立証負担の軽減を目的として、損害額の推定または算定に関する規定がいくつか設けられている。今回の改正は、そのメニューを1つ増やし、侵害された著作物が著作権等管理事業者(JASRAC、NexToneなど)により管理されている場合には、その使用料規程を損害額の算定に利用可能とした。
(4) アクセスコントロールの回避規制
著作物の無断複製・利用を防止する保護技術には、①音楽、映像、ゲーム等の著作物の無断複製を防ぐ技術的手段(コピーコントロール)、②衛星放送のスクランブルのような、著作物の視聴等を制限する技術的手段(アクセスコントロール)などがある。改正前は、コピーコントロールの回避は規制対象であったが、アクセスコントロールの回避は規制対象外だった。今回の改正で、アクセスコントロールの回避も規制対象となった。
(5) 配信音源の二次使用に対する報酬請求権
放送事業者がCDを利用してテレビ・ラジオ放送を行う場合には、日本レコード協会や日本芸能実演家団体協議会(芸団協)が放送事業者から音楽使用料などをまとめて受取り、レコード会社、歌手、演奏家等に分配している。改正前は、レコード会社や実演家には、CD等の媒体が利用された場合に限り二次使用料が支払われていたが、今回の改正で配信音源も二次使用料の対象に加えられた。
アクセスコントロールの回避規制や配信音源の二次使用に対する報酬請求権などについての法改正は、デジタル化の進展に対応する側面がある。また法定損害賠償制度については、やや小規模な制度拡充に留まった。
二次創作やパロディは非親告罪化の対象外に
以下では改正への懸念が特に強かった、保護期間の延長と著作権等侵害罪の一部親告罪化について補足する。
保護期間の延長についての改正は、施行時点(2018年12月30日)において保護期間満了前の著作物などを対象とする。例えば16年には江戸川乱歩や谷崎潤一郎の作品が、18年には山本周五郎の作品がそれぞれパブリック・ドメイン(PD)となったが、これらの作品の著作権は復活しない。一方、19年には藤田嗣治、21年には三島由紀夫の各作品のPD化が予定されていたが、これらの作品のPD化は20年先延ばしとなった。
また米国、カナダ、オーストラリアなどとの関係では、著作権の保護期間は最長で、3794日(約10年5カ月)加算され、著作者の死後約80年5カ月までとなる。これは「戦時加算」(第2次大戦の戦勝国の著作物について、大戦中の著作権者の利益回復のため、戦時期間を著作権の保護期間に加算する制度)によるものだ。日本ではTPPの交渉中、「保護期間の延長は、戦時加算の撤廃を条件とすべき」との意見もあった。だが戦時加算はサンフランシスコ平和条約上の義務であることから撤廃は容易ではなく、撤廃への道筋は不明である。
著作権等侵害罪の一部非親告罪化については、刑事罰をおそれてコミックマーケット(コミケ)などの二次創作が萎縮するといった懸念が寄せられ、その結果として二次創作やパロディは非親告罪化の対象外とされた。ただ、これらは適法化されたわけではなく、従来どおり親告罪である。
例えば、14年には、ゲームのキャラクター等を作品中に無断使用していた漫画「ハイスコアガール」について刑事告訴が行われ、関係者が送検された。日本では従来、二次創作やパロディについては、著作権者が黙認(見て見ぬふり)してきたが、上記事件のように、刑事告訴が行われ、刑事手続の対象とされるリスクも残る。
権利処理難化という副作用
今回の保護期間の延長や一部親告罪化といった著作権の延長・強化により、一部の著作物については、著作権者の収益増加が期待できる。一方で、保護期間の延長により、無許諾で利用できる著作物は相対的に減少する。そればかりか、孤児著作物の増加とそれに伴う権利処理の難化という副作用も懸念される。
時間の経過とともに、著作権者やその所在が不明な作品は増加する上、著作権者の死亡によって相続人に権利が分散するなど、権利関係も複雑化しやすい。許諾を得るために著作権者の連絡先の調査、連絡・交渉なども必要となる。著作物は利用されてこそ意味がある。利用されない著作物は消えゆく運命であり、著作者もそれは望んでいないはずである。著作物の利活用を図るため、権利処理を容易にする仕組み作りが必要であろう。
保護期間の延長に伴う影響の一例としてインターネットの電子図書館、青空文庫が挙げられる。同文庫では、1万1000点を超えるPD作品を電子化し、無償提供している。専用アプリのほか、電子書籍リーダーでも閲覧できる。2019年1月にPD化予定の作品の公開準備を進めていたようであるが、今回の改正により、公開が20年先延ばしとなった。読者が作品を無償で閲覧できないばかりか、二次利用にも影響が及び得る。
一方、日本が保有する様々なコンテンツの横断検索ポータルとして、ジャパンサーチが開発中である。正式公開は2020年の予定であるが、本書作成時点のベータ版でも、約79万点のコンテンツの横断検索が可能である。連携している各データベースでは権利処理が必要となり得るが、権利処理が容易となれば、さらなるコンテンツの拡充も期待できる。
海賊版対策の一方、利活用の視点も重要
著作権法の改正には、大きく2つの流れがある。1つは著作権を強化するものであり、今回の改正や海賊版対策などがその一例だ。もう1つは著作権を制限し、利用促進を図るものであり、2019年1月1日に施行された「権利制限規定の拡充」などがそれにあたる。
海賊版対策については、18年にサイトブロッキングの導入が議論されたが、「通信の秘密」が侵害されるなどの強い反対意見もあり、立法化には至っていない。また、漫画などの静止画ダウンロードの違法化については、違法化の対象が「海賊版」のダウンロードから「著作物全般」のダウンロードに拡大され、専門家や世論の反対も強まったことから、見直し協議中である。「アクセス警告方式」についても、懸念が示されている。
方法論についての検討は必要であるが、海賊版のように違法性が高い行為に対しては、規制強化が必要であろう。さもなくばコンテンツの作り手が減少し、ひいては利用者もコンテンツを享受できなくなるといった悪循環が生じ得る。
一方、著作物の利活用の観点からは、権利処理を容易にし、あるいは、権利処理が必要な場面を限定していくことも必要である。著作権を強化していくことには弊害もあり、今後は、こうした利活用の視点がより重要となるのではないだろうか。
バナー写真:(タカス/PIXTA)