日本語学校を人材育成の「中核インフラ」に

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佐藤 由利子 【Profile】

「出稼ぎ目的」と批判されるベトナムやネパール出身の留学生たちの中には、苦学して進学を目指す真面目で優秀な若者たちもいる。こうした学生たちを救済し、日本語学校が有望な人材の育成機関として機能するためには、行政の関与と支援策拡充が必須だ。

1日食費800円の困窮生活 

第二は、学生への支援である。日本語学校で学ぶ期間は日本語が十分話せず、日本の生活にも慣れていない最も脆弱(ぜいじゃく)な時期である。しかし今の制度では、日本語学校の学生に対する支援が最も手薄になっている。その理由は、日本語学校の多くが学校法人格を有しておらず(文末注)、文部科学省による学校行政の対象外に置かれていることによる。学校法人でない場合には、授業料に消費税が課税され、通学用定期に学割が適用されない。また、奨学金を受給できる可能性も低い。 

日本語学校に通う学生の月当たりの収入と支出の主な項目を、漢字圏出身者と非漢字圏出身者で比較してみよう。漢字圏出身者については、2011年から17年にかけて仕送り額が27%上昇している。一方、非漢字圏出身者については、仕送り額が24%減少し、アルバイトを主たる収入源とする者の割合が増加している。食費と住居費も漢字圏出身者で増加、非漢字圏出身者では減少している。非漢字圏出身者の食費を日割りにすると、1日800円足らずに過ぎず、非常に切り詰めた生活をしていることがうかがえる。

日本語学校で学ぶ留学生の月当たりの収入と支出(円)

漢字圏

2011 2017 変化率
仕送り 88216 111812 27%
アルバイト 65583 65604 0%
収入合計 133283 151066 13%
授業料 51262 54328 6%
食費 25199 31762 26%
住居費 40540 45847 13%
支出合計 130955 148176 13%

非漢字圏

2011 2017 変化率
仕送り 86489 65337 -24%
アルバイト 74929 92532 23%
収入合計 126754 141505 12%
授業料 54211 53004 -2%
食費 25571 23731 -7%
住居費 37559 30843 -18%
支出合計 122721 138432 13%

出所:日本学生支援機構「私費外国人留学生生活実態調査」の結果に基づき筆者作成。
注:仕送りの外れ値を70万円以上、アルバイトの外れ値を50万円以上、収入の外れ値を150万円以上、収入と支出の欠損値を0に設定。収入、支出の項目は、主なもののみを記載したため、合計額と一致しない。仕送りについては、受けていない学生もいる。

真面目な学生と学校への支援拡充を

上述のように非漢字圏出身学生の仕送り額、食費、住居費が下がっているのは、ベトナム、ネパールなど所得水準が相対的に低い国からの学生が増えたこと(世界銀行によれば、2015年時点の一人当たりGDPはベトナム2065米ドル、ネパール747米ドル)、また、同じ国の中でもより貧しい家庭の学生が増えたことによると考えられる。彼らの中には、慣れないアルバイトで疲れ果て、勉学に集中できず、日本語能力が十分に向上しないまま学校を卒業する者、心身の健康を害し、途中帰国する者、突然死や、自殺する者もいる。

中には、留学生が学費を支払い授業に出席さえすれば、教育成果が上がらなくても意に介さない学校もある。日本語学校は留学生の進学、就職という次のステップへの土台を作り、日本の印象を決定付ける重要な場所だ。学生が追い詰められることのないように、十分な指導監督を行うとともに、真面目に勉強する学生に対しては支援を拡充する必要がある。

元入国管理局職員であった坂中英徳氏は、英語圏に比べて人材獲得に不利な非英語圏の日本は、「若さ」「専門知識」「日本語能力」の3要件を兼ね備えた人材を確保するため、留学生の増加や永住支援による「人材育成型移民政策」が必要だと提唱している。少子高齢化が進む中で、こうした政策はますます重要になっている。日本語学校がこの3要件を満たす人材を育てる「人材育成型移民政策」の中核インフラとして機能するためには、教育の質向上に向けた行政の関与と支援の拡充が必要である。

注) 日本語教育振興協会の加盟256校に対する調査(2018年)では、学校法人・準学校法人は28.1%で、株式会社・有限会社が56.7%に上る。専修学校について規定した学校教育法第124条に「我が国に居住する外国人を専ら対象とするものを除く」という規定があることが、その要因の1つと言われる。 

バナー写真:就職情報大手マイナビが開催した「外国人留学生のための就職セミナー」を訪れた外国人学生ら。主催者は昨年の同イベントより来場者が多いと話す(東京都新宿区の新宿NSビル)=2019年3月13日

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佐藤 由利子SATŌ Yuriko経歴・執筆一覧を見る

東京工業大学環境・社会理工学院准教授。専門は留学生政策、開発経済など。1980年東京大学教養学部卒業、2007年東京工業大学社会理工学研究科で学術博士号取得。国際協力事業団(JICA)勤務、東京工業大学留学生センター准教授を経て、16年から現職。著書に『日本の留学生政策の評価―人材養成、友好促進、経済効果の視点から 増補新装版』(東信堂、2021年)など。

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